TURN10 ニューヒーローたちと嘘吐きの邂逅

 アンジェリカの光堕ちに成功したリーゼロッテは、そのままホワイトマインドの設立したヒーローランキングに参加することにした。

 依然としてアンジェリカの身には危険が付きまとっているからだ。主に、チームネガ・ライトの実働担当であるヒカル・バンジョーのせいで。

 一度飼ったペットの面倒は死ぬまで見るべきだとはリーゼロッテは考える。だがそれは愛玩動物の場合であって、人間種でも亜人種でも異形種でもない生体兵器スレスレの人造人間はその限りではないはず。アンジェリカはそんなヒカルに執着しており、アンジェリカと婚姻関係にあるリーゼロッテからすれば目障りなことこの上ない。かといって見殺しにするわけにはいかない。アンジェリカが悲しむからだ。すっかりアンジェリカのヴィラン時代の潔白を証明する役割を担わせることを忘れてそんなことを考えていた。

 この向ける矛先ない苛立ちはヴィランに向けることにした。万が一アンジェリカの身に危険が及ぶ場合にはヒーローとして即座に馳せ参じることもできるという目論見もあって、リーゼロッテはヒーローになった。

 都合のいい女連合軍改めアンジェリカを守り隊(仮)のうち、ヒーローランキングに参加していて日本に拠点を置けるのは凪とリーゼロッテのみ。メイド兼護衛の琴子はケルベロスという種族故に治療できる病院が限られているためエイルル帝国に戻っており、未だ三つ首のうち二つの頭蓋骨に入れられたヒビを治療中。エシルはエイルル帝国魔法省に所属している関係で日本に拠点を置けない。龍胆之命は鬼の国の国家元首な上にヒーローですらないので日本に居続ける理由を確保できなかった。ステラは宗教上の理由によりホワイトマインド側で活動しているだけで厳密にはヒーローではない上に、武装修道女部隊は諸国を転戦する部隊特性上常に日本には居られない。

 そういうわけでアンジェリカとヒカル、リーゼロッテと凪の四人で拠点兼住居兼研究室を見繕ってヒーロー活動することになった。欲を言えばリーゼロッテはヒカルと凪を排除したかったが、ここで私利私欲に走れば破滅ルート直行なのは火を見るよりも明らかなのでぐっと我慢する。

 本日の買い出し当番であるリーゼロッテは今、内心で燻る苛立ちの鎮火を試みながらスーパー行脚をしていた。アンジェリカは子供舌を通り越した偏食家なので、作るメニューに苦手な食材が入らないようにかつ栄養バランスにも気を遣う必要がある。だがリーゼロッテからすれば苦ではない。アンジェリカとは10年以上の付き合いがあるし、料理を振る舞ったことなど数え切れないほどある。何より、アンジェリカの喜ぶ顔が見れるならこの程度は苦労のうちに入らない。

 アンジェリカのことを考えているうちに胸中の苛立ちが鎮火されたリーゼロッテだったが、その時である!

 全体的に丸みを帯びたシルエットの巨大ロボットがダイナミックエントリーを果たした!

 往来のど真ん中に突っ込んできた巨大ロボットに、道ゆく人々はパニックを起こした。

 そんな中、リーゼロッテは巨大ロボットのコックピットから人影が飛び出すのを視認し、魔剣を鞘から引き抜く。コックピットから飛び出したのは、赤紫のウルフカットとゴシックロリータが特徴のヴィラン、ライカ・フワである。魔剣を抜いて対峙するにはあまりにも充分すぎる理由だった。

 その一方でライカは得物らしきものも持たず、まるで友人でも相手にするように気さくにリーゼロッテへ声をかける。

「ヒカル・バンジョーがアンジェリカ嬢共々ヴィランランキングから離脱したせいで行方を追えなくなったからさあ、アンジェリカ嬢に一番近い娘……皇女殿下を襲えば釣れると思ったんだよねえ。まあ安心してよ? なるべく傷つけないようにするからさあ」

