竜の奴隷闘士は魔導機兵を駆り竜を狩る
須藤 晴人
第1話 竜の奴隷闘士
真紅の鱗のでっぷりと肥えた竜が、品定めするように俺を見下ろしている。俺はただ、黙ってその視線を受け流す。
「そのお前ご自慢の人間を倒せば、魔石鉱山を渡すのだな、アルガルベ?」
真紅の竜は威圧的に、俺の後ろに佇む銀色の竜に尋ねる。銀色の竜、アルガルベはぺたんぺたんとしっぽを床に這わせていた。不機嫌な時の仕草だ。自分で招いておきながら、主はこの客が不愉快なようだった。
「そうだよ、ヒュミリス。このユアンが本気で戦うところが見たいんだが、相手がいなくてな。お前なら、良い闘士を抱えているだろうと思って勝負を持ち込んだんだ。魔石鉱山を賭ければ、お前も乗らざるを得まい?」
光から魔力を生成する魔石は、魔力が動力源の様々な魔導機械を使うために必要不可欠であり、このフォステリアナ共和国の産業の柱だ。そんな理由で賭けるなんてどうかしているとしか言いようがない。だが、竜にそれを言っても無駄だ。竜が戦えと言うのなら、竜の奴隷たる俺は戦うしかないし、その結果国境線が変わるなら、人間は地図を書き換えるしかないのだ。
「はは、魔石鉱山、もらい受けるぞ。これで今度の結婚記念日はプルケラの機嫌を損ねずに済む」
ヒュミリスが巨体を振るわせて笑う。酒臭い息があたりに満ちた。
この強欲な赤い竜は、産業のためではなく妻を着飾るために魔石をずっと欲している。そのために十年前にも戦争を起こし、それで俺の家族は死んだ。だからこいつは家族の敵、と言えなくもない。
「ヒュミリス、大層な自信だが、それは雌ではないのか?」
アルガルベがヒュミリスの隣に置かれた大きな鳥籠のようなものを覗き込む。鳥籠の中には鳥ではなく、人間の女が入れられていた。こんなものに入れられて、ヒュミリスにここまで運んでこられたのか。何という酷い扱いだろう。
女は年の頃は俺と同じくらいだろうか。二十前後に見える。長い黒髪を高い位置でキュッとまとめ上げ、黒い魔導鎧に身を包み、銃を手にしている。腰にはブレードも見えるけれど、メインは銃の方らしい。
「そうだ。だが戦いにおける人間の強さは、『魔導機械』の強さとその操作の巧さだろう?」
ヒュミリスが鳥籠を開ける。女が隙の無い身のこなしでそこから出てきた。
ヒュミリスの言うことはどうだろうか。魔導鎧の筋力アシストで力の差は埋まる。とはいえ、その分強い魔導鎧を纏わなければならないというのもある。強い魔導鎧は魔力の消費も大きい。魔石が生成した魔力を溜めるバッテリーの容量に限りがある以上、戦える時間は短くなる。ただ実際のところこの職業に女性は少ないから、あまり例がなくて分からない。
ただこれだけヒュミリスが自信たっぷりに言ったわけだし、重要な資源を賭けた戦いに抜擢されたんだ。彼女は強いと見て間違いないだろう。女だから、などと油断はしないことだ。
「そうかもしれんな。まあいいさ。戦わせてみれば分かる。お前の結婚記念日が酷いことにならなければいいのだが」
「アルガルベ、そう思うのなら大人しく魔石鉱山を……いやこのフォステリアナごと渡してほしいものだな。家庭を持たぬお前には過ぎた国だ」
ヒュミリスが忌々し気にアルガルベを見下ろす。アルガルベはまたぺたぺたとしっぽを這わせた。彼にとって面白くない一言であったらしい。
「老後の面倒を見てくれる子供もいないから、蓄えは多い方がいい。話を聞いてくれる妻もいないから、話し相手の人間がいないとつまらん。もっとも、子供や妻がいたらそれらが満たされるのかは知らんが、な」
「渡す気は無いと言うことか」
ヒュミリスが恐ろしい形相で尋ねる。アルガルベが顔をしかめた。いちいち威圧的なところがアルガルベの気に入らないようだった。そして、酒臭い息も。
「当然だ。欲しいのならその雌にユアンを倒させてみせろ。出来なければ、金輪際鉱山は諦めるんだな」
「よかろう。さあ戦え、人間共!」
ヒュミリスのその声が、俺たちの戦いの合図だった。
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