復帰2便:「―コントロール ライブ―」《TS要素有》

 コロニーステーション内部のある一区画の一施設、一つの建物内のある一室。

 何か更衣室と待機室を合わせたような、飾り気は無いがしかし、いくらかの充実した設備機能を備えたその空間。

 そこに一人居たのは――他ならぬ侵外だ。

 姿格好は、上こそ上着を脱いでインナーのみだが、いつもの交通管理隊の制服姿。

 置かれた椅子に座り背を預け、時折傍の机の上に置いた珈琲飲料を口にする以外。特に何をするでもなく、やや退屈な様子でただ時間をつぶしている様子。

 侵外は今、ある〝役〟に備え。その時間を待ち待機している状態であった。


「――は」


 何度目かの珈琲の一口を啜り、淡々と退屈気な声を零した侵外。

 彼の過ごすその一室の、出入り口のドアが開かれたのはその時であった。


「――よぉ」


 開かれたドアより現れたのは、堀と皺のやや多く、陰湿そうな眼が特徴の、やや第一印象の良くない顔立ちの男性。歳は30代前半程か。

 しかしその服装は、侵外とまったく同種の、濃い青を基調とした交通管理隊の制服。それが男性も交通管理隊員である事を表していた。

 その男性は、室内に侵外の姿を見つけると。そんな端的な挨拶の一言を寄こして来た。


「あぁ、〝算荼羅ざんだら〟さん。久しぶり」


 その現れた印象の良くない、管理隊隊員であろう男性に。

 しかし侵外は様子態度を特段変えるでもなく、掛けられた挨拶の一言に。その男性の彼のものであろう名と、そして挨拶の言葉を、また引けを取らないその印象の悪い顔立ちをそのままに、淡々とした色で返した。


「変わりないか?」

「特には」


 その算荼羅は、座す侵外の前まで歩み近寄って立つと。そんな端的な尋ねる言葉を紡ぎかける。対して侵外も、短く淡々と返す。


 現れた彼、算荼羅は。侵外とはまた別の管理隊管区、基地に所属する隊員だ。

 しかし、各基地管理隊の新隊員が参加するカヴァー研修で知り合い。歳が近い事もあってかそれなりに親しくなった経緯を持った。

 そして先日の脅威生物排除の業務にも、機会には恵まれず顔を合わせる事こそ叶わなかったが、応援として参加しておりあの場にいた身であった。


「そっちは」

「同じだな、変わった事は特に」


 そんな両名は、それなりに久しい再会を喜ぶ色こそ見せてはいるが。特段はしゃぎ盛り上がる事等は無く、ただ淡々と言葉を交わす。


「――相変わらず、辛気臭いヤツ等じゃのうッ」


 そんな両名へ背後より。二人のそのやり取りを少し呆れた色で評する――しかし反した、何か特異なまでの重低音の声色が聞こえた。

 二人が視線をそれぞれやれば、一室の出入り口にまた別の人物の姿が在った。

 そこに構え立つは、侵外や算荼羅とはまた別種の凄まじい印象を放つ男性だ。

 身長は190cmを優に越え、その身は鍛え上げられた筋骨隆々のもの。そしてその顔は、堀が深く、三白眼の眼と相まって大変に特徴的。

 しかしそれでいて、同時にどこかスマートな印象を与えるバランスで。そしてそんな身体を、また管理隊隊員の制服で包み、その彼もまた隊員である事を示していた。


「もちっと賑わい、騒いじゃみんのかいっ」


 そんなインパクト満点の男性隊員は、そんな呆れつつ促す言葉を寄こす。それは、久しい者との再開の時の会話としては、あまりに淡々とし過ぎている二人のそれに言及してのものだ。


