第27話 別れ
遠い南の砂漠の国に、石造りの
それはその国の偉大な王のために造られた墓所なのだそうだ。それは『ピラミッド』と呼ばれているらしい。
『通信機』はそのピラミッドの底面の四角形を広く取り、やや平たくつぶしたようなデザインにした。
そしてその側面の三角形の面の一つに、大きなダイヤルを付け、回せるようにして0から9までの番号を刻んだ。
数字の内側には、別々のサイロメレン石を丸玉に加工したものを埋め込み、ダイヤルの中央に
ダイヤルを回すことによって、0〜9箇所の別々の場所と通信ができる。
今日はそのテストの日だ。
オリヴィン・ユングは父と共に正装で、王宮のブロイネル
『通信機』は
ディヤマンド国王もご列席になり、各軍事部門の将軍や指揮官、
ブロイネル軍事伯がその場を取り仕切り、
「本日はディヤマンド国王閣下のご列席を
と長い
「これより通信テストを行う」
父上が製作者を代表して、『通信機』のダイヤルを合わせる。
「こちら王都、通信テストです。リーベック軍港、応答願います」
すると、待ち構えていたように、
「こちらリーベック。良く聞こえます、どうぞ」
と応答が返ってきた。
実はもう二日も前から事前にテストしていたので、間違えなどないのだが。
こうして、すべての地点と通信が良好に完了し、オリヴィンはホッと胸を撫で下ろした。
ディヤマンド国王陛下
帰りの馬車の中で、いままで
「デュモン卿は
と切り出してきた。
俺も『仲直りしなければ…』とは思っていたのだけれど、忙しさに
でも、どうすればいいのだろう?
このところずっと、ジェイドは工房に来ていない。
考え始めたら、居ても立っても居られなくなってきた。
(ジェイドに会いたい…!)
「父上、申し訳ありませんがこのまま、王立アカデミーのドミトリーまで送っていただけないでしょうか?どうしても、ジェイドに話したいことがあるのです」
父上はドミトリーの前まで俺を送り届けると、
「頑張るんだよ」
と優しく笑って帰って行った。
入り口で管理人にデュモン卿に会いにきたことを伝えると、
「デュモン教授なら、お引越しのご準備でお部屋にいらっしゃいますよ。…今日はお嬢様にご結婚の申し込みにでもいらしたのですか?」
と言われて
廊下を歩いて行くと、部屋の前でデュモン卿が荷物をドアの横に積み上げていた。そして、俺に気づくと
「ようやく来たか」
と言った。
「ご、ごきげんようデュモン卿。すみません、このような仰々しい格好で…。」
「フン。それで、何の用だ⁉︎」
(エッ…なんか、ものすごく怒っている…?)
「あの、ジェイドさんと話をさせて下さい」
デュモン卿はジロリと俺を
「…一発、
と言った。
「ゔぇっ?本気ですか⁉︎」
「是非とも一発殴らねば収まらん…」
「…わかりました。お手柔らかに…」
「では、歯を食い
派手な音がし、俺は床に転がった。
「ッ…いってぇ…」
「…なに⁉︎すっごい音がしたけど…」
部屋の中からジェイドが顔を出した。
「オリィ…」
ジェイドは廊下に転がっている俺を見て、目を丸くした。
「父さん、何をしたの…」
ジェイドは責めるような目をデュモン卿に向けたが、卿はムッとした顔のまま、
「お前の代わりに一発殴っただけだ…」
と言った。
唇が切れたらしく、拭った手に赤い血が着いた。
ジェイドが近付いて来て
「起きられますか?」と聞いた。
俺は『大丈夫…』と言って、ゆっくり起き上がった。
「どうぞ。手当しますので、お入り下さい」
(正直まだ、どう言ったらいいか思いついていない、けれど誤解させたまま会えなくなってしまうのは辛すぎる)
ジェイドが濡れたタオルを持って来てくれて、血を
「…ごめん、ジェイド。
「何に対して謝っているのかわかりません」
「……」
「あなたが誰と付き合おうと、私には関係ありません」
「…ジェイド?」
「良かったじゃないですか、あんな可愛い子に
「そ、そんな。ジェイド、…俺は…」
「私もオリィが幸せなら、嬉しいです。安心して旅に出られますから」
「……違うんだ。俺はネルのことなんて…」
……言いかけて、言葉が出なくなった。
(何がしたいのだろう、俺は。…誤解を解き、“そうだったのね”とわかってくれたとしても、その後は?
…それでもジェイドは旅立つ。
“待っている”と言えば、いつか帰って来てくれるのだろうか?
