第27話 別れ

 

 遠い南の砂漠の国に、石造りの四角錐しかくすいの巨大な建造物があるという。

 それはその国の偉大な王のために造られた墓所なのだそうだ。それは『ピラミッド』と呼ばれているらしい。

『通信機』はそのピラミッドの底面の四角形を広く取り、やや平たくつぶしたようなデザインにした。

そしてその側面の三角形の面の一つに、大きなダイヤルを付け、回せるようにして0から9までの番号を刻んだ。

数字の内側には、別々のサイロメレン石を丸玉に加工したものを埋め込み、ダイヤルの中央に赤水晶レッドクオーツを配置し、番号の石と接するように石留いしどめした。

 ダイヤルを回すことによって、0〜9箇所の別々の場所と通信ができる。

 今日はそのテストの日だ。


 オリヴィン・ユングは父と共に正装で、王宮のブロイネル軍事伯ぐんじはく執務室しつむしつおもむいていた。

『通信機』はあらかじめこの執務室に1つ、そして南の軍港リーベックに1つ、北方高地のカミントンフォートに1つ、東の港町バロウに1つ、西の第2都市アウインに1つ、計5箇所かしょに設置してある。

 ディヤマンド国王もご列席になり、各軍事部門の将軍や指揮官、近衛騎士団このえきしだん団長とお歴々れきれきに囲まれ、オリヴィンは緊張きんちょうで具合が悪くなりそうだった。


 ブロイネル軍事伯がその場を取り仕切り、口火くちびを切った。

「本日はディヤマンド国王閣下のご列席をたまわりましたこと、誠に御礼おんれいを申し上げます。また各諸侯かくしょこうの皆々様にもこのような形で新しい『通信機』をお披露目ひろめできますことを……(云々うんぬん)」

 と長い挨拶あいさつがあり、いよいよ通信テストだ。

「これより通信テストを行う」

 父上が製作者を代表して、『通信機』のダイヤルを合わせる。

「こちら王都、通信テストです。リーベック軍港、応答願います」

 すると、待ち構えていたように、

「こちらリーベック。良く聞こえます、どうぞ」

 と応答が返ってきた。

 実はもう二日も前から事前にテストしていたので、間違えなどないのだが。

 こうして、すべての地点と通信が良好に完了し、オリヴィンはホッと胸を撫で下ろした。

 ディヤマンド国王陛下直々じきじきねぎらいの言葉をいただき、一つのことをやりげた達成感たっせいかんで、彼は胸が一杯になった。


 帰りの馬車の中で、いままでほとんどそんなことを言ったことがない父上が、

「デュモン卿は近々ちかじか、ジェイドさんと一緒に長い旅に出られるそうだよ。先日ご挨拶にみえた。何年かお帰りになることもできないかもしれないそうだよ。オリィ、ジェイドさんと仲直りはできたのかい?」

 と切り出してきた。

 俺も『仲直りしなければ…』とは思っていたのだけれど、忙しさにかまけて、後回しにしていたのだ。

 でも、どうすればいいのだろう?

 このところずっと、ジェイドは工房に来ていない。

 考え始めたら、居ても立っても居られなくなってきた。

(ジェイドに会いたい…!)


「父上、申し訳ありませんがこのまま、王立アカデミーのドミトリーまで送っていただけないでしょうか?どうしても、ジェイドに話したいことがあるのです」


 父上はドミトリーの前まで俺を送り届けると、

「頑張るんだよ」

 と優しく笑って帰って行った。


 入り口で管理人にデュモン卿に会いにきたことを伝えると、

「デュモン教授なら、お引越しのご準備でお部屋にいらっしゃいますよ。…今日はお嬢様にご結婚の申し込みにでもいらしたのですか?」

 と言われて赤面せきめんする。…確かにこの服装は仰々ぎょうぎょうしかったかも…


 廊下を歩いて行くと、部屋の前でデュモン卿が荷物をドアの横に積み上げていた。そして、俺に気づくと

「ようやく来たか」

 と言った。

「ご、ごきげんようデュモン卿。すみません、このような仰々しい格好で…。」

「フン。それで、何の用だ⁉︎」

(エッ…なんか、ものすごく怒っている…?)

