短編

広瀬 空

安寧

 死にたい。


 漠然とそう思う。

 人間関係で悩んでいるわけじゃない。家庭環境も良好。恋愛で悶々とするなんてこともなく、それどころか長らく恋情をいだいていないし抱きたいとも思わない。自分の容姿に悩んでいるわけでもなければ何か病気を患っているわけでもない。思い詰めるほど重大な悩みなど無いのだ。

 それでも、もうずっと死にたい。


 どうしてかと訊かれると、死んだらすべてが大丈夫になるから、と答えるだろう。明確な悩みは無いのに、生きるのがどうしようもなく苦しい。

 今より先、未来のことを考える度に絶望する。数日後のことを想像するだけで何もかもなくなってしまえばいいのにと思う。遠い未来のことだって、あれをしてみたいとかこうなったらいいなとか、無いわけじゃないけど、でも、どう考えたって死ぬのがいちばん良いと思ってしまう。たとえ自分の望むように働けたとしても、自分の望むように生活を送れたとしても、きっと生きる苦しみに溺れたまま、いや、生きる時間を重ねるにつれてそのどろどろのより深くへと沈んでいくだろう。

 その、生きることへの苦しみというのは何なのかと訊かれたら、それはこちらが教えてほしいくらいだと返すしかない。この苦痛の正体が分かればせめて水面から必死に顔を出して微量の空気を吸うくらいはできたかもしれない。わからない。なぜ生きるのがこうも苦しいのか。どうして息がうまくできないのか。どうして心臓は喉を締めるように拍を打つのか。


 ああ、そうか。死ぬとすべてが解決すると知っているから生きるのが苦しいのかもしれない。

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