幼少編・12『最近、〇〇の様子がおかしい件について』

 

 最近、ガウイの様子がおかしい。



「ふんッ! ふんッ! ふんッ!」


 早朝の稽古は寝坊しなくなったし、素振りにもやけに気合が入ってる。ヴェルガナとの打ち合い稽古で体を打たれても、文句も言わずに無言で悔しそうにするだけだ。

 稽古が終わってもそのまま運動場を走ってることもあれば、ヴェルガナの代わりに運動場を均したり片付けたりすることもあった。


 いままでの悪ガキムーブが鳴りをひそめて、真面目な門下生ムーブに移行している気がする。

 どうしたんだろう。落ちてる物でも食べたか?


 今日もまた、ガウイは稽古が終わるとすぐにトンボをかついで地面を均(なら)していた。

 俺はトンボを軽く振れるような筋力はないので、木陰でひと休みしながらガウイの善行ポイントが貯まるのに効果音SEをつける遊びをしていた。チャリ~ン。

 するとヴェルガナが近づいてきて、俺の隣に腰を下ろした。


「この程度の稽古でもうへばったのかい? ルルク坊ちゃんは相変わらず体力がないねぇ」

「違いますよ。精神力がないだけですから」

「自慢げに言うことかいね」

「モヤシなんで育ちすぎるとヘタレるんですよ」

「アンタは育つ前からヘタレてるよ」


 反論できねえ。

 そんな冗談を飛ばしつつも、じつは霊素の操作練習を片手間でおこなっていた。指先一本でできるのはいいね。ヴェルガナブートキャンプも乳酸の溜まらない訓練にならないものか……まあムリだな。もしできたとしても絶対にそうはならないだろう。

 だってヴェルガナが俺の苦しむ顔を見れなくなるから。


「それでヴェルガナ、アレ・・はどうしちゃったんですか? 八歳になったから、ついに大人の階段でも登ったんですかね?」


 先日誕生日を迎えたガウイ。ジリジリと照り付ける太陽に汗を垂らしながらも、一心不乱にグラウンド整備を続ける夏の男……うん、まったく似合ってない。やはり食あたりでもしたのかな。


「先月の件に思うところでもあったんだろうさ。そっとしてやんな」

「誘拐未遂のことですか?」

「そうさね。弟のアンタが大立ち回りしたのを一番近くで見てたんだからねぇ」

「ははーん。なるほど」


 謎は全て解けた。

 眠りの名探偵よりも頭脳明晰な俺は、ガウイの魂胆をすぐに察した。


「さてはガウイ、リリスにカッコいいところ見せられなかったのが相当悔しかったんだな。次こそ好感度を上げるために善行を積んで真面目にアピールしてる、と。そこまでリリスに好かれたいのか……なんというシスコンなんだ。尊敬するぜ」

「……はあ。アンタたちやっぱり兄弟さね」


 そりゃあ血は繋がってますから……え、違う?


「おいババア! 終わったから魔術教えろ!」


 整備が終わったガウイは、なぜか俺を睨みながらそう言った。

 ヴェルガナはため息ひとつ。やれやれと言わんばかりに腰を上げた。


「それがひとにモノを頼む態度かいね」

「教えやがれ下さいクソババア!」

「いいだろう。たっぷり、じっくりと体に教えてやるさねぇ」


 いやノリノリじゃねぇか。

 ポンコツ兄貴とドS老婆が魔術の練習(という名のガウイの処刑)をしているあいだ、俺も黙々と霊素操作の反復練習。これがまた難しくて、勝手に指についてくるから配列を調整するのが難しいこと難しいこと。

 意識して霊素を留めるまでひたすら練習あるのみって感じだ。


 しばらくするとガウイの魔力が切れたのか、地面に膝をついて汗を滝のように流していた。

 この暑さでよくやるなぁ。まだ朝なのにどんどん気温が上がってる。これだから夏はキライだ。ガウイもさすがに脱水症状になるんじゃないか。ヴェルガナは涼しい顔でニヤニヤしてるだけだし……まったく、世話の焼ける兄だ。

 俺は木陰に置いていたガウイの水筒を投げてやる。

 お、ケツに命中した。こっち向いて睨んでやらぁ。


 よし、俺もそろそろ屋敷に戻ろう。朝食の時間がくるまえに、汗を拭いておきたいしな。

 裏口から屋敷に入ると、後ろから走ってくる足音。

 振り向いたらちょうどガウイが通り過ぎるところで――


「クソモヤシが」

「うわっ」


 頭から水をかけられた。

 さすがに冷たいってほどではなかったけど、上半身を流れていく水はふつうに不快だ。あの悪ガキめ恩を仇で返しやがって。

 俺がやり返そうにもガウイはすでに廊下を走っている。追いかけてやろうか悩んでいたら、ちょうど床掃除してたメイド少女のスカートをガウイが思い切りめくった。


「あひゃっ――ふべっ」


 メイド少女は叫びながらお尻を抑えようとして、置いてあったバケツの水をぶちまけて転倒。顔をバケツに突っ込んで倒れるという百点満点の姿勢だった。オリンピックなら金メダルだ。

