エッセイシリーズ

大鷹流

潮目

中学生のころ、生まれて初めて好きな人が出来た。

きっかけは覚えていないが、気づけば彼を見て顔を赤らめていたことを思い出す。

人より比較的遅めの初恋が、中学校生活の大半の思い出であったと言っても過言ではない。


家庭科の授業の時間に調理実習があり、クラスを6~7つの班にわけて、味噌汁を作ることになった。

幸運なことに出席番号が近かったため、彼と同じグループになることができた。

私は、運命というものを信じざるを得なかった。


調理実習中、私は全く授業に集中できなかった。

憧れの彼が同じテーブルで作業をしている。そしてエプロン姿を大盤振る舞いしているのだ。

見慣れないエプロン姿でも、彼は王子様のような気品にあふれていた。

私は彼を見る度胸が苦しくて、自分が着ていたエプロンの端をギューッと握ってニヤけをおさえていた。

私が授業ではなく彼に夢中になっている間に、味噌汁は完成していた。

彼が一生懸命味噌を溶いた味噌汁はどんな味なんだろう。

テーブルに並べられたお椀を取って、ズズッとすすった。


ありえないくらいまずい。

頭が痛くなるくらいまずい。

もう一口でも飲んだらお手洗いにかけこまなくてはいけないくらいの味だった。


これはもう味噌汁ではなく、わかめと豆腐が入った泥水だ。

いや、正確にはわかめと豆腐以外にもにぼしが浮いていた。

先生が示した手順には、熱湯ににぼしを入れ、濾すことによってだし汁が完成するとある。

しかし私達の班の味噌汁には、濾されていないにぼしがふわふわと漂っていた。


朦朧とした意識の中で、段々とこれを作った主が憎らしく思えてきた。

思い返せば、だし汁を作っていたのは彼である。

隣に座る野球部のじゃがいものせいにしたかったが、彼の顔しか思い浮かばない。

なにをどうやったらこんな味になるのか。

彼がとっただしがまずいというだけで、王子様にかけられていた魔法がどんどんと解けていくようだった。

途端に、気まずそうな彼の顔がナポレオンフィッシュに見えてきた。

そういえば彼のことが好きだと相談した女友達は、彼の顔が魚に似ていると言っていたことを思い出した。


魔法にかけられていたのは、私の方だったのかもしれない。

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