其之弐拾陸話 得たもの……失うもの 

 「駄目だ出口が閉じる! 間に合わない! 私やられちゃう……ごめんなさい……涼介君……」


 閉じる穴を見つめながら諦めかけた、その時だった。


『シャンシャンシャン』と神楽鈴の音が洞窟内に響き渡ると同時に、凍てつく風が舞美を包み込み大蛇の火焔を消し飛ばした。


「舞美……貧弱です……」


 嫗めぐみだ! めぐみが入り口が閉じる寸前に洞窟へ来てくれたのだった。


 めぐみは早々に舞美に激を飛ばした。舞美は、絶対来ないと思っていた嫗が来てくれた事に感激し、泣きそうになった。


「め、めぐみさん⁉…………来て……くれたんだ……でも、きっと来てくれると思ってた……ありがとう……」


(こら! 千里、来るのが遅すぎるぞ馬鹿者!)


(もう少しで本当にお陀仏だったわい!)


 オジイ達の罵声に嫗めぐみは静かに答えた。


「本当は…絶対行かないと決めていたのですが……どうしたのでしょうね……私。ほらほら、泣いている暇はありませんよ、舞美…私が時間を稼ぐから…呼吸を整えなさい…」


「はいっ! ありがとうめぐみさん!」


 舞美は、一旦後方へ下がり『神氣の息』で焼けた纏の回復を図った。


 その間、嫗めぐみは神楽鈴を打ち鳴らし、荒ぶる火焔の海を冷気で鎮め始めた。大蛇も嫗の冷気に対抗するべく、火焔を更に吐き続け、執拗にめぐみを攻撃した。


 お互いの術が拮抗する中、めぐみが次の行動に出る。


「羅神……おいで」


 羅神を呼び寄せると頭を一撫でした後、大きく手を広げ唱える。


「雷……纏」


 嫗は羅神を纏うと同時に氷の剱「雷零剱」を手にした。そして剱を地面に突き立て、手を合わせ唱え始める。すると突き立てた剱から『パチッパチパチッパパパチッパチッパチパチッ!』と閃光が走り始め、嫗が右手を突き上げ二度目の言の葉を唱える。


「極……狼凍雷……走」


 『バアァァン!バババリババッバリバッバババッバババババッバッバッ!』


 凄まじい雷撃が雷零剱に直撃する! そして雷零剱により極限にまで冷やされた雷が白狼のごとく一気に四方に放たれる。それは地上を疾走し、燃え盛る火焔を一瞬にして凍らせ鎮めた。


 その術の凄まじさに怯んだ大蛇。そこに回復した舞美が果敢に挑む。


「黄纏! 金色の槌!」


 力任せに攻撃してくる大蛇の尻尾を黄珠の力で退ける。


 『ガゴンッ!ドゴンッ!ガゴンッ!ガゴンッ!』


 尻尾と槌がぶつかる音が洞窟内に響き渡る。そして何かに気付いた嫗めぐみが舞美に呼びかける。


「舞美、大蛇の表は固い。ならば裏です。顎の下、そこを狙います」


「はい! 赤纏!」


 舞美はもう一度赤珠を纏った。そして火焔の剱を手にし、脇構えを取り気合を溜めた。


「おおぉぉぉぉおお!」


 すると火焔の剱が赤く燃え盛り舞美の後ろで炎が渦を巻き始めた。そして脇構えから上段の構えを取り嫗めぐみに向かって叫んだ!


「めぐみさん行きます! 火焔の舞!」


 上段から体を一回転、二回転させ大蛇に向かって火焔の渦を放った! そしてそれに合わせて嫗めぐみの術が発動する。


「極……凍風……雷神の舞……」




 雷零剱を一つ振り抜くと凍てつく風が吹き出し、巨大な火焔の渦を一瞬にして凍らせる。そこを二振り目に放った雷撃が、凍った火焔の渦を粉々に破壊し、無数の雷撃を帯びた固い氷の破片となり大蛇の身体に降り注ぐ! 裂傷と雷撃、同時攻撃をその身に受けた大蛇は、顎を上げて苦しんだ。


「舞美……今です」


 舞美は剱を顔の横へ構えた。そして大蛇の顎の下、よく見ると少し血が滲んでいる所があった。『そこだ!』大蛇の顎の下へ突っ込み火焔の剱を突き立てた。


『グサッッ!』


『ドゴォォォォォォォォォォォオン!』

 

 火焔の剱が大蛇の顎下に刺さったと同時に爆音を上げ、大蛇が焔に包まれた。舞美はさらに剱を突き立てた。


「おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!りゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」


「グワァァァァァァ!」


 大蛇の断末魔が洞窟内に響き渡り、大量の血が大蛇の口から噴き出した。勝利を確信した舞美。


 (やった、やったよ、涼介君!)


 そう心の中で呟き……安堵の笑みがこぼれた……その時…。


 『チリン……チリン……チリリン……』


どこかで聞き覚えがある音…。それがどこからか聞こえてくるのか、舞美は剱をゆっくりと引き抜き、離れながら呟いた…。


「ま…まさ…か……」


もうすでに悪い予感を感じていた舞美…。そう、その音色は大蛇の体内から聞こえてきていた。



「この音……風鈴の…音…そんな…そんな…事って……」


 大蛇は力なく『ドドドンッ』と地面に崩れ落ちた。すると力なく横たわった大蛇の体は、薄い煙のようなものを上げながら徐々に縮みはじめ、次第にそれが人の形をなしていった。そして大蛇が消えてしまった後には、誰かが……人が仰向けに横たわっていた。


 そこに横たわっていたのは……紛れもなく……神谷涼介だった。


 『カラァンカラァンカラァァァァン……』


 舞美の手から離れた落ちた剱の音が…静寂な洞窟の中に響き渡る。


 「ぃゃぃゃ……」


 手を口に当てそう呟き、首を振りながら倒れている神谷涼介の元へゆっくりと歩み寄った舞美。そして涼介の元にたどり着くと膝から崩れ落ち叫んだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 涼介ぇぇぇぇぇぇぇ!」


 舞美は涼介の横で項垂れ、手を着いて絶叫し、泣き崩れた。


 「いやぁぁ……涼介、涼介ぇぇ……」


 嗚咽を上げ泣き続けている舞美。すると頬にそっと暖かい手が差し伸べられた。舞美が顔を上げると涼介が微笑みながら舞美の顔を見ていた。


 舞美は頬に当てられた涼介の手を両手でしっかりと握り、見つめながら涼介に謝った。その目はもうすでに白く濁り、命尽きる寸前だった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……涼介……君」


「何を謝って……いるの?……舞美さん……。僕は本気で……君達を倒そうと……してたんだよ……。でも……全然敵わなかった……見事です、舞美さん……」


 そして涼介は、振るえる両手で、舞美の手を握り返しながら懇願した。


「舞美さんお願いです……可哀想な兄者を……祓ってやってください…。兄者は利用されているだけなんです……それに気付けない可哀想な兄者を……どうか祓ってやって……くだ……さい」


「涼…介君……」


 そして力なく舞美の手から涼介の両手が離れ、身体が少しずづ煙となって消えてゆく……。その姿を舞美は見守るしかなかった。


 涼介は目をつむり、笑みを浮かべながら小さな声で呟いた。


「あぁ……やっぱり……僕は……人間が、人が大好きです………そして最後に……舞美さんに……愛する人に看取られて…おっ父とおっ母の所に……逝ける…僕は……僕はぁ……幸せで……す……舞…美さ…」


 泡の粒となって消えていった涼介……。その後には…細身の刀と…青い風鈴のキーホルダーが残されていた。

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