第35話 留守番と時間差

時は少し戻り、ディスブル城の鍛錬場。そこに一人の人間が息も絶え絶えに倒れていた。


「はぁ、はぁ、はぁ。」


その傍らにはエルフ族の老人が何事もなかったように立っている。


「どうしました?」


「どうもこうも、魔法やばすぎでしょ!目の前の魔法に対応してたらその後ろからまた別の魔法がくるし!」


「単なる肉弾戦と違い、一人で時間差攻撃が出来ますので。」


「...そういえばマスターもそんなことをしてたような。」


前のエルフの、ランシュウさんとマスターの戦いを思い出す。氷の槍を複数出し、時間差で攻撃していたような気がする。


「勿論、鍛錬は必要です。誰にでもできる訳ではありません。しかし、対処法を考えておかねばその使い手には常に後手に回ってしまう事態になります。」


「対処法って?」


「例えば自身の周囲に常に盾などを浮かばせておき、それで防御するなどですね。魔力は多く消費しますが相手が時間差攻撃をしてきたのを確認してから魔法を出すよりは守りやすくなります。」


「なるほど。」


「対処法は人それぞれですがね。魔法はイメージが大切です。自分がその魔法でどう相手を殺すかを考えて戦わなければいけません。その点、レイト様はイメージが早い。魔法を使うのが得意なようですな。」


「ありがとうございます。」


お世辞でも褒められるのは嬉しいな。


「それにご自身で魔力が精製出来ているようです。今使える簡単な魔法ならばサリヤ様の魔力を使用せずとも発動することが出来るでしょう。」


「え!?ほんとですか!!」


メイガスさんの言葉に跳ね起きて喜んでしまった。


「でもそんなに変わったところはないような?」


自分の体を眺めながらつぶやく。


「体に実感はなくとも私にはわかります。そもそも基本的に使い魔は主の元を離れません。離れてしまうと契約が薄れて細い糸のようになり魔力の受け渡しが出来なくなり、お互いの魔法が使えなくなるからです。」


「そういえば普通の使い魔と主人はお互いの魔力を交換し合ってお互いの魔法を使えるようになるんでしたね。」


「よく覚えていましたね、その通りでございます。しかしレイト様が魔力を持っていなかったのでその身にサリヤ様の魔力を注いだだけの関係です。」


「確か一割だけの契約でしたよね?」


「はい。サリヤ様の保有魔力のうち一割を上限として契約しています。お二人が近くにいてレイト様がサリヤ様の魔力を際限なく使おうとしても一割分で使用限界がきてしまいます。むしろあの時のレイト様では一割も使おうとしたら魔力に馴染んでいない体が破裂していたでしょう。」


「へえー。マスターの魔力って多いんですか?」


「はい。レイト様が今使える魔法をいくら使っても一割を超えることは出来ないでしょうな。」


「そんなに多いのか。」


「ですな。まああの時はレイト様の体の状況もわからなかったので変則的な契約としましたがそれが功を奏しました。...話がそれましたがお二人は今とても離れた場所にいます。本来なら魔力を渡しあえないほどに。そこまで離れていてもレイト様が魔法を使えるということは、」


「俺が、魔力を、精製出来ているから...。」


「その通りでございます。」


自分の手を眺めながら自分がこの世界に慣れてきていることを考える。


(これで少しはマスターの役に立てる、かな?)


まだ不安だけど一歩ずつ進んではいるだろう。


「サリヤ様がご帰宅なされたら魔力の量を上げてみても良いかもしれません。そのうち本来の使い魔と主人のように魔力を渡しあえると思います。」


「おお、夢が広がる。」


「それにお互いの魔力が渡しあえるようになるとどんなに離れていてもお互いの魔力を感じあえるようになります。なので離れていても生存や、体調を確認しあえるようにもなりますな。」


「そんな副効果もあるんですか?」


「ええ。長年連れ添った使い魔は意思の疎通も出来るようになるとか。それが出来ればどちらかが窮地に立っていても直ぐに駆けつける事が出来るでしょうな。」


「窮地って、」


「もちろん、死の危険です。」


それを聞いて高揚していた気分が少し落ち込んだ。


「この世界、特に最近は命の危険が身近に迫ることが多いですからな。殺す、殺されるは日常として受け入れなければ。」


「殺すか...。」


「...殺すのは出来ませんか?」


「そうですね。その考えがこの世界で甘いのはわかってるんですが、」


「...まあ人間の中にはそういう考えを持つ方がいるのは存じています。ましてやレイト様は別の世界から来られた方。しかもその世界では争い自体が非日常。魔族と根本が全く違うのは理解しました。」


「ありがとうございます。」


「しかし、これだけは覚えておいてください。」


メイガスさんの顔がとても真剣な顔に変わる。


「あなたが殺す気がなくても、相手は殺す気できます。その危険はあなただけではなく周りにいる方々にも及びます。その時は躊躇しないように。」


その言葉にはマスターの心配をしているメイガスさんの心が込められていた。表面上は俺のことを信用していても、全面的には信用できていないのだろう。それは仕方のないことだと思う。しかも殺すこと、ひいては戦闘をしたくないって言ってるからなぁ。


「はい!その時に頑張れるよう、修行も頑張ります!」


全力の笑顔で答える。その時どうなるかは正直わからないけど、精一杯頑張ろう。


「...その答えが即座に出るなら、希望はありそうですね。少し休憩したら続きをしましょう。」


そういって壁際にいるティーナさんの方へ向いた。


「ティーナ。レイト様に何か飲み物を。」


「はい、こちらに。」


ティーナさんが隣のワゴンに載せてあるガラスの容器から透明な液体を2つのコップに注いでいる。


「あれはフィヌスマウンテンの水で、とても飲みやすい水で休憩にはとてもあう水ですよ。」


「この世界にも山の湧き水があるのか。」


先に歩き始めたメイガスさんに重たい足を動かして行こうとしたとき、


ゴッッ!!


と地響きと共にレイトの視界が大きく、長く揺れる。


「また、地震!?」


それも立っていられないほどの揺れ。地震大国の日本出身のレイトも体験したことのない揺れだった。二人を見ても、地面に倒れそうになっている。


「なんなんだ!この地震は!」


終わらない地震にメイガスさんが戸惑っていると、フォンという音と共に目の前が光り始めた。というか足元が光っている。


「「レイト様!!」」


「え?」


足元を見ると何もなかったはずが俺を中心に魔法陣が描かれている。


「これって、魔法陣、」


全部言い切る前に俺の目の前は真っ白に光り前が見えなくなった。

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