「あぁ、〝崇斬すうざん〟さんも久しぶり――柄じゃないもんでね」


 そんな彼を侵外は崇斬と呼んで、また再開を久しむ旨の言葉を返し。続け、問いかけられたそれに対する回答を紡ぐ。


「こんなモンで丁度いいんだよ」


 そして算荼羅も、淡々とした色で問いかけに対する言葉を返す。

 崇斬と呼ばれたその隊員の彼は、また研修で侵外と親しくなった隊員であり。

 そして算荼羅とは、同じ基地に所属する身でもあった。


「ほんとに相変わらずじゃのッ」


 そんな二人のそれぞれの回答を受け。その崇斬は台詞こそ呆れたそれながらも、その顔を破顔させてダイナミックに笑った。


「ワシはもっと賑やかに騒ぎたい所じゃが――〝スタッフさん〟から、できれば今からもう一度、調整をしておきたいと話があった。予定にないが、どうじゃ?」


 一笑いした崇斬はそれから話を切り替え、そんな尋ねる言葉を侵外と算荼羅に紡ぐ。

 先にも述べたが侵外等は本日、この場にはある〝役〟のために来ていた。その調整とはそれに関わる事。


「自分は何も支障は。別に準備も何もない、ただ退屈に待機してたから」


 その問いかけに、侵外は支障は何もない事を淡々と告げる。


「そっちはいいのか?今、着いたばかりじゃない?」


 そして侵外は、反対に二人に対してその意思都合を確認する言葉を返す。


「こっちも別に。場合によってはすぐ行けるよう、コンディションは整えて来てる」


 それに算荼羅もまた。自分等も〝それ〟に臨むに支障は無い旨を答えて見せる。


「それじゃ、行くか」


 そんな回答を受けると。

 侵外は静かに言葉を紡ぎ。そして椅子から立ち上がった――




 コロニーステーションの内でも、最も広大な空間を有するブロックがある。

 その空間を利用して、そのある設備が展開されていた。

 広大なブロック空間の中心部には大きなステージが展開され、それを中心に多種多数の音響や光源装置が展開設置されている。そしてそのステージを囲い広がるは、無数の観客席。


 ――それは舞台。ライブステージであった。


 本日行われる。このコロニーステーションが展開した最大の理由でもある、〝メインイベント〟。

 それが間もなく始まろうとしていた。

 設置された無数の観客席はほぼ満席。その集った人々から上がる喧騒が、ライブステージ空間を包んでいる。

 その中の一か所に、身目と優未達の席取る姿もあった。


「凄い規模……」


 少し気圧される様子で、辺りを見回しつつ声を漏らす優未。彼女達の世界でも、コロニーを丸ごと利用したここまでの規模のステージは、あるものでは無かった。


「そろそろだねー」


 一方その隣の席に座る身目は、自分の携帯端末で時間を確認して、そんな伝える言葉を零す。

 ライブ空間中の各所に設置されたスピーカーから、案内注意のアナウンス音声が流れ始めたのはその直後であった。それを聞き留め、各所から上がっていた喧騒は次第に鳴りを潜め。ライブ会場空間へ静寂が訪れる。

 そしてライブ会場空間を眩く照らしていた照明は、光量を徐々に落とし。ライブ会場は闇に近い薄暗さに包まれた。


 一時の静寂。

 会場に集った観客のその全ての視線は、会場の中心部のステージに集まる。ステージは周りの輪郭のみを蛍光部品の微かな発光でぼんやりと浮かばせ、その中心は完全な闇に覆い隠されている。


