第11話 愛の教団
小屋の中に差し込んできた明るい太陽の光が、エルジェベドらの目覚ましとなった。
外では何羽かの小鳥たちが楽しそうにさえずっており、その声を聞いていると自然に彼女らの視界もはっきりとしたものになる。
「おはよう、お前ら」
——とは言っても、すでに彼女はほかの二人よりも一足お先に目を覚ましていたようだ。 昨日の夜と同じようにソファに腰掛けながら、上半身のすべてを背もたれに預けくつろいでいる。
「おう、おはよ」
「んぅ……おはようございます、エルジェベドさん」
エルジェベドの目の前にある大きなテーブルには、いつの間にか朝ごはんが並べてある。 どうやら、彼女が目を覚ました少し後ぐらいに運ばれてきたらしい。
彼女はそれを食べながら、ルクシアと昨日の話の続きをする。
「それで、昨晩エルジェベドさんが言っていたことなんですけど」
「んぇっと……なんだっけ。 ああ、どうして私がこの村のことをこんなに信用しているのか、だっけか?」
「はい。 朝になれば教えてくれると言っていましたが」
彼女は今口の中に詰め込んでいる分をワインボトルんのようなものに入った液体で一気に流し込むと、一度大きな深呼吸をし、重い背中を担ぎ上げるようにしてソファから立ち上がった。
そして小屋の前まで大きく伸びをしながら歩いて行くと、その様子を気の抜けた顔で見ていた二人にもこっちへ来いと促す。 どうやら、外に出れば何かが分かるようだ。
昨日ここへ来たときはあまり活気のない村だと思っていたが、朝になれば当然その様子も大きく変わっていた。
思ったよりも多くの人らの行きかいがみられ、それなりに開けた中央の広場からは酪農や農業にいそしむ人、店の看板を出す人、大きく明るい声を出して遊ぶ子供たちなど、様々な様子がうかがえた。
しかし、問題はそこではなかった。
遠くから眺めているだけなのではっきりとは分からないが、それらの人たちの中には吸血鬼や獣人、エルフ族の者の姿もいた。 さすがに数はそれほど多くはないが——
本来ならばそれがありえない光景だというのは、エルジェベドらもよく分かっている。 だが実際にそれが起こっているということに対し、ルクシアはエルジェベドに問いかけた。
「一体なぜ、皆さんはあれほど仲がよさそうに――?」
「そういう教えなんだ。 少なくともこの村では」
教え。 ルクシアの知っているそれは、今は忌み嫌うべき聖エルフ教会のそれであるが、それとはまた違うものなのだろうか?
天を仰ぐように悩んでいると、突然ロボが彼女の肩を叩く。 一体何かと思ってそちらを振り向くと、彼はある建物の屋根の上にあるシンボルを指さして示した。
それは、まるで二人の男女が手を伸ばし抱き合うようにして形作られたハートマークのシンボル。 色から推測するに恐らく銅製の物であり、この村で最も大きく背の高い建物の上に、それは飾られていた。
「あれ、なんだろうな。 聖エルフ教会のもとのは違うだろ?」
「そうですね……私が知っているのは、あんな形をしているものではありません」
二人は再び、考え込むようなポーズに戻る。
いろんな種族が仲良く暮らしていることと、あの未知のシンボルと、そしてエルジェベドが言っていた教えというものに何かしらの勘か絵があることまではわかるが、その先にいまいち一歩を踏み出すことができない。
そうしてしばらく悩んでいると——鐘の音が鳴った。 3回ほど、方向はあのシンボルのある大きな建物からだ。
その音が鳴ったと同時に、村の皆も自分がさっきまでしていた仕事や遊びをやめ、その建物にぞろぞろと入っていく。
「エルジェベドさん、これは——」
「私らもいこう。 そうすれば分かる」
「大丈夫なのか? この村の者でもないのに」
「別に問題はないよ。 彼らはきっと私たちを拒むことはない」
彼女はそう言いながらも、まるで何も考えていない表情のままにその建物へと向かっていった。
残された二人も、それ以外にするべき行動もないからと言って彼女の後について行く。
その建物の中は、荘厳な雰囲気に包まれていた。
深い藍色の壁に、カーペット。 入ってすぐの広間にはベンチのような横に長い椅子がいくつも規則正しく並べられており、そこにはこの村の者達が肩を並べて座っている。 順番はバラバラで、種族による区別など一切ないようであった。
そしてこの広間の一番奥には、教壇のような一つの台と、先ほど鳴っていたものであろう大きな鐘が佇んでいた。
そして、そこには司祭らしき衣装に身を包んだ人が立っている。 あの顔は、他でもない昨日自分らをこの村に誘ってくれたあの老人だった。
エルジェベドらは一番後ろの席に並んで座りながらも、小声で耳打ちするように話し合う。
「なんだか……まるで教会みたいですね」
「実際そうなんだろう。 今から話が始まりそうだ」
彼女の言う通り、壇の上にいる老人はゆっくりと顔を持ち上げると、優しく語りかけるように話し始めた。
「皆さん、こんにちは。 今日も皆さんに集まっていただき、本当にありがとうございます。
おっと、皆さんにはまだお伝えしていませんでしたが、昨日の夜にこの村に来てくださっていた方たちも並んでくれているようですね。 これはこれは、とてもありがたいことでございます。
そういうわけなので、今日はあの方たちにもお教えしなくてはいけませんので、今ひとたび偉大な夫婦様からのお言葉を読み上げなくてはいけませんね」