「舐められたものだね……! まさかこのエイルル帝国第二皇女である私が、国宝の魔剣一本しか戦闘能力がないとでも思っているわけ?」

 次の瞬間、どこからともなくドラッグクイーンのように濃いメイクをした軍服の男が現れ、ライカにボディーブローを叩きこんだ。

 アンブッシュを受けて数メートル後方に吹き飛ばされたライカは、渋面を作り溜息を吐く。

「エイルル帝国第一皇子の霊を召喚したか……面倒臭いことになったなあ」

「兄上にフィジカルで勝てるわけないでしょ! 霊体に物理攻撃は効かないし!」

「まあ霊体対策はしているんだけど……ねッ!」

 ライカは懐から一発の弾丸を取り出し、左拳の中に握りこんで第一皇子を殴打する。

 本来霊体に対する物理攻撃はすり抜けて終わりなのだが、ライカの拳は霊体であるはずの第一皇子にクリーンヒットした。

 それを見てリーゼロッテは困惑する。

「なんで!? なんで攻撃が当たるの!?」

「フワ・インダストリーズが開発した対霊体用弾丸も知らないのかなあ? 世間知らずだねえ第二皇女殿下は。まあ銃で撃たない使い方するの僕くらいだから仕方ないか」

「仮に霊体に命中する弾丸があったとしてもそれを握りしめた拳が霊体に当たるのはおかしいでしょ! ああもう、兄上には私も物理的には干渉できないから、こうしてやる!」

 言うが早いか、リーゼロッテは魔剣から飛翔する斬撃を発射した。第一皇子をすり抜けて飛んでくるこれをライカはステップで回避し、追撃とばかりに襲いくる第一皇子の鋭い右ハイキックを裏拳で受け止めようとした。しかし第一皇子の足の甲がライカの手の甲に接触した瞬間、ライカの左手がザクロめいて弾ける。リーゼロッテがライカにダメージを与えられたと快哉をあげようとするも、ライカの左手だった肉片に混じった弾丸の破片が第一皇子の右足を襲う。攻撃直後という回避不可の状態ではどうすることもできず、手榴弾めいた破裂により右足を破壊されてしまった。

 何が起こったのか理解できないリーゼロッテに対し、召喚されただけに過ぎないはずの第一皇子が喋り始めた。つまるところ、喋らない霊体がわざわざ妹のために説明を挟んだのだ。

「妹よ、結論から言うと目の前のこやつは異形種で、持ち出した弾丸は霊体を含む対異形種用のものだ。故に弾丸に私の蹴りの衝撃が伝わってこれほどのダメージとなり、私にも余波が来た」

「ライカ・フワは200年前に行方不明になった人間種だから生きているはずがないとは聞いていたけど……異形種なら辻褄が合いますね兄上!」

「いや、ライカ・フワは純然たる人間種だ。目の前にいるのはライカ・フワを騙る異形種……何故騙るのかは知らないがな」

「……さっきから聞いていりゃあよお〜好き勝手言いやがってよお〜皇帝のチビの嫁にクーデターのついでにブチ殺されたホモサピのオスかとうせいぶつが未練がましく現世に居座って悪霊に成り果ててやることがそれなら……」

 先ほどまでの飄々とした態度から一変したライカはどこからともなく刃渡り三尺三寸の大太刀を取り出し怒鳴る。

「かわいい妹の目の前で今度こそあの世に送ってやるッ!」

「本性を現したなフリークス、私とリゼの兄妹が相手してやろう」

「行きましょう兄上!」

「知らねえのかホモサピのオスかとうせいぶつ! 今のエイルル帝国じゃあなあ、亜人と異形への差別は御法度なんだよお! そんなことも知らねえでつけあがってんじゃあねえ!」

 安心安全高品質のワイズマン・プライド・ブランドの刻印入り上位回復薬で爆散した左手を再生させつつ、ライカは三下悪党のような荒々しい言葉遣いで第一皇子に斬りかかる。霊体である第一皇子の身体を透過するはずだった三尺三寸の刀身は、第一皇子を袈裟斬りにしてみせた。

