首筋のキスマークはふしだらなんかじゃありません

アソビのココロ

第1話

 神様は人間に恩恵と試練を与える、のだそうで。

 何でも信仰心を試すためらしいのですけれども。

 試練の方は本当にいらないと思ってるのはわたくしだけでしょうか?


 一〇歳の洗礼式で、わたくし達は神様から恩恵と試練を授かります。

 言い方を変えると、メリットデメリット両面のある能力を得るということですね。

 ほんのささやかなもので、神様の気まぐれとも言われていますが……。


 わたくしの場合は……試練のために他人に誤解され、避けられてしまうことが多いのです。

 かなり困っています。


          ◇


 ――――――――――王立学校にて。マルコム・ブライアント伯爵令息視点。


「おいマルコム。アリシア嬢見たか?」

「見た」


 アリシア・ラドクリフ伯爵令嬢はとにかく目を引く美人だ。

 ただしこの場合、美人を見たという意味じゃない。

 首筋のキスマークだ。

 アリシア嬢は必死で隠そうとしてるみたいだけど。


「お盛んだよな。やっぱりアリシア嬢ほどの色っぽい令嬢になるとな」

「いや、ちょっとおかしい。あのキスマーク、登校時にはなかったんだ」

「本当か? 見てなかっただけじゃないのか?」

「というか朝からあったのなら、隠すメイクをするなりショールを持ってくるなりするだろう?」

「それもそうか。じゃああれは?」

「学校に来てからついたことになる」


 と、考えざるを得ないんだが?


「校内でキスされちゃったってことかい? ひょー、お盛んだね」

「またそれか」

「他にどう考えようがあるんだよ。前にもあっただろ、こういうこと」


 確かにアリシア嬢は以前にもキスマークをつけていることがあった。

 だからこそおかしいと思ってるんだが。


「いい仲のやつがいるんだろ」

「でも彼女婚約者いないじゃないか」

「だからお盛んだって言ってるんじゃないか」

「違う、アリシア嬢はそんなんじゃない」


 好みのタイプだから目で追ってしまう。

 どうもキスマークのせいで、令嬢方にも避けられているんじゃないかと思われる。

 ただ僕が観察する限り、アリシア嬢は親切で控えめな令嬢に思えるのだが?


「おい、惚れちゃってるのか? モテない君のクセに」

「モテない君とは何だ!」


 いらんことを言うやつだ!

 僕がモテないのは神の気まぐれのせいだ!


 待てよ?

 アリシア嬢のキスマークも何らかの能力のせい?

 そんな能力ある?

 疑問はあるが……。


          ◇


 ――――――――――その日の午後、王立学校にて。アリシア視点。


「三ヶ所も……」


 またやらかしてしまいました。

 ファンデーションを切らしていることを忘れていたのは迂闊でしたわ。

 困りましたね。


 何が困ったかというと、虫刺されなのです。

 わたくしは神様の恩恵のおかげで、虫刺されが痕も残らず一、二日で奇麗に治ります。

 ところが治るまでキスマークみたいに見えるという試練持ちなのです。


 今日は校内に虫が多いのか、三ヶ所も刺されてしまいました。

 よりによって隠せない日に。

 一大事です。

 どんな噂が立つか、わかったもんじゃありません。

 何とかやり過ごさないと……。


「あっ、失礼」

「い、いえいえ、こちらこそ」


 美術準備室にいたら、マルコム・ブライアント伯爵令息に見つかってしまいました。

 マルコム様は地味な令息という印象がありますが……。


「アリシア嬢じゃないか。こんなところでどうしたんです?」

「いえ、あの……」

「レディがお困りでしたら手を貸しますよ」


 まあ、素敵。

 キスマークのせいで発展家と思われ、周囲から浮きがちなわたくしに手を差し伸べてくださるなんて。

 この際です、恥を忍んで窮状を話してみましょう。


          ◇


 ――――――――――その時。マルコム視点。


 美術準備室に来たら、何とアリシア嬢がいた。

 跡をつけていたわけじゃない。

 完全な偶然だ。

 一瞬こういうところで逢引きしてるのかなと思ったけど、一人だ。

 明らかに困っている様相、何事?


