透明の日々

K.night

第1話 始まり

 夕日を受け止める海はどうしようもなくオレンジだった。竿谷日向はせめてと積んできたコスモスに紫の小さいリボンを付けて、海へとそっと投げた。


「本当はスミレが似合いそうなんだけどな。ひーちゃんってさ、なんかそういう可憐な感じがしない?」


 ひーちゃんとは雨洞氷雨のことだ。スミレ、と聞いてもすぐに花のイメージがわかない井出透はオレンジの海を見ていった。


「わからないけど、青のイメージはある。氷雨には」


 だよね、と竿谷日向はかすかな笑みを浮かべた。常に元気な彼女の初めて見る疲れた顔であった。


「葬式もしないなんて、どうかしてるよ、ひーちゃんの親」


「どこまでも最悪の親は最悪ってことだな」


 竿谷日向は井出透の言葉に返事をせず、俺が持っていたコンビニの袋から紙パックのイチゴミルクを出した。


「乾杯、はないよね、こんな時に。なんていうんだろう。ひーちゃん、安らかに眠って、とかかな」


 井出透もノロノロと買った缶コーヒーを取り出した。冷たい缶が心地よかった。


「僕は言えない、安らかになんて」


「どうしてよ!?」


 竿谷日向は怒ったように言った。


「雨洞氷雨は僕のせいで死んだ」


 海辺のこの街は、波の音なんてもはやBGMにもならず生活に溶け込んでいる。けれど、今日はやたらに大きく責めるように鳴り響いていた。

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