 その直後。ステージ上に向けられていた照明群が、スッ――と静かにしかし刹那に光量を増し、闇に包まれていたステージ上を照らし露にした。


「――ぁ」


 ステージ上に見えた〝姿〟に。優未は思わず小さく声を漏らした。

 暗闇の内よりステージ上に姿を現したのは、三名の人の姿。



 ――それは他ならぬ、侵外。

 そして算荼羅、崇斬だ。



 三名はそれぞれが背を向け合い、それぞれの様子姿で立ち構え、各方の観客席を望んでいる。またそれぞれは少し距離を開けて、均等な三点に配置して三角形を描く形態。

 そしてその姿服装は、いずれも交通管理隊の制服姿。帽子こそ略帽で反射ベストも着用せぬ、現場に出る際の形とは少し違うが、大きくは変わらぬ彼等の普段のもの。

 少し目を引くは各々がその手に持ち構え、あるいは下げる、管理隊の用いる橙色の大きな旗。


「侵外さん――」


 また続け。ステージ上に見止めた恩人の一人の姿を前に、優未は小さくその名を零す。

 彼女の他にも広大な観客席の所々からは。小さく控えめながらもいくつかの、思わず発せられたと思しき声が上がり聞こえていた。


「――――」


 それを聞き留め、応じるように。ステージ上で侵外が動作を見せたのはその時だ。

 旗を持たない空いている片手を上げ、その手先に立て作った人差し指を、その口元に静かに当てる。

 静粛に、お静かに――それは観客の皆々に向けて、そう訴え要請する動き。

 それを見止め、観客席からポツポツ上がっていた声々は、潜みまた静けさが戻る。


 それを確認したのだろう。侵外は口に当てていた人差し指を静かに降ろし。


 ――瞬間。侵外等三名は、まったく同時に手にしていた旗を大きく薙ぎ振るい上げた。

 僅か一瞬、旗に隠れる三名それぞれの体。そして――


「――あ!」


 そして――その直後にステージ上に現れた〝その姿〟に。

 今度は優未は、いや彼女だけではない。多くの観客が、今度は抑える事の出来なかった、驚きの声を上げた。

 ステージ上に。旗の薙がれ振るわれた動きの先に、現れたのは。



 ――三名の、個性異なる美少女の姿。

 ――そう。その身を変貌させた、算荼羅に崇斬。

 そして、侵外であった――



 美少女の姿へと変貌した、算荼羅、崇斬。そして侵外の、それぞれの姿を個々に見て行く――



 まず、算荼羅。

 印象の良くない陰険そうな顔立ちの、はっきりって〝おやぢ〟であった彼は――一変して、快活そうな美少女へと変貌していた。

 外見年齢は15~6歳程。身長は160cm程。

 張りのある肌の、可愛らしくも端正な顔には。男性時の陰険気味なそれから打って変わった、少し目尻が釣り上がりつつも凛とした瞳が映える。

 その顔を。スポーツ狩りに保っていた髪から変貌した、黒寄りの茶髪の、少し毛先の長いショートボブが彩っている。

 胸筋は豊満な乳房へと膨らみ変わり、腰はくびれを作り、尻も程よく柔らかく膨んでいる。脚、太もももそれなりの太さの健康的な物へ、腕も同様だ。


 そんな快活そうな美少女に変貌した算荼羅の。その身を包む衣装もまた変貌していた。


 上衣は前を開け、丈は乳房と腰の境目までの大胆な物。下衣は、見る角度によっては下着が見えそうなギリギリのレベルの、丈の短いスカート。脚はハイソックスで包んでいる。

 そしてリブ生地のインナーでその体を包み、しかしそのラインをはっきり主張して魅惑の色を醸している。

 表現すればその衣装は、アイドル。もしくはレースクイーンの類のそれにも見えるか。


 しかし大きな形の変貌の一方で。

 色合いはそれまでの交通管理隊の制服とまったく同じ、濃い青色を基調としたもの。インナーも同じく群青。

 そして管理隊制服と同じ形で、袖やニーソックスには蛍光テープのラインが走り描かれている。

 足はサイズこそ違えど変わらぬブーツ。

 そしてキャップ、略帽も変わらない。そのキャップや上衣の肩部には、管理隊会社の名を示す刺繍記載や、ワッペンが記されている。


 明かせばそれは、交通管理隊の制服をモチーフにした。一種のアイドルライブ衣装であった。



 続け、崇斬を見る。

 たいへんに〝いかちい〟、インパクト満点の容姿顔立ちで会った彼。――一その彼は、ミステリアスな雰囲気漂う美少女へと変貌を遂げていた。

 外見年齢は17~9歳程。身長は160cm少し。

 インパクトのある厳つい顔立ちは一変し、大変に美麗な美少女の顔立ちへと変わり。緩やかに釣り上がった瞳が可憐さを主張している。

 頭髪は無精気味なそれからまた変貌。黒い宝石と表現できるまでの、長く美麗な黒髪が、姫カットに揃えられ彩られ、その顔と体を麗しく飾っている。

 胸筋はわがままなまでの乳房へと変わり、腰はくびれを作り、尻もまた欲張りなまでに豊かなものへ。脚、太ももなどもまた同様の欲張りっぷりだ。


 そんな、ミステリアスな顔立ちと、わがまま放題な身体を持ち合わせる美少女へと変貌した崇斬。


 その衣装は、上位下衣とこそ先の算荼羅と同一の、管理隊制服モチーフのもの。

 しかしその内のインナーが異なる衣装のもので、また彼、いや彼女の個性を引き立たせている。

 そのわがままな乳房を覆い支えるはチューブトップ。それを支えと装飾を兼ねた紐が鎖骨付近に張られ彩を添えている。首にはチョーカー。頭部にはヘルメットを模して簡易にしたバイザーが飾る。