 おいおいガウイくんよ、善行ポイントが一気に消えたぞ。俺に水ぶちまけてうら若き乙女のスカートをめくるとか、やってはならない大罪じゃなかろうか。


 本来なら俺とメイド少女がブチギレて追いかけまわしてもいいくらいのカルマっぷりだけど……まあ俺は心が広いから許してやろうではないか。

 よく考えたら、ガウイも日ごろから鬱憤が溜まってるんだろう。愛する妹に見向きもされず、ヴェルガナからはボコボコにされる毎日。そう考えたら多少のオイタは大目に見てやろうと思えるな。


 そう、これは俺の心が広いから許してやるのだ。決していまここから見える景色パンツが絶景だからというわけではない。


「……ピンクか」


 ガウイは悪ガキだ。だが悪ガキもたまにはナイスなことをするじゃない。


「はわわわっ! 頭が! 頭が抜けないですぅ!」


 ……うん。珍百景も堪能したし、そろそろ助けてやるか。

 めくれたお尻を突き出したままバケツから必死に頭を抜こうとするメイドに、俺はゆっくりと歩み寄るのだった。



□ □ □ □ □



 そういえば最近変わったことといえばもう一つ。


「ルルお兄ちゃん! これ読んで!」

「あらあらリリス。ルルク様は読書中なのよ。邪魔しないの」

「え~? リリ、ルルお兄ちゃんと一緒に読みたい~」

「甘えてばかりはダメよ。ルルク様は存分に甘えてもいいんですからね~?」


 左からリリスが抱き着いてきて、右からリーナが頭を撫でてくる。

 ひとこと言わせてもらうと……なんだコレ。


「あの二人とも、ここ書斎……」

「知ってるよ! ご本読むところ!」

「あらあら。ルルク様は何を当たり前のことを言ってるのかしら」


 いやいやいや。

 書斎は黙って本を読むところですよね。他人に読んでもらうところでもなければ、ティーセットとお菓子を持ち込んでブレイクタイムを過ごすところじゃないんですけど?

 そういうのはリビングか私室でやろうね!


 とは言えない。そんなに強く言えない。

 だって俺、基本的には事なかれ主義なんだもの……! ノーと言えない日本人気質……! 戦略的撤退……圧倒的消極性……!


 とまあ、こんな感じで。

 リリスがより俺との距離を近づけてきただけじゃなく、リーナまで書斎に来るようになったのだ。もともと俺専用の場所ってわけじゃないから何か言えた筋合いはないんだけど……でもね、言わせてほしい。あなたたち距離が近いのよ。なんで常にどこか触れてるんですか? 陽キャのパーソナルスペースより近くない?


 でも俺が逃げようにも、私室の明かりはつけられないから読書はここでするしかない。俺はただ集中して本が読みたい……それだけなんだ。


「ねぇルルお兄ちゃん」

「……今度はどうしたのリリス」

「リリも神秘術したい! ルルお兄ちゃんと一緒がいい!」


 え? キラキラ笑顔の天使が読書の邪魔だって?

 バカ野郎誰だよそんなこと一瞬でも思ったやつ。ぶっ飛ばしてやるから出て来いよ。……よし出てこないな、なら許す。せいぜい未来の自分に感謝しやがれ!


「リリスは鑑定したことある? 素質――練度はどれくらいあった?」

「わかんない!」


 自信満々の笑みで答えたリリス。あ~癒される。今日も世界で一番可愛い妹がここにいますね……おっと、俺の心のなかのガウイシスコンが妙なことを口走ったな。失礼、躾けておきます。


「リーナさん、リリスの鑑定は?」

「ええ。練度は130ありましたから努力すればなんとか……」


 そう、大事なのは初期練度だ。


 練度ってのは、才能のようなものらしい。初期の数値が高ければ単純に相性がよく、使いこなすほどにさらに数値が上がっていく。数値が上がれば上がるほど術式やスキルの精度が高くなったり、新しいスキルを憶えることにも繋がっていくという。

 ちなみに初期値が100以下だとほぼ才能ナシなんだとか。


 ちなみに俺の初期練度1000オーバーは、ヴェルガナいわく〝異常〟らしい。魔術は素質ゼロだが、神秘術の才能だけはあったようだ。


 兎に角、いまはリリスのことだな。練度が130ってことは平均値くらいだろう。努力次第でなんとかなるとはいうけど……あとは本気かどうかだろうな。


「リリスは霊素、視える?」

「わかんない!」

「ってことは視えないよな……うーん、どう説明したもんか」


『神秘術の心得』に霊素の認識方法が載ってなかった理由がよくわかった。

 霊素っていうのは、体感的に言うなら〝変動しない湿度〟みたいなものだ。


 例えば乾燥地帯で生きていた人がいきなり多湿地帯にいけば違和感を感じることができる。それが前世の記憶がある俺だった。でも最初から多湿地帯で生きてきたひとに「ここの空気はジメっとしますね」と言ったところで、「どういうこっちゃ」となるだろう。


