離島のつかいかた

椎乃 柔

プロローグ

村田は走っていた。光を振り切り、夕陽と真逆の方向へ。耳にあるイヤホンからは何も流れていない。

海から黒い煙が上がる。もうすぐ出発だ。

あと7分。

「倫也!」沙季が呼ぶ。

フェリーのエンジン音に隠され、聞こえていなかった。

皆がいる。

「沙季。こっち、早く。」琳花が呼ぶ。

幼稚園からの幼馴染だ、というか、この島には幼稚園が1つしかないから全員そうなのだが。

「ほら、倫也くんあっち。行って来い。」

胸を突かれる。

急に自分がもうここまで来たのかと冷静になって、緊張する。

あと5分。

フェリーからは虹色の紙テープが飛び出し、家族、友人、恋人との別れを惜しんでいる。

「倫也くん!」

振り向いた。一気に顔が熱くなり、走ってきたからだと自分を誤魔化す。

「沙希!なんだ?もうすぐ出発なんだ!」

目が合う。

「いや、いい。」

察してくれたのか、お互い目を見る。鼓動が高まる。顔が固まる。二人だけの時間だ。

「あの、」声が絡まる。

「ずっと好きだった。大好き。離れても、忘れないで!」

一瞬の沈黙。その沈黙は二人の永遠の様に感じられた。また、その沈黙こそがそこにいる二人の存在証明だった。

「沙希。ありがとう。」

倫也から白い歯が見えて、夕陽に反射する。

「俺、、、」

倫也が何か言おうとした刹那、フェリーのエンジン音と、煙突からブオーンという低くて情熱的な音が流れる。

「聞こえない!」沙希は叫んだ。が、届くはずもなく、無情に二人の距離は遠のく。

紗希は泣いた。琳花が駆け寄る。


それはある離島で起きた話だ。

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