TURN9 アンジェリカの身の振り方
前回までのあらすじ。
アンジェリカとライカ・フワ。両者の身勝手な都合により生死を賭けた戦いを勝手に始められたヒカルだったが、かつてアンジェリカを巡って諍いを起こした女たちによる連合軍の参戦により辛勝を勝ち取った。
あらすじ終わり。
ヒカルの生命の危機の擬人化として立ちはだかったライカはラピスとロロを拉致して逃走し、ACDCには束の間の平穏が訪れていた。
だが、問題は山積みだ。
理不尽とも言えるパワーの衝突で崩壊した拠点としてのACDCは最早使い物にならず、アンジェリカとヒカル以外の構成員たちは瓦礫の下敷きか死因不明で息絶えてしまった。事実上の壊滅である。これでヴィランランク126位、識別名ネガ・ライトとしての活動は困難となり、アンジェリカはこの混乱に乗じてヴィランから足を洗って祖国のエイルル帝国に帰ることもできるのだが、その場合ヒカルの扱いをどうするかで意見が衝突する。
アンジェリカの要請で救われた生命を、ブラックマインドに残ることで再びライカに狙われるリスクがあるため連れて行きたいと主張するアンジェリカ。
それに対してリーゼロッテ、琴子、エシル、
ライカは強い。否、強すぎた。6対1で手加減してある程度有利に立ち回れる上に、常人ならば死んでもおかしくない攻撃を何発も食らってトドメに致命傷を貰ったにもかかわらず平然としていられる頑健さまで備えているとあれば、相応に戦力を揃える必要がある。そんな存在が、200年前にフワ・インダストリーズが開発した時空間転移技術で超長距離を平然とかっ飛んでくる。これを脅威と言わず何と言おうか。
リーゼロッテたちは懇々とこれ以上ヒカルと行動を共にするのは危険すぎることをアンジェリカに伝えた。だがアンジェリカは断固として拒絶する。
話し合いは平行線を辿り続けるが、ややあって名案を思い付いたのかアンジェリカが声をあげる。
「なら、ヒーローに鞍替えすればええやん! エイルル帝国では今、人間種以外のヒーローを猛プッシュしているんでしょ? ヒトでなしのヒカルなら皇帝陛下のお眼鏡にもかなうし、いくらなんでもアレがエイルル帝国そのものに喧嘩を売るほどバカとは思えないし!」
「アンジー、アレは日本の国家元首である“影の女王”には喧嘩売っていたでしょ」
「皇帝陛下は幽世歩きの飼い主で、“影の女王”は幽世歩き失踪の遠因。幽世歩き贔屓のアレが喧嘩売る理由はないはずだけど」
「まあでも、エイルル帝国が今ホワイトマインド側に支援している現状を考えるなら、アンちゃんがヒカルと一緒にヒーローに鞍替えするのはアリだと思うけどなー」
「わらわの国もホワイトマインドを支援しているから、あんじーの身に何かあった時に最悪国を動かす理由付けのためにもヒーローになるのは賛成じゃ」
「私の武装修道女部隊もヒーロー寄りなので、ヴィランのままでいるよりはいいと思います。今回出遅れたのも、言ってしまえばヴィランの救援に対して渋る者がいたからという内部の事情もありましたし」
リーゼロッテが強硬にノーを言い出すよりも早く、エシルと
リーゼロッテとしてはなんとしてもアンジェリカからヒカルを引き離したいのだが、賛成票が四人から出てはあまりに分が悪い。ヒカルを助けたのは正気に戻ったアンジェリカからの要請、つまり愛する妻のかわいいおねだりだから応じただけなのだし。性別のない間男は妻の潔白を証明次第早急に排除したいという思惑を内心で抱えるようなリーゼロッテの、そんな独占欲の強さがアンジェリカの重婚を拒絶し、現在の四面楚歌に至るわけだが。
助け舟を求めるようにメイド兼護衛の琴子に視線を送ると、琴子はいつものように微笑んで見せた。
「うちも賛成。確かにヒカルはんは人間でなし亜人でなし異形でなしの三重苦やけど、命は命や。せっかく救ったわけだし、ここでアンジーはんが危ないのではい見捨てますは後味が悪すぎると思わへん? 間男みたいやけど、挿入するブツもない見てくれだけのナマモノなら、うちはまあ許容できるで」
「今まで散々悪行の限りを尽くしてきたヴィランが、上位ランカーに狙われたので寝返りますが通用するわけないでしょ琴ちゃん! だいたい、それがまかり通るとしてもヒカル本人の同意もなしにヒーローに鞍替えなんてできるはずが……」