「アリシア嬢じゃないか。こんなところでどうしたんです?」

「いえ、あの……」

「レディがお困りでしたら手を貸しますよ」


 格好つけてみた。

 まあアリシア嬢みたいな美人令嬢が苦難に陥ってたらこう言うよね。

 解決できるできないは別として。

 でもアリシア嬢明らかに嬉しそう。

 ドキッとするなあ。


「あの、神様にいただいたわたくしの力に関することなのですけれども」


 えっ? 神の気まぐれに関することを僕に教えてくれるの?

 プライベートに関することだから、ごく親しい人にしか話さないものなんだけどな。

 僕が信用されているんだろうか?


「虫刺されが奇麗に早く治癒するというものなんですけど、代わりにキスマークに見えてしまうという」

「ははあ?」


 なるほど、アリシア嬢のキスマークは虫刺され痕だったのか。

 道理で。

 お盛んなんかじゃないじゃないか。

 ちょっと安心した。


「たまにアリシア嬢がキスマークをつけてるなあ、とは思ってたんだよ」

「やはり御存じでいらしたんですか? 恥ずかしいです」

「いや。ただでさえ美人のアリシア嬢が、より艶めかしいなあと」


 うわあああああ!

 真っ赤になってるアリシア嬢可愛いいいいいい!


「あの、ふしだらだと令嬢方の間では不評で。私は避けられがちなのです」

「それはよろしくないね。男側でもしそういう話題が出たら、神の気まぐれらしいよと、やんわり否定しておこうか?」


 詳しい説明でなければ、そう失礼でもないんじゃないか?

 アリシア嬢の考え次第だが。


「助かります。私自身が言うと、どうも言い訳っぽくなってしまって……」


 あ、だから令嬢方から浮いてるのか。

 僕も言い方には気をつけないといけないな。


「今日は虫が多いのか、三ヶ所も刺されてしまったんです。いつもはキスマークを隠すファンデーションを持ち歩いているのですけれども、あいにく切らしてしまって……」

「……ひょっとして美術準備室にいたのは、絵の具で隠そうと思った?」

「実は、はい」


 なるほどだけど、どうなんだろう?

 うまく色が合う?

 肌に悪いんじゃないの?


「このくらいの色で良さそうなのです。でも手鏡一つしか持っていませんので、首の後ろが見えないのです。申し訳ないですけれどもマルコム様、塗っていただいてよろしいでしょうか?」

「僕でよければ」

「助かります」


 うわあああああ!

 アリシア嬢のうなじのドアップだよ!

 何かいい匂いする!

 恐る恐る絵の具を塗ると……。


「あれ?」

「マルコム様、どうかしましたか?」

「キスマークが消えた……」

「えっ?」


 アリシア嬢に心当たりはないようだ。

 となると……。


「アリシア嬢、失礼だが額を触らせてもらってもいいだろうか?」

「えっ? ええ」


 絵の具を塗ってさらに前髪を下ろして誤魔化そうとしたみたいだけど。

 中途半端に隠された額のキスマークに触る。


「あっ、消えた?」

「やはり」

「でもどうしてなのです?」

「多分僕の持つ力によるものだと思う」


 僕の力は虫除けだと説明する。

 アリシア嬢の神の気まぐれも聞かせてもらったのだ。

 僕のも話しておかないとフェアじゃない。


「虫除け、ですか。何て素敵な力……」

「ハハッ、アリシア嬢にはそう思えるのかもしれないね。どうやら単なる虫除けじゃなくて、触れば虫の影響を除去できるらしい」

「だからわたくしのキスマークも消えた、ということですね?」

「おそらくは。僕も知らなかったけど。もう一つ、顎の下の首筋のキスマークも消してしまおうか?」

「お願いします!」


 うわあ、今日はいい日だ。


「ありがとうございます! 本当に助かりました!」

「いやいや、レディがお困りとあれば当然だよ」

「ところでマルコム様はどうして美術準備室へ?」

「そうだ、スケッチに使う頭像を持ってきてくれと言われていたんだった」

「うふふ、お手伝いしますよ」

 