「あの、ジェイドさんと話をさせて下さい」

 デュモン卿はジロリと俺をめ付けて来て、

「…一発、なぐららせてくれたら考えてやろう」

 と言った。


「ゔぇっ?本気ですか⁉︎」

「是非とも一発殴らねば収まらん…」

「…わかりました。お手柔らかに…」

「では、歯を食いしばれ、ゆくぞ!」

 途端とたん渾身こんしんの右ストレートが俺のあご炸裂さくれつし、廊下の端に吹っ飛んだ。

 派手な音がし、俺は床に転がった。

「ッ…いってぇ…」

「…なに⁉︎すっごい音がしたけど…」

 部屋の中からジェイドが顔を出した。

「オリィ…」

 ジェイドは廊下に転がっている俺を見て、目を丸くした。

「父さん、何をしたの…」

 ジェイドは責めるような目をデュモン卿に向けたが、卿はムッとした顔のまま、

「お前の代わりに一発殴っただけだ…」

 と言った。

 唇が切れたらしく、拭った手に赤い血が着いた。

 ジェイドが近付いて来て

「起きられますか?」と聞いた。

 俺は『大丈夫…』と言って、ゆっくり起き上がった。

「どうぞ。手当しますので、お入り下さい」


(正直まだ、どう言ったらいいか思いついていない、けれど誤解させたまま会えなくなってしまうのは辛すぎる)

 ジェイドが濡れたタオルを持って来てくれて、血をぬぐう。下顎したあごがジンジンしている。どんどんれて来ているのが分かる。


「…ごめん、ジェイド。あやまりにも来なくて…」

「何に対して謝っているのかわかりません」

「……」

「あなたが誰と付き合おうと、私には関係ありません」

「…ジェイド?」

「良かったじゃないですか、あんな可愛い子にしたわれて…」

「そ、そんな。ジェイド、…俺は…」

「私もオリィが幸せなら、嬉しいです。安心して旅に出られますから」

「……違うんだ。俺はネルのことなんて…」

 ……言いかけて、言葉が出なくなった。

(何がしたいのだろう、俺は。…誤解を解き、“そうだったのね”とわかってくれたとしても、その後は?

 …それでもジェイドは旅立つ。

 “待っている”と言えば、いつか帰って来てくれるのだろうか?

 それまで待てる?もし、ジェイドに好きな男ができたら?

 “行かないでくれ”と頼む?俺の傍にいてくれと?

 彼女の気持ちは?

 そして、今の俺はジェイドに相応ふさわしい男だろうか?)

 そんなことを椅子に座って顎を冷やしながら、ぐるぐる考えていた。


 俺は静かに立ち上がると、言葉をひねり出した。

「引越しの準備でお忙しいところ、突然押しかけてしまい申し訳ありませんでした。ジェイドさんには、俺がいたらないばかりに誤解ごかいを招くような姿をお見せしてしまいました…すみません。

それと…これまで、いろいろ未熟みじゅくな俺を助けて頂き、感謝します。

…今日はこれでおいとまします」

 ペコリと頭を下げて、オリィは部屋を出た。ドアの外で聞き耳を立てていたであろうデュモン卿に、『お忙しいところ失礼しました』と挨拶してドミトリーを後にした。


 デュモン卿は部屋の中に戻ると

「本当にあれで良かったのか?誤解は解けたんだろう?」

 と聞いて来た。

「ええ、まあ。知っていましたから」

 実は2〜3日前、工房のラズリアさんがネルさんを連れてやって来たのだ。

 ラズリアさんは小さなラビカン石の付いた耳飾りを見せてくれ、

『このせいで、ボーッとしてたオリィがあんなことしちゃったんだ』

 と説明してくれた。

 一緒に来たネルさんが、すごく申し訳なさそうに小さな声で

『ごめんなさい』と言っていた。


父は

「あいつがあんな格好かっこうして来るから、まさか結婚の申し込みにでも来たんじゃないか、と思ったよ。まあ、本当にそうだったら一発殴るくらいじゃ済まないけどな」

「何言って…もう〜、そんなわけありません」

(ほんとに、そうだったら良かったのに…)