それまで待てる?もし、ジェイドに好きな男ができたら?
“行かないでくれ”と頼む?俺の傍にいてくれと?
彼女の気持ちは?
そして、今の俺はジェイドに
そんなことを椅子に座って顎を冷やしながら、ぐるぐる考えていた。
俺は静かに立ち上がると、言葉を
「引越しの準備でお忙しいところ、突然押しかけてしまい申し訳ありませんでした。ジェイドさんには、俺が
それと…これまで、いろいろ
…今日はこれでお
ペコリと頭を下げて、オリィは部屋を出た。ドアの外で聞き耳を立てていたであろうデュモン卿に、『お忙しいところ失礼しました』と挨拶してドミトリーを後にした。
デュモン卿は部屋の中に戻ると
「本当にあれで良かったのか?誤解は解けたんだろう?」
と聞いて来た。
「ええ、まあ。知っていましたから」
実は2〜3日前、工房のラズリアさんがネルさんを連れてやって来たのだ。
ラズリアさんは小さなラビカン石の付いた耳飾りを見せてくれ、
『このせいで、ボーッとしてたオリィがあんなことしちゃったんだ』
と説明してくれた。
一緒に来たネルさんが、すごく申し訳なさそうに小さな声で
『ごめんなさい』と言っていた。
父は
「あいつがあんな
「何言って…もう〜、そんなわけありません」
(ほんとに、そうだったら良かったのに…)
ジェイドは心の中で
* * *
数日後、リチア王女様とステファン・アルマンディン侯の婚約式が
美しい銀の
パレードで、王都のメインストリートを花で飾った馬車に乗って走る様は、王都の民を
同じ日、2頭の馬に引かれた大きな荷車に荷物を運ぶデュモン卿とオリィの姿があった。
「悪いな、手伝わせて。今日は婚約式のパーティがあったんだろ?」
「いいんです。父上が出席していますし、俺が手伝いたかったんで」
オリィは打ち身で色が変わった
「この荷物を全部、船で持って行くわけではないんですよね?」
「さすがにな。ほとんどはバロウの知り合いのところに預かってもらうさ」
「…
その言葉に、卿が手を止めてこちらを見た。
「そのつもりだ。…だから今回は長い旅になる」
オリィはポケットに手を突っ込んで、
それは、バロウの街で
「運命の人を引き寄せる石、だそうです。持って行って下さい」
その黒い石はツヤツヤとしていて
卿は黙ってそれを受け取ると、じっと石を見て
「お前はいいのか?」と
オリィは黙って首を横に振った。
午前中いっぱいで荷物を積み終え、ジェイドが近くで買って来てくれたパンを
(少し髪を切ったみたいだ…)
少年のような格好のジェイドを見て、『髪切ったの?』と訊くと、
『明日からは
「船出は
「そうだ。明日はバロウで荷物を仕分けて船に積む」
「送って行けずにすみません…」
こうしている間にも、どんどん別れの時間は迫って来ている。
俺もジェイドもだんだん無口になった。
* * *
昨日の夜は、工房で簡単な送別会を開いた。
主に父上と工房の
ボラ
だが、別れ
ジェイドも泣きながら皆んなにお礼を言っていた。
卿とジェイドを送り出して、送別会の片付けをしているとハックが近づいて来た。
「なあ、知らせなくて良かったのか?」
「いいんだ」
「リア姐、あとで怒るぞ」
「ゔ…そうだな…」
* * *
別れの時が来た。
(オリィ、殴られた
ジェイドは心の中でそう呟いた。
別れが辛いのはいつものことだ。
どんなところでどんなふうに過ごしても、人と関わらずには生きていけない。
そうわかっているから、なるべく自然にしている。
子供の頃は別れが辛すぎて、『もう人と関わらない!』と思った時期もあったが、そんな抵抗すら無駄なのだと気がついてから、“普通”にしている。
感情が湧き上がってしまう時は、それをそのままそっと受け止めることにしたら、随分と楽になった。
でも、今回はちょっとキツかった。後でもっと沢山泣くかもしれない。
だって、“初めて恋をしてしまった”から…
オリィがぎゅっとハグしてくれた。
「元気で…」の言葉に
「オリィも…」と返す。
(あ、ダメ…もう涙が
私は急いで荷馬車の空いているところに乗った。
オリィが父に
「道中、気をつけて…」
と声をかけて、ゆっくり馬車が進み出した。
「…さようなら」
小さな声で呼びかける。もう、聞こえないかもしれない…
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