そういうとその老人は、壇上にある一冊の白い本を皆に見せるように掲げたのち、丁寧に1ページずつ開いてその内容を読んでいった。
まず初めに、この集まりは『愛の教団』というものである。
愛の教団とは、この世にある悩みや苦痛、悲しみはすべて他者を愛し、尊び、慈しみ合う心によって好転すると考えそれを行動に移す者たちのことであるという。
すべての始まりは、ある二人の出会いだった。
一方は、吸血鬼の女性。 家族を人間らに殺され、故郷を焼かれ、行き場も失い彷徨っている最中だった。
一方は、人間の男性。 生まれ育った村が疫病にさいなまれ、度重なる盗賊や悪党の襲撃に見舞われ、涙を流しながら居場所を追われたのだった。
あるひどい雨の日、その二人は一本の木で雨宿りしようとしていたところで偶然にも出会い、そして互いに一目惚れをした。
その時、その二人は心にできた深いヒビが、少しだけだが治っていくような感覚がしたという――
二人は雨が止むとすぐに結婚し、貧しくもつつましやかに暮らし、互いに愛し合う生活を続け、その中で我々がこの世を暮らしていく上で大切なことに気が付いたと言われている。
それが、『愛』である。
この世に生を受けた者は皆、必ず傷を負う。
それは肉体的なものもそうであるが、精神的なものはその比ではない。 肌を酷く擦りむき、体中の骨を折ったとしても、それらが治るよりも不幸や苦痛によって心に負った傷が治る方がずっと遅い。 付ける薬もなく、時間によって治すしかないのに、死ぬまで治らないことだってあり得る。
そんな時に、その心の傷を治してくれるものこそが『愛』なのだ。
誰しもが負っている傷を、愛し合い尊重し合うことで癒す。 そうすれば、やがて誰も傷付くことのない平和な世界がもたらされるだろう……
「——我々愛の教団は、それを信じて日々を和やかに暮らしているのです」
その老人の話を、三人はそれぞれ違う表情をしながらも真剣に聞いていた。 そして、その言葉についてじっと深く考えた。
しばらくの間、その仔細による話は続いた。
それが終わった後はこの建物に集められたみんなで自らの愛する者、いつもすぐそばにいてくれる者らに祈りを捧げ、それも終われば今日の礼拝は終わりということらしく皆はここから帰された。
教会から出ようとした際、入り口近くにて小さな袋に入れられたお菓子を渡された。 これはここに来てくれた方たち皆に配っているもので、家に帰ってから大切に食べてください、とのことらしい。
三人は、この行いもまた愛ゆえのものなのだろうか、と思いつつもそれをありがたく頂いた。
帰り際、ふと村の様子をもっと見たいと思ったルクシアは、ほんの少しだけ足の動きを遅め、後ろ歩きになりながらもあたりを見渡した。
朝村を見渡した時と同じような、平和な光景がそこにはあった。 あの教会で司祭からの話を聞いた後だからか、この町の様子もさっきまでとは少しだけ違って見えた。
「帰ってきたぞ」
「ですねぇ」
エルジェベドらは、昨日寝泊まりしていた小屋へと帰ってきた。
それぞれが休むポジションは、皆昨日と同じ……と言いたいところだが、ルクシアだけはさっきから何かに興奮しているのか部屋の中をぴょんぴょんと飛び回っていた。
「危ない、危ない」
「お菓子はいったん置けよ。 落とすだろ」
「——はっ! それもそうですね」
彼女は一度落ち着きを取り戻し、お菓子の袋を近くにあったテーブルに置いた後、再びさっきと同じように興奮していた。
「だから危ないって。 まったく……何がそんなにうれしいんだ? それとも別の何かがあるのか?」
「だって、今日聞かせてもらった話! 私はあれにすごく感銘を受けたんです!」
もともと自らがいた宗教に嫌気がさし、それを裏切るような形で逃げ出し今も命を狙われている彼女にとって、自分の知っているものとは違う、優しさに訴えかけてくるような愛の教団の教えが響いたのだろう。
弾む声と表情で精いっぱい語りかけてくる彼女を、エルジェベドはそれとは対照的にまっすぐ横に細めた目で見つめていた。
「エルジェベドさんがこんなに警戒心を解いていたのも、ここの皆さんがこんなにやさしい方たちだって気付いていたからなんですね!」
「ん、ああ。 あの教会の上にあるシンボルは愛の教団のものだからな。 私は夜の方が目が利くから、昨日の夜にはこの村はそうだと分かっていた」
ようやくルクシアが椅子に座って落ち着いた、と思った後もまだ彼女はずっとそわそわとして落ち着きのない様子だった。 そこまで、ここの教えが気に入ったのだろうか。
そんな彼女の様子を見て何かを思ったのか、彼女に向かってエルジェベドが口を開く。
「——なぁ、ルクシア」
「はい? なんでしょう」
その純粋そうな、きょとんとした顔。 その顔を見てエルジェベドは一瞬だけ、言葉をためらってしまった。
だが、彼女のためにもこれだけは言っておかねば――そう意を決し再び声を出そうとした時、先にロボが、冷たく言い放つようにルクシアに向かって告げた。
「俺は、あの教えは好きじゃない」
「——え?」
「いや……こういった方がいいかな。 認められない」
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