【27話】幸せにしてくれてありがとう

 

 大きな足音を立てて、リルンが詰め寄ってくる。

 

 怒りに満ちた形相をしている。今すぐにでも飛びかかって来そうなそれは、森の湖で出会った狼さながらだ。

 

 以前なら怖くて逃げ出していたかもしれない場面。

 でも、今は違う。

 隣にラルフがいるという安心感が、ミレアをどこまでも強くしてくれる。

 

「私がこうなって、お姉様はさぞ嬉しいことでしょうね! 私のこと恨んでいますものね!」

「えぇ、恨んでいるのは確かよ。あなたたちエルドール家の人間が私にしてきたこと、忘れたとは言わせない。でも一つ……たった一つだけ、あなたに感謝しなければならないことがあるわ」


 正面のリルンから、隣にいるラルフへ体を向ける。

 

「ラルフ様、金貨を三枚お貸しいただけないでしょうか。馬車に戻ったら、すぐにお返します」

「構わないぞ」


 懐から金貨を取り出したラルフが、ミレアにそれを手渡す。

 

「しかし、いったい何に使うんだ?」

「リルンへのお礼です」


 再びリルンの方へ体を戻し、手のひらを上に向けて差し出す。

 手のひらの上には三枚の金貨が載っている。


「何の真似ですか?」


 ピクリと肩眉を上げるリルン。

 苛立ちが膨れて、爆発しそうになっているのが分かる。


「リグレル様に婚約破棄された時、迷惑料として三枚の金貨をいただいたのよ」

「はぁ? だから何です?」

「あなたがリグレル様を奪ってくれたおかげで、私はラルフ様に会えた。私は今、とても幸せよ。あのままエルドール家にいたら、絶対こうはなれなかった。リルン、私を幸せにしてくれてありがとうね」

「…………なんですか、それ。なんですかそれ!!」


 目を見開き、体と唇を大きく震わせるリルン。

 顔が真っ赤に染まる。

 

「ふざけんなぁぁぁああ!!」


 燃え滾る怒りの声を上げながら、掴みかかろうと腕を伸ばしてきたリルン。

 

 しかし、その腕がミレアに届くことはなかった。

 

「ミレアには指一本触れさせん」


 横から伸びたラルフの手が、リルンの腕をガッチリ掴んでいる。

 リルンは動かそうと必死にもがいているが、ピクリとも動いていない。

 

 ラルフは顔色一つ変えずに、会場の警護に当たっている警備兵をこの場に呼びつけた。

 

「こいつは俺の世界一大切な人に手を上げようとした。会場から速やかにつまみ出してくれ」

「承知しました。そのまま衛兵に身柄を引き渡します」


 身柄を拘束されたリルンが、警備兵に連行されていく。

 

 未遂とはいえ、リルンは暴行をはたらこうとした。

 場合によっては、懲役刑を課されるかもしれない。

 

(あの様子じゃ、そのことを理解しているのかどうかは分からないけどね)

 

 解読不能な奇声を叫び散らし、ミレアを睨むリルン。

 獣さながらのその姿は、理性の欠片も感じない。

 

 会場を出て行く最後まで、リルンはずっとそうしていた。

 

 

「ラルフ様、ありがとうございました」

「気にするな。俺は思ったことを言っただけだ」


(思ったこと……)


 ミレアの顔がポッと赤くなる。

 頭に浮かんだのは、駆け付けた警備兵へ言った『俺の世界一大切な人』という言葉だった。

 

 私もです、と言ってしまいたくなるがここは我慢。

 それを言うのは、このパーティーが終わった後だ。

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