 霊体対策がされているとは思えない大太刀で切り裂かれたことに動揺する第一皇子に、追撃が迫る。

「おおおおおあああああ!? 私の身体が斬られただとお!?」

「サーティーン・オウン・ゴール経済特区産のこの物干竿に斬れないものはないんだよお!」

「サーティーン・オウン・ゴール経済特区の武器をなんで持っているわけ!? あそこで製造された武器はまだ輸出が始まっていないはずなのに!?」

「しゃあッ!」

 物干竿というふざけた銘の大太刀から放たれた斬撃は、第一皇子の右前腕を斬り落とした。これ以上の第一皇子への被弾は危険だとリーゼロッテは判断し、飛翔する斬撃を発射したのち距離を詰めに行く。ライカは第一皇子の身体を透過して飛来した斬撃をパリィし、接近してきたリーゼロッテの手元から魔剣を弾き飛ばした。

 第一皇子は右足首から下と右前腕を失い胴体を袈裟斬りにされ、リーゼロッテは武器を弾き飛ばされ攻撃手段を失い、万事休すかと思われたその時である!

 対異形種用大口径弾が複数発発射され、物干竿を握るライカの右手を破壊せしめたのだ!

 往来を往く人々は既に逃げ、戦場と化したこの場にエントリーした何者かがリーゼロッテと第一皇子の援護に回ったことだけがわかる中、リーゼロッテは射手の姿を見た。

 身長は150センチ程度。髪は紫がかった白、瞳は緑色。豊満なバストを強調するような着こなしのレディーススーツを着たその射手の名を、リーゼロッテは知っていた。

「ヒーローランク9位のライアー!? どうしてここに!?」

「姉の名を騙るヴィランが、水面下でフワ・インダストリーズと関係を持つ国の皇族に害をなしているなんて、ホワイトマインドから報告を受ければ救援にも来ますよ。リーゼロッテ・ラース・エイルル皇女殿下」

 200年前に本物のライカ・フワのクローンとして造られた生体兵器、ライア・フワ。現在はホワイトマインドの創設者としてヒーローランキング9位の座に識別名ライアーとしていながら、フワ・インダストリーズの技術顧問として活動しており、エイルル帝国に数々の科学技術を提供してきた彼女を、流石の皇族であるリーゼロッテも知っていた。ただ、日本は宮城県仙台市に本社を構えるフワ・インダストリーズからここ東京までわざわざ救援にやってきたことが驚愕に値した。

 ライアはオリジナルの名を騙る異形に対し、憎しみをこめた視線を向ける。

「フワ・インダストリーズは確かに暗黒メガコーポとして色々と筆舌に尽くし難いことをしてきた。でも、君のやっていることは弊社として看過できない。飼い犬なら飼い犬らしく振る舞ってもらわないと」

「あーあ……ヒカルじゃあなくて妹ちゃんが釣れたかあ……このまま戦闘を続行するのは愚策だなあ……」

 ライアのエントリーを受けて冷静さを取り戻したライカを騙る異形は、エントリーの際に乗りこんできた巨大ロボットのコックピットへと跳躍し、そのまま撤退していった。




 ライカ・フワを騙る異形を退けたリーゼロッテは、異形の正体を知っておりそれに関する諸々の事情を説明したいと言うライアの言葉を信じ、ライアを自分たちの拠点に招待した。

 拠点にやってきたライアに対し、ヒカルは直球の質問を投げかける。

「……で、俺を付け狙うヴィランの正体は何なんだ?」

「性急が過ぎるな、ウチの新製品は……結論から言うと、“影の女王”に力を奪われて以来行方不明になっている……と表向きには語られている幽世歩きその人だよ」

 かくりよあるき? と疑問符を浮かべる凪に、アンジェリカは補足説明を行う。

「私の故郷の皇帝陛下子飼いの暗殺者だよ。まあ、暗殺者っていう割に世界的に有名だし、過去には虐殺とかにも手を染めていた超ド級の危険人物なんだけど……え、凪ちゃん知らないの?」

