小さな友達は休憩中に(仮)

ともじ

1日目

「こんにちは、おじさん!」


 真昼の屋上空の下、まだ二十代にしがみ付いている僕に向かってとんでもない暴言が飛んできた。なんだどういうつもりだと、振り返り視線を向けると、そこには黒のランドセルを背負った少女がいた。

 どうして休憩時のオフィスビルに小学生(暫定)?そんな疑問が頭をよぎる。少女に問おうとしたがそれよりも先に、その小さな腰にまで届く長い髪に視線を奪われた。

 金と言うには淡く銀というには輝きすぎている艶やかな白髪は、光を反射して普通に眩しい。夕方に少女を見たら血でも浴びたのかと驚きそうだ。

 僕は少し視線を落とし無礼なガキの顔を見てやることにする。くりっとした蒼の瞳に小さいお鼻とお口。まるでお人形!そう思わせる顔であった。髪のインパクト通りの整った顔で、つまらない、なんとなくがっかりだ。僕は思い切りため息を吐いてやった。


「なっ!なんて失礼なの!」


 どの口が言うのかと腹が立った僕は若さをアピールするよう腰掛けていた手すりから足を宙に放ち、腕と上半身の捻りで勢いをつけて少女の前に飛び降りた。その軽快な動きは特撮ヒーロー番組のワンシーンのように映ったであろう。着地と同時に足の裏へ鈍い熱が走る。靴を脱いでいたことをすっかり忘れていた僕はきっと足の裏を擦りむいた。悟られないよう堂々と足の裏でブレーキをかける。


「うら若きお兄様をおじさん呼びするガキに言われたくないね!」


 僕は鍛え上げた身体を見せつけるようにポーズをとり少女を見下す。ワイシャツから浮き出た胸筋に慄いたのか少女は口元に手をやり「……なんてこと!」とたじろいた。

 身を削るマウンティングを終え、無性に恥ずかしくなった僕はベンチの横に置いていた靴を履くことにした。やってやったというよりやってしまった感が強い。足の裏が履き口に触れるたび、ひりひりと痛んだ。


 僕と少女の間に気まずい沈黙がながれる。


 それはまるで喫茶店の支払いで小銭を落とし、彼女から白い目を向けられた時のようであった。帰り道でゲコゲコと愚痴を言われたのを思い出す。

 そんなに無様に見えるかねと口を尖らせていると、沈黙に耐えかねたのか少女がこちらに近づいてきた。


「なんだかごめんなさい、お兄さん。あなたのお話を聞きたかっただけなの」


 気を遣っているのであろう少女は腫れ物へ接する時のように間をとりながら話しかけてきた。許してちょうだい、と続ける少女は驚くほど外見と口調が合っていない。僕は少女に合わせて紳士的な口調を心掛けることにした。咳払いをして切り替えを演出する。


「こちらこそすまなっかた、少し大人気なかったね」


 低く渋みのある僕のダンディーな声に少女は驚いたようだ。

 回転しながら飛んできて、痛む足に堪えながらマウンティングしたかと思えば、突然紳士然とした態度をとるのだ。あまりにも情緒不安定で自分でもちょっとどうかと思う。驚かれるのも当然だ。

 僕は気づかないふりをして話とはなんだと、困惑を表情に浮かべる少女の顔を覗き込んだ。というより睨みつけた。

 僕はまだおじさん呼びを許していない。


「驚いたわ。本当に大人気のない人なのね」

「お嬢ちゃんは子供気がないね。うん、可愛くない」

「……もしかして目が悪いのかしら?私とても可愛いわよ?」


 ありえないとでも言いたげに僕の正気を疑う少女は間違いなく将来ライトノベルのヒロインになるだろう。ツンデレというよりはツンドラかなと腕を組んで人を見下す少女の姿を想像する。

 僕は兎にも角にもとため息を吐き、話というのを聞くことにした。


「あなた、友達はいるの?」

「お嬢ちゃん本当は怒ってるだろ?」


 心配しているとばかりに瞳を潤ませる少女は女優顔負けの演技力だ。内容はさて置き、心配しているようにしか見えない。

 高校時代、聞きづらい事をようやく切り出した母のデリカシーのない質問を彷彿とさせるその表情に、危うく血管が飛び出しそうになる。

 大人を煽って楽しむ子供らしい一面じゃないかと僕は務めて平静を装った。


「友達か……友達といっても程度があるだろう?お嬢ちゃんが聞きたいのはどれくらいの親密度を指すのかな?」

「そうね、では仕事の愚痴を聞いてくれる程度はどうかしら?」

「僕は仕事をプライベートに持ち込まない主義なんだ」

「そう、なら趣味のお友達は?」

「僕は読書が好きでね。読書に友達は必要ない」

「なら……」


 僕は焦っていた。小学生(暫定)に対してマウントをとりに行く成人男性だ、友達なんているわけがない。シンミツドってなに〜という返答を期待していたのに、どうしてかこのガキ見た目通りにかしこい。

 どう言いくるめたものかと僕がうんうん唸っている間に、少女はいつの間にか次の『親密度順あなたに友達はいるのかしら?』を済ませていたようだ。沈黙する僕を見て「ああ、やっぱりいないのね」とでも言いたげな表情を浮かべ返答を待っている。


(しまった!ここで聞き返すと焦りが悟られる!)


 そう思った僕は誤魔化すように手すりの方へ歩き出した。街並みを見下ろしながら、適当なことを呟いておけば雰囲気でなんとかなると考えたのだ。缶コーヒーでも買っておけばよかったと脳内で一人ごちる。


「待って!!」

「っうぼあ!」


 突然叫ぶ少女に驚いて変な声が出た。咳払いし、なんだよと振り返り胡乱な視線を少女に向ける。肩越しに流し目を送りクールを装っているが驚いた心臓は激しく音を立て、繊細な僕の心は軽く嘔気を催している。


「……私が友達になってあげるわ!」


 少女は平らな胸を張り、僕の心臓を撃ち抜こうとしているのかピストルを模した指を地面と水平に掲げこちらへ向けた。その姿はアイドルのようにも独裁者のようにも見え、休憩中屋上で世を儚んでいただけの僕はドン引きする。

 「……え、なにこいつ」という呟きが少女に届いたかわからないが、僕の嘔気を伴った驚愕の表情で伝わっていることだろう。

 高飛車というか、メスガキというか……。わからせてやろうという征服欲が掻き立てられる少女に僕は合点がいった。

 小学生(暫定)に見合わない口調と浮世離れした容姿、命令調でわけのわからないことを言い出す変人ぷりときたら、先ほどの僕に対する「友達はいるの?」という質問の意図にも気が付くであろう。


「あ、お前ぼっちなんだな」

「……違う!!!」


 これが見栄を張り続け、僕と友達になろうとした少女との出会いであった。

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小さな友達は休憩中に(仮) ともじ @tomoji23

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