 そして胸元と、腹筋腰回りはダイレクトに露出し。そのわがままなボディの色気を惜しみなく醸し出している。

 そして越し側面にはスカートから伸びる、紐パンの紐が走りまた直接的に色を誘い。欲張りな太もももニーソックスに包まれ、しかし豊かなもも肉がその境目でくびれ主張していた。


 崇斬の衣装のそれは、管理隊制服をモチーフとしつつも。艶を惜しみなく詰め込み、彼女の個性を際立たせていた。



 最後に、侵外。

 二名に負けずの印象の良くない顔立ちの侵外。しかし、今その姿は――絶対的なまでの見目麗しい美少女へと変貌していた。

 外見年齢は16~7歳程。身長は160cm半ば。

 整った端麗な顔立ちに、釣り上がった目尻の凛々しい。そして確固たる意志を宿した眼が光る。

 髪から適当に整えていたそれから。尖りしかし美麗な流線を描く毛先のセミショートを形作る、神秘的な青み掛かった黒髪へ。

 胸筋、腰、尻、手足、その身体の全ては。豊かながらも絶妙なまでにバランスの整えられた、また神掛かったラインのものへ変貌。


 神秘的な、完全完璧なまでの美少女へ。侵外はその姿を変貌させていた。


 姿はまた二名と同様、交通管理隊の制服をモチーフにした衣装。

 前二名との相違点はまたインナー。

 レオタードの形態を取るそれは、そのボディラインを主張。

 そして胸元谷間部分は三角に切り掻かれて露出。腰部側面もレオタードの形状の関係から露出。その谷間と腰を、魅惑魅了の暴力なまでの域で妖しく艶やかに飾り主張。


 その完全無欠なまでの美麗な姿を、遅れを取ることなく彩っていた。



 ――そんな三名が。

 ステージ上で見せた三者三様の変貌に。



 今度は観客席の各所各方で、少なからずの驚きの声が上がっている。

 先の軍事広報ブースでの、性転換パフォーマンスにもあるように。性転換に関わる情報ノウハウはこちらの宇宙銀河にも伝えられ周知は始まっていたが。

 しかし未だ知らぬ者。または聞き及んではいたものの、実際に目にするのは初めての者などは、まだ多く。

 侵外等の変貌は、会場に少なからずの衝撃を与えたのであった。


 今度はそれも無理のない事と、侵外等は静粛を要請する動きを見せる事も無く。薙ぎ振るったそれぞれの旗を、下げ降ろしあるいは翳し支え、控える動きだけを見せる。


 それから数秒置いて。侵外等に代わって観客へ静粛を求めるように、ステージ上を照らしていた照明群が、スー――と光量を落した。

 観客の皆々は資格にそれを見止め。それが訴える所を無意識的に察し、騒めき上がり包まれていた会場は、再び静寂へと戻っていく。


 それを見止めながら、少しの薄暗さに包まれたステージ上の侵外等は。

 それぞれが一歩分身を後退させ、引き続きの背中合わせの形のまま、ステージの中心部で集う。

 そして小さな動作音が収まり。また訪れるは、会場を包む静寂――



「――スゥ――」



 瞬間。

 会場各所の音響機器が、リズムの良い曲調のBGMを開始し。


 ――そして静かな、しかしリズム良いそれで――侵外が歌声の第一声を発したのは同時。


 侵外はその胸元に静かに片手を当てる動作を見せ。そのヘッドセットマイクを通して、そして肉声で。 

 ――歌声を奏で始めた。


「――――――」


 侵外が奏で伝えるは、自らの心次第で在り方を変えてしまう自分を自嘲する詩。


「――――――」


 描く未来も無く。夢と言う儚きそれに身を委ねる自分を嘲る歌詞。

 それに続く詩を、曲調に合わせて静かにしかしリズムテンポに乗せて紡いでいく。


「――――」


 そして侵外は儚げな色で。世界に置いて行かれる自分をやるせなく思う歌詞を謳い。


「――――」


 しかし。そこへ思いがけぬ夜が訪れた一節を奏で。

そして――



「――――――ッ!」



 ――瞬間、曲は一気にその曲調を上げ。

 侵外はそれに合わせて、訴え上げるように。その絶対的なまでの美麗でしかし力強い歌声で。

 大空へ飛び。遥か世界の果てを目指す一節を謳い奏でた。



 それはサビへの突入。

 それを合図に、薄暗い闇に包まれていたステージは。一気に眩いいくつもの光に照らされ、さらに照明機器によるいくつもの光効果の演出が、ステージを中心に会場中を走り始めた。