 ジェイドは心の中でつぶやいた。


 * * *


 数日後、リチア王女様とステファン・アルマンディン侯の婚約式がり行われた。

 美しい銀の刺繍ししゅうほどこされた白いドレスを身にまとい、沢山の真珠が付いたティアラを髪にせたリチア様はまるで女神のように美しく、同じく白い衣装に身を包んだ銀髪のステファン侯は女神を守る神のように神々こうごうしかった。

 パレードで、王都のメインストリートを花で飾った馬車に乗って走る様は、王都の民を熱狂ねっきょうさせた。少女たちはゆく手に花びらをき、人々は歓声を挙げた。


 同じ日、2頭の馬に引かれた大きな荷車に荷物を運ぶデュモン卿とオリィの姿があった。

「悪いな、手伝わせて。今日は婚約式のパーティがあったんだろ?」

「いいんです。父上が出席していますし、俺が手伝いたかったんで」

 オリィは打ち身で色が変わったあごを撫でた。

「この荷物を全部、船で持って行くわけではないんですよね?」

「さすがにな。ほとんどはバロウの知り合いのところに預かってもらうさ」

「…東方とうほうまで行かれるのですか?」

 その言葉に、卿が手を止めてこちらを見た。


「そのつもりだ。…だから今回は長い旅になる」

 オリィはポケットに手を突っ込んで、革紐かわひものついた黒い石をつかみ出した。

それは、バロウの街で物乞ものごいの老婆にもらった石に、穴を開けて革紐を通したものだ。

「運命の人を引き寄せる石、だそうです。持って行って下さい」

 その黒い石はツヤツヤとしていてなめらかで、角度を変えてみるとボウッと虹が浮かぶ、綺麗な石だった。

 卿は黙ってそれを受け取ると、じっと石を見て

「お前はいいのか?」といた。

 オリィは黙って首を横に振った。


 午前中いっぱいで荷物を積み終え、ジェイドが近くで買って来てくれたパンをかじりながら休む。

(少し髪を切ったみたいだ…)

 少年のような格好のジェイドを見て、『髪切ったの?』と訊くと、

『明日からはしばらく、男で過ごすことになるので…』と言った。

「船出は明後日あさってでしたか?」

「そうだ。明日はバロウで荷物を仕分けて船に積む」

「送って行けずにすみません…」


 こうしている間にも、どんどん別れの時間は迫って来ている。

 俺もジェイドもだんだん無口になった。


 * * *


 昨日の夜は、工房で簡単な送別会を開いた。

 主に父上と工房のんな、あとハックだけ呼んだ。

 ボラじいはまるで、孫娘とお別れするみたいにオンオン泣いていた。何年も会えないだろうということは皆さっしていて、湿しめっぽい雰囲気にならないようリア姐が頑張って明るく振る舞っていた。

 だが、別れぎわにリア姐も、堪え切れずに涙を流して別れを惜しんでいた。

 ジェイドも泣きながら皆んなにお礼を言っていた。


 卿とジェイドを送り出して、送別会の片付けをしているとハックが近づいて来た。

「なあ、知らせなくて良かったのか?」

「いいんだ」

「リア姐、あとで怒るぞ」

「ゔ…そうだな…」


 * * *


 別れの時が来た。

(オリィ、殴られたあとも良くなって来て、良かった)

 ジェイドは心の中でそう呟いた。

 別れが辛いのはいつものことだ。

 どんなところでどんなふうに過ごしても、人と関わらずには生きていけない。

 そうわかっているから、なるべく自然にしている。

 子供の頃は別れが辛すぎて、『もう人と関わらない!』と思った時期もあったが、そんな抵抗すら無駄なのだと気がついてから、“普通”にしている。

 感情が湧き上がってしまう時は、それをそのままそっと受け止めることにしたら、随分と楽になった。

 でも、今回はちょっとキツかった。後でもっと沢山泣くかもしれない。

 だって、“初めて恋をしてしまった”から…


 オリィがぎゅっとハグしてくれた。

「元気で…」の言葉に

「オリィも…」と返す。

 (あ、ダメ…もう涙がこぼれて止まらない…)

 私は急いで荷馬車の空いているところに乗った。


 オリィが父に

「道中、気をつけて…」

と声をかけて、ゆっくり馬車が進み出した。


「…さようなら」

 小さな声で呼びかける。もう、聞こえないかもしれない…

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