 そりゃ瞑想しても認識するまで平均二年かかるわ。


「ね~教えてルルお兄ちゃん」

「リリスが二年くらい諦めずにがんばれるなら……」

「がんばるよ! リリね、絶対憶えるんだ!」


 くぅ、眩しいぜ。

 そこまで言うならいいだろう。まあ、減るものじゃないしな。


「その前にいいかしらルルク様。神秘術っていうのは、そもそもどんなものなんですか?」

「えっと、俺もまだ初歩的なことしかわかりませんが……」


 神秘術を独学で始めてからまだ一ヶ月。

 憶えたスキルもたった二つだけだが……とりあえず入門書はすべて目を通して暗記したのでリーナに説明するくらいは容易い。


「神秘術スキルには三つの分類があって、ここでも才能というか向き不向きがあるみたいです。

 ひとつは【召喚法】……そこにないはずのものを呼び寄せるというスキルです。三賢者の物語で、神秘術の賢者がよく使ってた『眷属召喚』がこれに該当しますね」

「私も読んだから知ってますわ」

「よかったです。ヴェルガナいわく、魔術でいうと従魔を使役する『テイム』が似たようなものですけど『眷属召喚』だと従魔が遠くにいても呼び出せることがメリットになりますね」


 ちなみに俺が憶えてる唯一の召喚法もこの『眷属召喚』だ。

 呼び出せる従魔? ははは、屋根裏にいる餌付けした子ネズミだけだけどなにか??


「それで、ふたつめは【置換法】……これは物質情報を書き換えるスキルです。例えば何かの模造品を作ったり、物の場所を転移させたりといったものになりますね」

「まあ、転移! もしかして王都にまで行けたりするのかしら。久しぶりに王都でお買い物したいのよねぇ」


 うっとりと笑みを浮かべるリーナさん。

 女性の買い物欲というのは底なしと聞いたことがあるので、転移に関してはあまり期待させるのは良くないな。


「ええとですね、霊素で書き換え可能な情報は目に見える範囲です。空間的距離を無視するなら召喚法スキルになりますけど、『眷属召喚』で人間は呼び出せないらしいですね。ちなみに俺も転移スキルはまだ憶えてないですし、制御がめっちゃ難しいって書いてました。それと、人間の転移は入門書では触れられてもいませんでした……」

「あら、それは残念」

「なので王都はちょっと厳しいかと」


 もしかしたら例の神秘王ってひとならできるかもしれないけどね。

 まあそれは例外だろうから考えないでおこう。


「あと最後は【想念法】ってスキルです。想念法は特殊な技術らしくて、霊脈を利用して世界樹へ繋がって世界樹に保存された〝記憶〟をもとに現象を創り出す、というものみたいなんですけど……正直これは入門書にもほとんど概要しか載ってなくて、実際のスキル例とかはなかったですね。もちろん俺もどうやるかさっぱりでして」


 そもそも実在してるとは聞いたけど姿も形もわからない謎物質と繋がって? 利用して記憶を呼び覚まして? それを現実に引っ張ってくるって?


 うーんさっぱりわからん。

 こればっかりは霊素操作技術だけじゃない何かが必要な気がするし、いまのところ取っ掛かりがないので憶える気もないんだよなぁ。


「まあそんな感じが神秘術ですね。正直、魔術のほうが多彩で応用はたくさん効きそうですけど……」

「そういうことらしいわリリス。やめておくかしら?」

「やるもん! リリ、ルルお兄ちゃんと一緒がいいもん!」


 役に立たないかもと知ってもまったくブレなかった。

 さすがにそこまで言い切られては承諾するしかないだろう。俺はリリスを撫でながら微笑んでおく。


 べ、べつにそこまで嬉しいから笑ってるわけじゃないぞ? これはリリスの向上心に感心した笑みなのだ。まったくもう、上昇志向の妹をもって兄は苦労するなぁしょうがないなぁ。


「でも修行は長くてつらいぞ。まずは霊素を感じ取れるようになるまで、ひたすら瞑想を――」

「おいクソモヤシっ!」


 いきなり扉が開いて、悪ガキが入ってきた。

 なんだよいまいいところなんだから邪魔すんな。

 そう文句を言ってやろうとしたら、ガウイは木剣を投げてきて言った。


「俺と決闘しろ!」


 ……は?


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