金貨三枚から始まる運命の出会い~家族に虐げられてきた家出令嬢が田舎町で出会ったのは、SSランクイケメン冒険者でした~

夏芽空

【1話】婚約破棄された子爵令嬢は、最低最悪な家族と縁を切る


「ミレアにはすまないと思っている。でも、ごめん。僕は自分に嘘をつけないんだ……!」


 申し訳なさそうな顔で言ってきたのは、リグレル・レグルトン。

 ミレア・エルドールの婚約者だ。

 

 リグレルの言葉が、レグルトン子爵邸のゲストルーム内に響いていく。

 

 彼の対面に立つミレアは、大きく動揺。

 こんなことをいきなり言われて、訳が分からないでいた。

 

「どういう……ことですか?」

「君との婚約を解消させて欲しい。心から愛せる人を、僕は見つけたんだ」


 それは、紛れもない裏切りの言葉。

 ナイフで刺されたような鋭い痛みが、ミレアの胸に走る。

 

 レグルトン子爵家の三男のリグレルとは、七年前――互いに十歳の時から婚約をしてきた。

 

 エルドール子爵家の人間がこぞってミレアを虐げる中、リグレルだけはいつも気遣ってくれた。優しくしてくれた。

 彼といる時間だけが、ミレアにとって唯一心安らげる場所だった。

 

 しかしその場所は、今をもって無くなってしまった。

 

(『心から愛せる人』って、それじゃあ私のことは心から愛してくれていなかったのね。リグレル様のことを、私はお慕いしていたのに……)

 

 深緑の瞳から涙がこぼれ落ちる。

 震える体と一緒に、金色の長髪が揺れた。

 

「隠してもすぐに分かるだろうし、今言うよ。相手はリルンだ」


 リルンという名を聞いても、ミレアはあまり驚かなかった。

 むしろ、やっぱりか、という気持ちすらある。

 

 リルンはミレアの一つ歳下、十六歳の妹だ。

 

 くりくりとした琥珀色の瞳に、腰まで伸びている美しい真紅の長髪をしている、とんでもない美少女。

 そんなリルンは両親の寵愛を一心に受け、とても甘やかされて育ってきた。

 

 それが影響してか、リルンは非常にワガママで傲慢な性格をしている。

 周囲の人やモノ、その全てが、自分を光り輝かせるためのアクセサリーとしか思っていない。

 少しでも興味があれば、人の物でもお構いなしに奪い取ってくる。

 

 ミレアはそれを、身をもって体験してきた。

 アクセサリー、ドレス、ミレア付きの使用人――これまでリルンに奪われてきたものを数えたらキリがない。

 

 婚約者のリグレルも、同じようにしてリルンに奪われてしまったのだろう。

 

「謝って済む話じゃないけど、本当にすまなかった」


 謝罪したリグレルは、懐から金貨を三枚取り出した。

 それをミレアの手のひらに載せ、そっと握らせる。

 

「少ししかないけど、迷惑料だ。受け取ってほしい。……それじゃあね」

「……」


 ミレアは何も言わなかった。

 

 恨みつらみ、泣き言。

 言いたいことはいくらでもあった。

 

 しかしそれらを言ったところで、リグレルの心は戻らない。

 そう思うと、言葉にする意味がないような気がした。

 

(こんな酷い人のこと、早く忘れてしまうのが一番よね)

 

 ミレアは何も言わず、レグルトン邸を出て行った。

 

 

 車窓に映る夕日をボーっと眺めながら、馬車で揺られること三十分。

 フィルリシア王国王都、エルドール子爵家の屋敷に、ミレアは戻ってきた。

 

 馬車から降りたミレアは、まっすぐに邸内の食堂へと向かった。

 大きな両扉を押し開け中へと入る。

 

「今日もリルンは可愛いな」

「えぇ、本当に。とは大違いだわ」

「嬉しいです!」

 

 食堂では、両親とリルンが夕食を食べていた。

 食卓テーブルに座りながら、三人仲良く会話をしている。

 

 しかしミレアが入ってきたことで、食卓テーブルの会話はストップ。

 和気あいあいとしていた三人は、一斉に怪訝そうな表情になる。

 