 侵外が歌う中。それまで佇み待機状態にあった算荼羅と崇斬は、しかしそのタイミングで踏み出し各方へ駆けだし。

 そして手にした旗をそれぞれ、舞い様に薙ぎ振るい、魅せるパフォーマンスを見せながら。ステージ上を歩み活発に動き回り、中心で歌を奏でる侵外を飾り始めた。


 その二人の演出補佐を受けながら、侵外はさらに力強く歌声を奏でて行く。


「――――」


 未来を一緒に約束した一節を。


「――――――」


 高くは望まないから、君と笑い合いたい望みを。

 歌の意思が侵外に宿ったかのように。その激情を、歌声に乗せて訴え奏で上げていく――




 始まり、響き伝えられ始めた侵外の歌声に。

 遠慮なく言えば――〝最強〟の名を欲しいままにするまでのそれに。

 ライブステージ会場は今や先までの静寂や、驚く様子はすでに無く。熱狂的という程では足りないまでの、歓喜と感動の歓声が響き上がっていた。


「……すごい……」


 その観客席の一角で、優未は。そして可憐やアリュジャも。

 侵外のその姿と歌声を前に、文字通り魅了され虜にされてしまったという様子で。視線を奪い釘付けにされ、呆けるまでのその顔の頬を微かに染めている。

 そして一言、なんとか絞り出したような一言を漏らす。


「いやー。侵外さん、相変わらずハンパ無い喉してるなー」


 一方、その横の身目は。

 いつもと変わらぬ様子で。侵外の歌唱力や声量、声帯などを評する言葉を零している。



 最早ほぼ明かされたが。

 今回の催し。このコロニーステーションが展開された目的は、侵外等により行われるこの音楽ライブのためだ。そして重要なのは、これはただの娯楽やサブカルチャーの類のものでは無い事にある。

 これ等の音楽ライブ活動は、侵外等の超空宇宙では「コントロール・ライブ」と名称されたものであり――その実態は、れっきとした脅威排除業務の一環であった。



 超空宇宙では、ある一つの特性が発見されていた。

 それは――異性への性転換者による、その歌声が保有する力。

 異性へ性転換した者が奏でる歌声には、人類の脅威たる存在を退け遠ざけ、その凶暴性を減退させる効果が確認されていたのだ。

 その理論、理由については未だに不明な部分が大半であり、今も研究が続いている。


 とにかく、その特性は大変に有用で重宝するものであり。

 超空宇宙の各機構は、今回のような大規模脅威への扱いを行った後日には。予防措置のための「コントロール・ライブ」を実施するのが通例であったのだ。




「――――――……」


 そのコントロール・ライブの、最初の一曲目が。侵外によって無事に奏で紡がれ終わりを迎えた。

 BGMも終わりを迎え、会場には徐々に静寂が戻る。

 ――かに思えたのも、わずか一瞬で会った。


 次には、続く2曲目の前奏が。力強くも儚げに奏でられるそれが響き始め。


「―――――」


 そして侵外は前奏から本奏への突入タイミングに合わせて。

 その涙が見えるか問う歌詞を。

 何が紡げ、何が授けられるのか。そんな疑問すら消えてゆく様を紡ぐ詩を紡ぐ。


「――――」


 今曲からは。最初の一曲目では旗をもって舞うパフォーマンスで、侵外を飾ることに徹していた算荼羅と崇斬も。歌声を奏でる伝える役割に加わる。


 算荼羅が侵外から続け受け取り、静かな身振り手振りで訴える動作と合わせながら。その快活さを一杯に伝える声色歌声で、歌詞を紡ぐ。


「――――」


 さらにそれから崇斬がさらに受け取り。その可愛らしくもミステリアスな、透る声色で歌声を奏でる。


「――――――ッ!」


 そして手番が侵外に戻ると同時に、曲はサビに突入。

 侵外は高らかに訴える声で。

 例え潰え朽ちようとも、息吹を絶やしたくない意思を。歌声に乗せて奏で上げた――



 さらに2曲目が終わり。間髪入れる間もなく3曲目に突入。

 3曲目は、ポップなながらも〝イカした〟曲調の一曲。


「――――――」


「――――――」


「――――――」

 

