第17話 奴隷市場

 明け方。

 ツリーハウスで目覚めたトビは体の包帯を外し、全身を鳴らした。


「ん。問題なし。耳も万全!」


 トビはまず里長の家に足を運んだ。


「くかー」


 里長マロマロンは酒樽の残骸と共に、泥酔し眠っていた。酒に付き合わされたであろう従者たちも床に転がっている。


「里長、起きてください」

「んにゃ。く~っ! なんじゃトビ。せっかく気持ちよく眠っておったのに」

「話があります」

「むぅ?」


 トビがマロマロンに話したのは人間に攫われたエルフの救出についてだ。


「おぬしはほんっとうにお人よしじゃのう。正直、ワシは攫われたエルフについては諦めておる」


 里長はそう前置きし、


「最後に攫われた者でも半年前じゃ。最初に攫われたエルフは一年前……これだけの時間が経っていれば、とっくに尊厳もなにもかも奪われておる」

「だからって見捨てるのですか?」


 マロマロンはバツの悪そうな顔で頭を掻く。


「ワシらエルフが王都に入るのは難しい。エルフだとバレればすぐさま人攫いがやってくるからのう。その人攫いを倒せばこちらの罪となり、今度はギルドと戦うことになる。ソフィアのように耳が短ければ耳当てで尖り耳を隠せるが、ワシを含めて他のエルフ達の耳の長さでは耳当てでも耳を隠せんからな。かと言って、おぬし一人でエルフを救い出すのは至難。悔しいが、諦めるしかあるまい」