          ◇


 ――――――――――三日後、ラドクリフ伯爵邸にて。アリシア視点。


 マルコム様をお迎えしてお茶会です。

 初めて他家の令息を招待したので、うちの侍女達が張り切ってしまっています。

 自然と神様にいただいた力の話になってしまうわけですが。


 マルコム様が仰います。


「あれから何回か確かめてみたんだ。僕の力は虫刺されも治せるな」

「やはりそうですか」

「アリシア嬢のおかげで、新しい用途に気付けたよ。感謝する」

「いえいえ、とんでもないです」


 助けてもらったのはわたくしの方です。

 それなのにわたくしへの感謝を先に口にしてくださるとは。

 好感度が上がります。


「羨ましい力ですね」

「いや、デメリットも大きくてね」

「どんなものなのです?」


 あ、マルコム様が躊躇していらっしゃいます。

 不躾だったでしょうか?


「図々しかったですね。お忘れください」

「いや、アリシア嬢の力についても聞かせてもらった。僕も全て話しておかないといけないだろう」


 普通に考えれば美しいチョウや殿方の大好きなカブトムシやクワガタを間近で見ることができない、くらいしか思いつきません。

 大きなデメリットではないですよね?


「実は女性に丸っきりモテないんだ」

「えっ?」


 あっ、虫除けってそういう意味も?

 言われてみると、わたくしもマルコム様には地味な令息というイメージしかありませんでした。

 マルコム様はブライアント伯爵家の嫡男でいらっしゃるので、縁談がなくて困るということはないと思いますが……。


 よく見てみると整った顔立ちですし、優しくて気遣いできる方ですし。

 わたくしとは家格も合いますし、何より神様にいただいた力の相性がいいです。

 お買い得なのでは?


「アリシア嬢、何か?」

「あのう、マルコム様。再び不躾で申し訳ありませんが、わたくしはいかがでしょうか?」

「えっ?」

「わたくしを婚約者に、という目はありませんか?」


 わたくしとのお茶会の誘いに軽く応じてくださるくらいです。

 婚約者選びが進んでいるということはない、と思いますが……。


「僕はアリシア嬢のような美女が婚約者になってくれるなんて、こんな嬉しいことはないよ。アリシア嬢こそいいのかい?」

「わたくしもマルコム様が婚約者になってくださると、大変ありがたいのです。尻軽と言われることもなくなると思いますし」


 互いに神様にいただいた力の内容を話したという間柄でありますし。

 マルコム様がいらっしゃれば、虫刺されでキスマークが浮き出るというわたくしの試練はほぼ無視できます。

 婚約して落ち着いたと思われれば、人脈の形成にも好影響があるでしょう。

 何よりマルコム様は優しくて話しやすいです。


「では父と相談してみるよ。特に問題ないと思われるけど」

「わたくしも父に相談しますね。当家から婚約の申し出をさせていただきます」

「おお、積極的」


 侍女達がきゃあって言ってますよ。

 はしたないから声を落としなさい。


 ニコと笑顔を見せ、おいしそうにお茶を飲むマルコム様。

 こんな素敵な方なのに、神様の気まぐれのせいで女性と縁がなかったなんて。


 いえ、わたくしの試練もスキャンダラスで嫌だなあと思っていましたが、おかげでマルコム様と結ばれそうな気配です。

 神様のおかげ、なのですね。


 照れたようにマルコム様が言います。


「アリシア嬢、何となく乾杯」

「うふふ。乾杯」

 

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