 その3曲にあっては。早い段階より三名が交代で歌詞を、手番を回し始め。それぞれの個性ある歌声が交互に響き、美麗ながらも楽し気な交奏が響く。

 そして今度に在ってはそれぞれは歌声を奏でながらも。観客席に向けて微笑んだりウィンクを飛ばしたり。ステージ上を歩みながら、手を振って呼びかけるなどのパフォーマンスを見せる。

 そしてそれを受け、観客席からはまた一層の歓声が上がる。


「「「――――――」」」


 そしてサビへの突入と同時に、三名は一緒の歌詞をそれぞれの歌声で響かせ始め。

 反逆的に喰らいついていくスタンスで、ステージをアげていくムーヴを――謳い、伝え響かせた――




 いくつかの曲が立て続けに三名により紡がれた後に。ライブは幕間、インターバルタイムへと入り。

 今は少しの休憩時間が取られ、ライブ会場も雑多な喧騒に包まれている。


「……はー……」


 そんな中で。自分の席に体を沈め、感嘆の溜息を漏らす優未の姿があった。


「すごいよねー……」

「崇斬さまぁ……」


 アリュジャはそれにまた感嘆と少しの疲れの色で、賛同の言葉を返し。可憐にあっては何か色惚け呆けた様子で、怪しく焦がれたような声で崇斬の名を零している。

 三名はそれぞれ差異はあるが、いずれも侵外等の姿や歌声に、魅了され切っていたのだ。


「侵外さんたち、結構大きい人気があるからねー」


 その横で身目は、またどこか生ぬるい台詞を寄こしながら。何か弄っていたタブレット端末を、身目の前へと差し出して見せた。


「これは……?」


 優未は少しの倦怠感に苛まれながらも、差し出されたタブレットの画面に目を落とす。

 そこに映し出されていたのは、「フィクションスペース(超空空間でのインターネットの類)」上の動画サービスページ。

 その動画はある過去のコントロール・ライブを記録した動画で。映るライブステージでは、交通管理隊の制服をモチーフとしたアイドル衣装を纏う、三名の美少女と美女が歌い奏でパフォーマンスを演じる姿があった。

 内の一人は、美少女姿の時の侵外。

 そして他に――

 美麗な白髪のロングポニーテールと、妖しい糸目が特徴の美女と――

 真っ青な肌とエルフ耳に、白黒目と赤い瞳などが眩い白髪で飾られる。属性の全部の盛りのような、悪魔娘っぽい美少女が映っていた――


 明かせば。

 糸目のロングポニーテール美女の正体は――渥美。

 そして悪魔娘っぽい方は――辻長であった。

 今回はそれぞれ管理隊にシフトの都合が着かなかったため来れなかったが。渥美等もまた、時には性転換し、コントロール・ライブに当たる身なのであった。


 いや、コントロールライブは侵外等の管理隊のみが行うものではなく。

 各管区、空間。首星系などあちこちの管理隊。

 警察組織、救難救助――消防組織。軍や隊組織、他にも各関係機関などなど――

 あらゆる関係機関部署が、持ち回りで担当するものなのであった。

 それを表すように、動画端の関連動画欄には。他の各組織の隊員職員が性転換し、それぞれの制服を模したアイドル衣装を纏い、パフォーマンスを演じる様子を記録した動画が並んでいた。