「私もついていきます」


 耳当てをした銀髪のエルフ、ソフィアが里長の部屋に入ってくる。


「ソフィア!」

「耳を隠せる私ならついていってもいいでしょう」

「……はぁ」


 里長は深くため息をつく。


「わかった! 許可しよう! ただし、今日を入れて五日じゃ! その期間内に救出できなければ諦めよ」

「なぜ五日なのですか?」


 ソフィアが聞く。


「里移動の準備が整う時間がちょうど五日だからじゃ」

「五日後には里を放棄し、新天地へ出発するのですね」

「そうじゃ」

「わかりました。五日以内に私とトビさんでエルフ達を救出してみせます。トビさん、私は一度荷造りのため家に帰ります。一時間後に里の出口に来てください」

「うん。わかったよ」


 ソフィアは里長の部屋を出る。


「トビよ」

「はい。なんでしょうか」

「ソフィアを頼む。あやつは向こう見ずのところがある。仲間を助けるためならば、平気で命を投げ出す女じゃ。奴が暴走した時はおぬしが止めてやれ」

「それは無理です」

「うむ。頼んだ――なぬ?」

「彼女が飛び出す時は、きっと僕も飛び出してますから」


 屈託のない笑顔でそう言うトビに、里長は開いた口がふさがらない。


「この、クソガキ共め……」


 口ではそう言いつつも、里長はどこか嬉しそうだった。



 --- 



 エルフの里の結界、霧の前にトビとソフィアは立つ。ソフィアの荷物はリュックとV字の武器……。


「それって、ブーメラン?」

「はい。銀製のブーメランです。先ほど里長が家を訪ねてきて、これをくれました。私の風魔法はパワー不足ですからこれで補います」

「パワー不足かな? 僕は君の風魔法で危うく殺されかけたんだけど」

「強化術を覚えている魔法師相手では、あれぐらいの風で致命傷を与えることはできません。今のトビさんなら私の風魔法ぐらい簡単に弾けますよ」

「さすがにそこまでの防御力はないさ。でもそっか、風耐性対策にも持っておいた方がいいね」

「はい。では結界に穴を空けますよ」


 ソフィアが風魔法で霧を晴らし、二人ギリギリ通れるぐらいの隙間を作って結界の外に出る。

 それからルフの森を越え、樹海を越え、草原を越え、約一か月振りに王都に帰ってきた。


「王都に来るのも久しぶりだね」

「はい」


 ソフィアの顔がグッと引き締まった。

 ソフィアにとって、ここは敵地。自分がエルフだとバレたらすぐさま包囲網が敷かれる場所。警戒心が強まって当然だ。


「さて、まずどうする?」

「奴隷館に向かいます。王都にかよって奴隷館の数、場所は把握しました。この王都に奴隷館は三か所。その中でも最大規模の奴隷館に行きましょう」

「そういえば聞き忘れていたけど、攫われたエルフって合計で何人なの?」

「五人です。皆女性です」


 路地裏を歩き、街の闇へ闇へと進んでいく。


「見えました。あそこです」


 一階建ての石造りの建物。無骨で、飾り気も窓も一切ない。


「……最大規模と言う割には小さい建物だね」

「あそこはただの入り口です。売り場は地下です」

「なるほどね。ソフィア、君はここで待っていてくれ」

「ここに来て仲間外れですか」

「相手は奴隷商だ。恐らくエルフの特徴を完璧に頭に入れている。いくら耳を隠していても、顔立ちや髪からエルフだとバレる可能性は高い」


 トビの言葉は正論だ。ソフィアも納得せざるを得ない。


「わかり、ました。トビさんに、任せ、ます……!」


 よっぽど悔しいのか、歯がゆいのか、ソフィアは子供のように頬を膨らませた。


(里長の言う通りだな。仲間のことになると我慢ができない……)


 ソフィアがわがままを言う前に、トビはその場を離れた。


(目的はここの奴隷館がエルフを攫ったのか調べること。もし攫っていたら、どこに売ったかを探る。エルフは奴隷として人気が高く、半年以上経ってる今、まだ売れ残ってる可能性は限りなく低い)


 奴隷館に入る。


「いらっしゃいませ~」


 スーツとシルクハットを来た、小さく小太りの男がトビを出迎えた。

 揉み手をし、作り笑いを常に浮かべたその表情に……トビは鳥肌が立つほどの嫌悪感を抱いた。


「奴隷をお求めですか?」

「はい」

「そうですよねそうですよねぇ! ここにはそれ以外売ってませんもんねぇ~! 予算は如何ほどで?」

「とりあえず無制限で考えてくれて大丈夫です。今はまとまったお金は持ってませんが、家に蓄えはあるので」

「そうですかそうですか!」


 奴隷商はトビの恰好を見る。

 トビは白Tシャツの上に茶色のコートを羽織り、簡素な長ズボンをはいている。とても富豪には見えない。

 奴隷商はトビの右手を見る。そこに嵌められた籠手を見る。

 奴隷商はモノを見る目に長けている。人間や獣だけじゃなく、物品を見る目も備えている。身なりから測れるモノが多いからだ。

 商人はトビの籠手の素材がわからなかった。見たことのない金属……恐らく、かなり希少でかなり丈夫な素材。それぐらいしかわからない。

 高貴な身分でなくとも冒険者の中には金をたらふく蓄えている人間もいる。見知らぬ金属の籠手を使っているトビがその冒険者である確率はゼロじゃない。


「どうぞ。こちらへ」


 奴隷商はトビを売り場へ通すことにした。

 部屋の奥にある扉を開くと、地下へ続く階段があった。階段を下りきると、檻だらけの巨大な地下室にたどり着いた。

 地下室には奴隷商と客のペアが大量にいる。

 トビは檻を順々に見ていく。

 基本はやはりヒューマンだ。屈強な男が割合的に多く、次にやせ細った女性が多い。男は労働力としての価値が、女性は娼婦としての価値があるゆえ、その需要に備えてデザインしているのだろう。他にも獣人……牙や長い爪をもった亜人種や、中には魔物もいる。


 おぞましい。


 トビは心からここにいる客と奴隷商を軽蔑した。まるで美術品を鑑賞するように、客も奴隷商も笑顔で周っている。牢にいる自分と同じ種族の者を見て、笑っている……。

 しかし、そんな不快な感情を押し殺し、奴隷商と接する。


「なにかご希望の条件はございますか?」

「エルフが欲しいのですが、さすがにいませんよね?」

「おやおや、お客様は運がいい。ちょうど一人、おりますよ」

「そうなんですか」


 目当てのエルフが居たというのに、トビは汗をかいた。


(エルフは人気の奴隷。それが今もいるなんて……嫌な予感がする)

「ご案内しますよ。少しここで待っていてください」


 奴隷商は一度席を外す。

 奴隷商は一分もかけずに戻ってきた。手に、特徴的な被り物を持って。


「これをかぶってください。マスクです」


 目元だけ透明で、残りは白い布でできた被り物、もといマスクだ。


「なぜこんなものが必要なんですか?」

「これから行く場所は匂いが凄いので」


 嫌な予感が強まる。


「ではこちらへ」


 マスクを装着し、トビは奴隷商の後を追う。

 奴隷商は重い扉を開き、進む。トビも後を追って進む。


(うぐっ!?)


 トビは、その部屋の匂いに思わず顔を歪めた。

 血、尿、便、垢、汗、精液、人間が分泌するあらゆる物体を煮詰めたような、不快な匂いが充満していた。





 ――――――――――

【あとがき】

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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