「詳しくは知らないよ。でもそんなに強いなら、どうして身分を偽るのかな」

「幽世歩きは難のある技術面を天使としての力で補う戦い方をしてきました。それを“影の女王”に奪われてこれまでのように行かなくなり、200年前に行方不明になったライカ姉さんの名前を騙って暗躍するようになったんです。弊社の飼い犬になったのもその一環。目的はただ一つ……奪われた力を取り戻すこと。“影の女王”がヒカルさんを利用して成し遂げようとしていることはその妨げになるので、殺そうと躍起になっているんでしょうね。エイルル帝国とは水面下で提携に向けた調整中に、エイルル帝国の国家中枢に近い立場にいる幽世歩きが別件で依頼を受けたクライアントに対して敵対されると一企業としては非常に困るんですが。しかもライカ姉さんの名前を騙った上で」

 ライアの説明が長々しくなってきたあたりで、リーゼロッテがこれ以上説明を冗長にさせないために割って入った。

「……あの、それって、幽世歩きが旧世代型魔法少女を虐殺しなければ始まらなかった話では?」

「弊社が要請した虐殺なので、弊社にも非があります。エイルル帝国との提携のための第一歩としての要請だったのが、状況を複雑にしている要因の一つでもありますが」

「それを更に幽世歩きがややこしくしているという話ではないのか?」

「返す言葉もないというか……それが幽世歩きの本質というか……」

 流暢に説明していたライアだったが、ヒカルからの指摘を受けた途端にしどろもどろになり始めた。

 いずれにせよ、暗殺者のくせに世界的に有名という矛盾を孕んだデタラメな天使と敵対関係にあると確定した今、ヒカルの立ち位置が更に危ういものであることが明らかになった。

「いくらヒカルが強いとは言え、流石に幽世歩きに勝てるレベルまで強化する手段は思いつかないぞ……」

「技術的にはそうでもないのを天使としての力で補ってきたところを、それを奪われたってことはつまり弱体化しているわけじゃあない? 今ならまだどうにかなるんじゃあないの?」

「弱体化した現時点での全力を出した幽世歩きと戦っていないだろ私たち」

「初戦の時は出し惜しみされていたみたいだもんね」

 アンジェリカと凪からの指摘を受け、リーゼロッテはハッとした表情を見せる。幽世歩きが今回リーゼロッテと戦ったのはあくまでヒカルを誘き出すためのものであり、守護霊としてリーゼロッテが召喚した第一皇子もまとめて相手にした際に全力を出してきた気配は感じられなかった。怒りに感情を支配されて言動が荒れ狂ってはいたが。

 雲行きが怪しくなってきた中、ヒカルがあることに気付いた。

「……確か幽世歩きがアンジェリカやリーゼロッテと接触した時に言っていなかったか? 『“影の女王”は幽世歩きから奪った力を幽世歩き以外の誰かに使わせるべく、フワ・インダストリーズに要請して人工ヴィラン製造計画が立ち上がった』と。つまり、“影の女王”経由で幽世歩きの力を行使できるようになれば、幽世歩きより強くなれるんじゃあないのか?」

「それだ! 流石はヒカル、よく思いついたな!」

「でも“影の女王”って日本の国家元首になる前から日本における異形種の頭領みたいな立ち位置にいるから、人間種かつヒーローの私たちだと簡単には接触できないんじゃあ……」

「ライアーさん、フワ・インダストリーズにお勤めですよね?」

「え、ああはい。技術顧問を200年ほど」

「なら、“影の女王”とはライアーさん経由で接触できるんじゃあない?」

 ヒカルの気付きをアンジェリカが称賛し、リーゼロッテが出した懸念は凪の質問にライアが答える形で解決した。

 そういうことなら、とライアはヒカルたちの出した案を受け入れることにした。

「わたしの方で調整してみます。幽世歩きにライカ姉さんの名を騙って好き放題問題と厄介事を撒き散らかされるのにもうんざりしていたところですし、お灸をすえるいい機会になるでしょう」

 これで今後の方針が固まった。

 アンジェリカたちはライアと連絡先を交換し、“影の女王”と謁見する日程が決まるまではヒーローとして活動していくこととなったのだった。

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