 優未はそれ等を流し見て。続け再生数を示す数値や、横に流れるチャットに視線を移す。

 その再生数は結構えらい事になっており。チャットには侵外を「最強で最凶の歌姫」等と名称し評するコメントが多数流れていた。


「……うわ」


 それを目に、最早優未は倦怠感交じりの感嘆の声を零すしかなかった。



 それからコントロール・ライブは後半戦が開始。

 後半からはオリジナル曲。カバー曲など多岐に渡る歌が、侵外等により奏で紡がれ。また会場を大いに沸かせ。

 その歌声は中継で繋がれ、宇宙銀河中に届けられ。人々を魅了すると同時に、脅威生物を抑制するための、コントロール・ライブの本来の目的を果たした。


 そしてライブは、大成功の内にその幕を無事閉じた――




 ――それからまた数週間後。

 超空空間の、侵外等の所属するヴォイドフィールド交通管理隊の担当管区内。

 その内を通り巡る超空軌道上を、駆け抜ける道路パトロールカー――巡回車の姿があった。


「――はい、合流なし」

「了解」


 その車内では。指差喚呼で合流口より合流して来る各物体が無い事を伝える、侵外の姿が助手席に。

 そしてハンドルを預かりながら、それに呼応する渥美の姿が在った。

 二人はその日も。超空軌道交通管理隊の業務である、超空軌道の巡回業務に出発。それに従事している最中であった。


「侵外君、また前のライブも人気凄かったんだってね?」


 そんな業務に従事しつつも、時折雑談を交わし。そしてその中で渥美からそんな言葉が飛ぶ。

 それは先日の侵外等の臨んだコントロール・ライブへ言及するもの。先日のライブもまた、現地会場では元より、その後配信された動画などでも人気を賭したのであった。


「女になってるとは言え、あまり顔を知られたくないんですが――今度は渥美さんが行ってくださいよ」


 しかし、当の侵外は別に誇るでも驕るでもなく。むしろ少し都合が悪そうに、微かに顰め零し。そして次の機会を渥美に押し付ける一言を発する。


「ッ――後続追い上げ、注意」


 しかし直後。バックミラーに後方より加速し追い上げて来る物体が見え、侵外はまた切り替え、喚呼注意を上げる。

 しかし、すぐにそれが安全には配慮している様子の。法令と良識の範疇での追い抜きである事が判別でき、侵外等は身構えるでもなく一応の注意のみを向ける。


「――ん?――あぁ」


 しかし直後に侵外は何かを見止め、そして何かに気付く。


「どうかした?」

「後ろの戦闘機体――前のお姉ちゃんですよ」


 侵外のそれを聞き、尋ねる声を寄こす渥美。それに対して侵外は、ミラーを示しながら発し伝える。

 背後で追い越線に移り、追い上げて来るのは二機隊形の人型戦闘機体。それは先日接触した優未達の世界の、アキツ宇宙軍所属のエンブレムを記す戦闘機体であった。

 いやそれ以上に、その内の一機の機体の塗装には、より詳細に見覚えがあった。

 その戦闘機体は巡回車に追いつき、短い時間並び合う。

 その戦闘機体の、装甲を解放し露出したキャノピーの向こう。その内に見えたのは誰であろう――パイロット少女の優未姿。

 そしてその優未はその追い抜きざまに、笑みを見せながら敬礼動作をこちらへと見せた。


「あら」

「やっぱりな」


 その姿を見止め、渥美と侵外は各々声を零しつつ。そして侵外は送られて来た敬礼動作に、自身も軽い敬礼動作で返してやる。

 その短い時間での挨拶の後。優未と、彼女の部下らしいもう一機の戦闘機体は。走行線に戻り、徐々に先行し放れて行った。


「こっちを利用するようになったんだね」


 彼女達がこの軌道に現れた事は。すなわち彼女達の宇宙銀河との交流が、本格的になり始めた事の証明であった。


「安全なご利用を」


 そんな彼女達の小さくなっていく戦闘機体を見送りつつ。そんな皮肉を混ぜた淡々とした一言を零す侵外。


《――アーマ本部から、超空ヴォイドフィールド21》


 無線機から音声が響いたのはその時であった。それは聞きなれた、そして事象発生を知らせる管制からのもの》


「ッ――121ブロック、下り2452万kp。どうぞ」


 すぐさま無線機を取り、巡回車の現在位置を返し告げる侵外。


《121、下り2452万、了解――落下物入電です、場所は123ブロック、上りの2121万kp。追い越しに鋼材――》


 位置情報を了解し、さらに津須家伝えられるは事象の詳細の報。侵外はそれをメモに走らせる。


「――2121万、鋼材――了解、向かいます」

《願います。以上、アーマ本部――》


 了解し急行すえる旨を返し。それを確認した管制からの通信が終えられる。


「だそうです」

「だね、行こっか」


 そして端的に言葉を交わし、侵外と渥美は新たな事象排除任務に臨むべく。各々の役割を開始した――




 ―超空軌道交通管理隊―

 安全のため、彼等は今日も急行する――



――――――――――



お付き合いありがとうございました。


「ぼっくんの好きな職業を最強で最凶にしたい」作者の悪癖と、

「ぼっくんの好きな職業をTSアイドルにしたい」作者の悪癖が出たトンデモない代物でした。

交通管理隊要素がほとんどどっか行ってる有様です。


加えて言ってしまうと、ライブシーンは1曲目から順に、

・アスノヨゾラ哨戒班

・-ERROR

・Beat Eater

を歌わせさせてもらったつもりだったりします。


本当に申し訳ない。

飯つめて炊いて食ってたもし。


本編はこれで終わりですが、設定集上げて完結とします。

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