「俺はアンジェリカの願いのために戦う。こんな俺のために尽くしてくれた恩があるし、俺には善悪にこだわりなんてない。ヒーローだろうとヴィランだろうとやることは変わらない」
「本人もこう言うとるで」
琴子のまさかの裏切りに、リーゼロッテは歯嚙みした。が、普段から世話になっている上に先の戦闘では本来の姿において三つある頭蓋骨のうち二つにヒビを入れられるという重傷を負った彼女を責めるのは気が引けた。そうなるとリーゼロッテが折れるしかないわけだが、正直なところヒカルが最悪の展開を迎えることになろうと知ったことではない。ただアンジェリカが気に入ってしまったので死なれては困る。
地の底から響き渡るような深い溜息の後に、リーゼロッテは言う。
「…………それじゃあルルちゃんには私から口添えしておくから、アンジーとヒカルは……えっとネガ・ライト? だっけ? そのチームでヒーローとしてやっていく方向でいきましょう」
こうして、ネガ・ライトはヒーローへの道を進むことで話はまとまったのだった。
数日後、エイルル帝国にて。
ヴィラン改めヒーローチームのネガ・ライトの動向は、ワイズマンを経由してルルアルケに伝わっていた。
リーゼロッテは宮廷錬金術師長ワイズマン・プライドからの要請により結成された部隊『アンジェリカ捜索隊』の最高責任者であり、要請したワイズマンがこの情報を得て嬉々として自らの仕えるルルアルケにあげたのだ。何せアンジェリカはワイズマンが宮廷錬金術師長としての権力をかざしてまで身柄を探したほどの人材であり、現にアンジェリカ謹製転移術式はエイルル帝国の物流に革命を起こし更なる発展に貢献している。200年前にフワ・インダストリーズが開発した転移技術は、現在行方不明の本物のライカ・フワ不在では機能しない関係で表向きにはロストテクノロジーと化しているため、アンジェリカの開発した転移術式はそれほど革命的な発明なのだ。そんな重要人物の所在が判明し、エイルル帝国側の勢力とも言えるホワイトマインドに引きこめたのであれば上々だろう。
問題なのは、ネガ・ライトがライカ・フワ……つまりルルアルケ直属の部下である幽世歩きと対立関係にあることだ。
流石のルルアルケもこれには頭を抱えた。
「ワイズマン、状況を整理するぞ。アンジェリカとチームを組んでいるヒカル・バンジョーとやらは今、ライカ・フワと対立している。ライカはブラックマインド内部で“影の女王”へ妨害を兼ねた暗躍の真っ最中で、その過程でヒカルと対立するに至った。“影の女王”は日本国国家元首で、現在表立って提携できていないフワ・インダストリーズを抱えこんでいる」
「アンジェリカは実質ライカ……つまり幽世歩きと対立していますね」
「朕に内密で何をしているかと思えばこんな厄介事を持ってくるとはどういう了見だ、卿よ? 朕の配下で最もフワ・インダストリーズと提携したがっていたのはうぬであるし、ある程度の情報は幽世歩きからあがっていたが、この状況になるまで横やりを入れなかったのはいくらなんでも慢心が過ぎる」
「アンジェリカがフワ・インダストリーズの技術の産物を持ち帰ってきてくれましたので問題ないかと」
「それを幽世歩きがつけ狙っているのだろうが!」
「それにしても、“影の女王”がフワ・インダストリーズと結託していたとは」
「どうにかして“影の女王”からフワ・インダストリーズを引き剝がさなければ……ああもう! 考えることが多すぎる!」
「……第二皇女殿下を失脚させるおつもりはないのですか?」
ルルアルケはワイズマンに対し『何を言っているんだコイツは』とでも言いたげな視線を向け、溜息を吐く。
「ホワイトマインドへの影響力確保のために愚姉そのいちこと第一皇女を殺してまだ日も浅いのに、忌々しいくらい臣民からの支持の厚い愚姉そのにの第二皇女を失脚させてどうする? アンジェリカは手元に戻ってきたのだろう? アンジェリカの楔としてまだ使えるのなら使うにこしたことはなかろうよ」
「大変申し上げにくいのですが、第二皇女殿下はチームネガ・ライトと共に東京に拠点を構えてヒーロー活動を始めました」
「は?」
