第26話誤解

 

 父上は六月に迫ったリチア王女様とステファン・アルマンディン侯の婚約式に向けて、ジュエリーの製作に追われている。

 俺は、軍事伯のブロイネル公爵閣下の命で制作が進んでいる『通信機』の設計がいよいよ佳境かきょうを迎えていて、朝一番で工房に行って、気がつくと夜になっている、という生活を繰り返していた。

 どうも一つのことに熱中してしまうと、他のことを考える余地よちがなくなってしまうくせがあるらしい。

 今日もジェイドが工房に来ていたのだが、『通信機』の打ち合わせとも重なって、ほとんど話せていない。


 * * *


 ユングの宝石・魔石工房のベテラン職人ラズリアは、仕事終わりに工房近くに最近オープンしたばかりのカフェテリアで、紅茶とケーキをいただいていた。

 向かいにはジェイドが同じように紅茶を前に座っている。

「いいのかい、オリィに伝えなくて?」

「いいんです。オリィとっても忙しそうですし…」

「あの子はねぇ、一つのことに夢中になると、他のことがなんにも見えなくなっちゃうんだよね〜」

 本当は今日こそ伝えようと思って工房に来たのだが、昼食も食べずに『通信機』の試作品を作っているオリィに話しかけることができず、リアねえとこうしてお茶を飲んでいる。

「それで、いつ頃出発なんだい?」

「六月の後半くらいです」

 王立アカデミーの臨時りんじ教授職きょうじゅしょくの契約が五月いっぱいで切れるため、ジェイドとデュモン卿はまた、魔石探しの旅に出るのだ。

 前から決まっていたことなのだが、オリィには直接伝えたくて、先延さきのばしにしてしまっていた。

(話したからどうなる、っていうものじゃないんだけど…)

 ジェイドは心の中でつぶやいた。


 * * *


 オリィは今日も、いた設計書を元に試作品を作っていた。

 気がつくと外は暗くなっていて、工房もいつの間にか静かだ。父上もさっきまでそこで婚約式のジュエリーの打ち合わせをしていた気がしたが、いつの間にかいなくなっている。


「あ、あの…オリィさま」

 見習いのネルが声を掛けて来る。

「ああ、ネル。まだいたんだ。片付けかい?」

「はい、お掃除が終わりましたので帰ります」

「皆もう帰ったんだろ?送って行こう。夜道は物騒ぶっそうだ」

「いいんですか⁉︎ありがとうございます!」

「俺も帰ろうと思ったところだから」

 試作品をしまうと、上着を取ってネルと店の外に出た。

 店の鍵を閉めて、歩き出す。

「わぁ〜、オリィさま、キレイな月!」

 風もなく、いい月夜だった。

 ふとみると、ネルの耳に小さなイヤリングが付いている。

(へぇ、子供だとばかり思ってたけど、女の子なんだな。こうしてみると、結構可愛いし…)

 そう思い始めると、なんだかネルがキラキラして見える。


 水路すいろまたぐアーチ型の石橋に差し掛かったところで、急に

 ふわっと風が吹いた。その時、

「アッ!」

 っと、ネルが声を上げた。

 ネルがかぶっていた白い帽子が風に飛ばされて舞い上がった。

 反射的に手を伸ばして帽子をキャッチしたが、石橋の上だったのでバランスを崩してしまい、同じように手を伸ばしていたネルの上に倒れ込んでしまった。

いたぁっ…」

「ごめん、大丈夫?」

「いいえ、すみません。帽子を取っていただいて…」

 その時、ネルと目が合った。

(あれ?なんかオカシイ…オレ…)

 俺はネルを抱きしめていた。


「オリィ…?」

 その時、聞き覚えのある声がした。

「アンタたち!こんなとこで何やってんの?」

 リア姐とジェイドがそこに立っていた。

 ジェイドは一瞬、とても悲しそうな顔をして

「ごめんなさい、私帰ります!」

 と言って走って行ってしまった。


 俺は我に帰って、ネルから離れた。

 リア姐はすごおこった顔で、

「ちょっとアンタたち、来なさい!」

 と言って俺とネルは腕をつかまれて、近くのパブに連れ込まれた。


「オリィ!アンタ、いったいどうしちゃったの?」

 リア姐が詰め寄って来る。

「リ、リア姐、落ち着いて…」

「落ち着いてなんかいられないわよ!まったくもうッ!」

 俺はうすうす自分の行動の原因に思い当たったが、言い出せないでいた。


「やめてください!」

 だまっていたネルが急に大きな声でさえぎった。

「私のせいなんです!オリィさまは悪くないんですッ!」

「ネル…どうゆうこと?」

 ネルは黙って、イヤリングを外してリア姐に手渡した。

 リア姐は渡されたイヤリングをまじまじと見る。

 よく見ると、小さな小さな赤い石が付いている。

 俺は金色のが浮かんだ左目をらした。

「もしかしてこれ、ラビカン石?」

 リア姐がくと、ネルは黙ってうなずいた。

『ハァ〜、何でこんなものを…』

 とリア姐がため息じりに言った。


「前に親方おやかたがラビカン石を研磨けんました時、小さな破片はへんが落ちていたので、取って置いたんです。キレイな色だったから。…わたし、ジェイドさんに悪いことしちゃいました…ごめんなさい。まさか、こんなに効果があるなんて思わなかったので…」

「だから言ったろ?魔石は使い方を間違えると怖いもんなんだよ」

 その通りだ。俺は疲れていたのと、ジェイドに見られたショックで呆然ぼうぜんとしていた。

「まったくオリィもオリィだよ。ボーッとしてるからラビカン石なんかに影響えいきょうされちゃって。…どうするの⁉︎ジェイド、ショック受けてたわよぉ」


「酒…なんか強い酒ください…」

 リア姐が『こっちにウィスキー、ダブルで』と指をらして頼んだ。

「ネルはアタシが送って行くから…オリィはそれんだら帰るんだよ」

 と言って二人で店を出て行った。


(…どうしよう、オレ。ジェイドになんて言ったらいいんだ?)

 焦燥感しょうそうかんでいっぱいになりながら、グイッとウイスキーをあおって、むせた…


 * * *


 ジェイドは暗い街路を走っていた。

(どうして?どうして?どうしてなのオリィ!)


 さっき目撃してしまったものが脳裏のうりから離れない。

 工房の女の子、可愛い子だったわ。オリィのこといつも目線が追ってて、

『ああ、この子オリィが好きなんだ』って思ってた。

 私が女の子の格好かっこうで初めて工房に行った時、彼女の視線がちょっと怖かった。

 邪魔者じゃまものを見るような視線で。


 オリィは私に、何か約束してくれたわけじゃない。

 “好きだ”とか“愛してる”と言われたわけでもない。

 ただ、抱きしめられただけ…さっきみたいに…

 涙が周りの景色をにじませる。ぬぐっても拭っても涙があふれて来る。悲しくて苦しくて、涙が止まらない…


 ドミトリーの前まで来て、ようやくジェイドは立ち止まった。

 ポケットからハンカチを出すと、しっかり涙をいて服と髪を整えた。

「こんばんは、グラウベルさん」

 いつものように管理人に挨拶して入って行く。

「おかえりなさい、ジェイドさん。今日はいい月夜ですね」

「…そうですね」

 笑顔を作って中に入って行く。

 廊下を静かに歩いて部屋のドアを開けると、一気に自分の部屋に駆け込んだ。

 明かりもけず、そのままベッドに突っ伏して、息を殺して泣いた。


「ジェイド、帰ったのか?」

 父の声が隣の部屋から聞こえて来る。

「……」

「ジェイド?」

 ドアが開く音がする。

「…き、今日は疲れたから寝る…」

「…そうか…」

 パタンとドアが閉まって、父は自室へ戻って行った。


 真っ暗な部屋のベッドの上で、ジェイドは泣きながらつぶやいた。

「……オリィの…ばか…」

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