「何をしに来た」


 父がギロリと睨みつけてくる。

 親の仇でも見ているかのようなその視線は、おおよそ娘に向けるものでない。

 

「お前の夕食の時間はまだ先だろう。間違えたのか?」


 十年ほど前からずっと、ミレアはひとりで食事をとっている。

 理由は、「お姉様が睨みつけてくる」とリルンが言ったからだ。

 

 しかし、ミレアはそんなことをしていなかった。

 全てはリルンの嫌がらせによる、まったくの出まかせだった。

 

 だが、両親はリルンの言い分真に受けた。

 ミレアがどんなに違うと言い張っても、信じてくれなかった。

 

 それ以来ミレアの食事の時間だけが、二時間ほど後にずらされるようになったのだ。

 

(もう十年も続いているのに、今さら食事の時間を間違えるわけないじゃない)


 ミレアには別の目的があった。

 三人が座る食卓テーブルへと、足を進めていく。

 

「お話があって来ました。先ほど、リグレル様から婚約破棄を言い渡されました」


 チラッとリルンを見ると、彼女は嬉しそうにニヤニヤ笑っていた。

 

 熱いものがせり上がってくるが、グッとこらえる。

 

 ここで手を上げれば、暴行を働いた罪として衛兵に突き出されるだろう。

 ミレアを衛兵に突き出すことに、両親は何の抵抗もないはずだ。

 

 もし暴行罪が立証されれば、懲役刑が下る可能性がある。

 こんなことのために、牢に入りたくはなかった。

 

「レグルトン子爵家との縁談が無くなった今、私に価値はありませんよね?」


 レグルトン子爵家は、エルドール家よりもずっと大きな権力を持っている。

 

 婚姻によってレグルトン子爵家とのパイプを繋ぐ。

 それが、エルドール家の狙いだった。

 

 しかし、レグルトン子爵家三男であるリグレルとの縁談は、先ほど無くなった。

 今のエルドール家にとって、ミレアは無価値だろう。

 

「お前に価値が無いのは、今に始まった話ではないがな」


 父がそう言うと、食卓テーブルの三人は楽しそうに吹き出した。

 

 娘を無価値と言って笑う、両親と妹。

 最低な光景だが、ミレアは表情一つ変えなかった。

 こうやって罵倒され嘲笑されることには、もう慣れている。

 

「それで、話はそれだけか? 終わったならとっとと出て行け!」

「いいえ、まだです」


 怒声を浴びせてきた父に対し、ミレアは首を横に振る。

 

「私はここを出て、エルドール家とは無関係に生きていきたいんです。ですから、絶縁状にサインをして下さいませんか」


 それは、ずっと前から思っていたことだった。

 

 家族に人間扱いされず、使用人の仕事や帳簿つけなどの書類仕事を強制される日々。

 そんな毎日に、ミレアはずっと嫌気が指していた。

 

 それでもここに居続けたのは、リグレルと別れたくなかったからだ。

 

 でもそれも終わった。

 リグレルに婚約破棄されたことで、ミレアがここに居る理由は無くなったのだ。

 今は一刻でも早く、最低な家族と関係を切りたい。

 

 一瞬の間を置いた後、三人は再び楽しそうに笑った。

 

「魔法も使えなければ特技もないお前など、すぐに野垂死ぬぞ。それに、金も一切渡すつもりはない。本当に良いんだな?」

「構いません」


 笑い混じりの父の言葉に、ミレアは迷うことなく頷いた。

 

「良いだろう。絶縁状は今晩中に用意してやる。だから、明日中にこの家から消えてくれ!」

「承知しました。では、失礼いたします」


 軽く頭を下げて、ミレアは食堂を去って行く。

 

「お姉様がどんな末路を迎えるか楽しみだわ!」

「きっとろくでもないわよ」

「そうだな。あいつは無価値な人間だからな! ワハハハ!」


 背中越しに大盛り上がりしている中、ミレアも嬉しそうに口角を上げていた。

 

 嫌な思い出しかないこの家と縁が切れる。

 そう思うと、嬉しくてたまらなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る