「楔としての機能は期待できますが、帝国に連れ戻すつもりはまだないようです」
「…………」
ルルアルケは押し黙った。呆れではなく、限界にまで到達した怒りによって、だ。
ルルアルケは武者修行先で出会った少年兵の少女と結婚しそのまま善行を積みまくってヒーローランク1位にまで登り詰めた一番上の姉のユースティティア・ラース・エイルルを、政治的に邪魔だからと始末してそのランクを簒奪した。エイルル帝国の臣民からはリーゼロッテほどではないにせよ人気のあったユースティティアの死は動揺をもたらし、反ルルアルケとも言うべき勢力が暴動を起こしたこともある。故に、今回国民人気の高いリーゼロッテを失脚ないし処理するのは悪手なのだ。そうはわかっていてもこの向ける矛先のない怒りを持て余してしまうのは無理もないことである。
能力は優秀でも人格面に難のあるライカ・フワもとい幽世歩きと敵対関係にあるのならば、アンジェリカを早急にエイルル帝国へ回収して事を収めたいのがルルアルケの本音なのだが、皇位継承権の低いリーゼロッテからすれば皇帝本人の思惑など知ったことではないのだろう。先ほどホワイトマインドに照会したところリーゼロッテもヒーローランキングに登録されていたことが確認できたので、しばらくはアンジェリカを連れてエイルル帝国に戻ることはないのは想像に難くない。
頭痛と胃痛のダブルパンチに苛まれるルルアルケに聞こえるように、ワイズマンは呟く。
「まあ、幽世歩きにも失敗はあります。不幸な事故により第二皇女殿下が幽世歩きに殺められるようなことになれば、アンジェリカもエイルル帝国に戻ってくるでしょう」
「アンジェリカを愚姉に引き渡したのは当の幽世歩きだろうが。そんな致命的失敗をするわけがなかろうが」
「もしも、ということもあります」
「……ところで、各国から賢者の子供たちの紋章入り錬金生物が頻出していると苦情があがっているが、本当に卿らの仕業ではないよな?」
「ふふ、流石は陛下。ホワイトマインドのヒーローたちが活躍できるように的として秘密裏に生産しておりましたが、看破されるとは」
「それはよかれと思って、というやつか?」
「エイルル帝国出身の亜人種や異形種のヒーローは相変わらず上位ランクを目指しにくい状況です。故に実績を重ねる必要があるわけで、我々はその実績としていくら倒しても後腐れのない敵性体を用意しているにすぎません。エイルル帝国からすれば必要経費なのです」
「それ、外国語だとマッチポンプとかいうやつじゃあないのか?」
「発案者はクロノ嬢ですが」
「サレナめ……!」
ヒーローランク2位、識別名サレナ・クロノ。濡れ羽色の長髪にハイライトがない深紅の瞳、身長170センチで推定Kカップという超美少女なのだが、超のつく嗜虐性と戦闘能力の持ち主でもあり、ルルアルケ専属の近衛槍騎士の竜人だ。ルルアルケが実姉を粛清した際についでにかつてのヒーローランク2位を殺害しランクを強奪したため、ヒーローランキング内最強の異形種として名を馳せている。
ルルアルケに対して忠誠心を持たないが、その代わりとして深い愛情を持つが故に仕えており、ルルアルケ直属の配下の中では最古参。ただ、ルルアルケ直属なだけあり例に漏れず人間性に難がある。彼女がエイルル帝国出身の下位ランク非人間種のためにマッチポンプをしようと言い出すのは、当然と言えば当然だった。
ただ、サレナのアイデアが何故ワイズマンに採用されたのかという点がルルアルケは引っかかった。下位ランクヒーローのレベリングには最適ではあるが、原材料の過度な消耗はワイズマンにはなかなか手痛いはずだろうに。
ルルアルケが素人考えで指摘すると、ワイズマンはそれ以上のメリットがあると返した。
「確かに原材料の消費はしますが、宮廷錬金術師団に入って間もない錬金術師たちの研修には最適なのです。これからはアンジェリカの元にも送らなければならないので、撃破難度の高いものを造らないといけませんね。きっといい教育になることでしょう」
「事後報告で済ませようとするの、一律で禁じるか……」
配下たちの悪癖に頭を抱えるルルアルケだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます