其之弐拾話 真実への伏線
ある日の塾での事。講師の都合で一時限早く授業が終わったので二人自習室で居残り、次回の予習をしていた日の事だった。舞美が問題を解いていると、ふっと誰かの視線を感じた。そう思いながら顔を上げると向かい側に座る涼介が舞美を見つめていた。気のせいか、その目は何処か悲しげで虚ろな眼差しだった。
そして目が合った舞美が照れ笑いをしながら言った。
「なあぁに、涼介君そんなに見ないでよ! 恥ずかしい……どうかしたの?」
「あっ……ご、ごめん! じっと見ちゃって。な、なんでもないんだ!」
慌ててその場を取り繕った涼介。だがこの時、そんな涼介の姿を舞美は気にも止めていなかった。
その週の日曜日。この日も塾の自習室で涼介から苦手な教科を指南してもらうようになっていた。しかしいつもであれば午前中の教室開放時間に合わせて待ち合わせをするのだが、その日は涼介から『午後からの教室開放時間に行きませんか』と話を持ち掛けられた。何故午後からなのか、理由は解らなかったが別に都合が悪い訳でもないし『お弁当の事を気にしているのかな』と考えたりもしたが格段気にもせず、涼介の提案通り午後にいつもの駅で待ち合わせる事になった。
そして日曜日の午後。十三時十分の電車で待ち合わせをする。いつものように三両目に乗っている涼介を見つけると窓越しに手を振りながら走る電車を追いかけ、乗降口から電車に乗り込む。
「こんにちは涼介君! お昼からなんて初めてだね、お昼ご飯食べた後だから眠くならないかなぁ、ちょっと心配!」
と他愛のない会話を交わそうとした舞美。しかし涼介の様子が何処かおかしい。舞美の顔を見ながらいつもの優しい笑顔で言葉を返すのだが……。
「そうだね、眠くならない様にしなくちゃね……」
何処か、ぎこち無く感じる舞美。『気のせいかな』と思いつつも、その後の涼介は、普段通りの明るく優しい涼介で勉強を教えてくれる。
そして自習時間もいつと同じように、何事もなく一日の課題が終わった。
塾を出る頃、その時間になるともう日が暮れ始め辺りが少しずつ暗くなり、街の街灯がポツポツと点き始める。駅から電車に乗る二人。
その日の帰りの電車の中、一駅過ぎたところで車窓から外を眺めていた涼介が何かを見つけた。そして興奮気味でしかも嬉しそうに舞美に語りかけてきた。
「あぁぁ! 舞美さん、ほらっあそこ! お祭りやってるよ、お祭り! ねぇこの駅の商店街だよ! 降りて行ってみない!? 行こうよ舞美さん!」
涼介は、そう言うや舞美が了承する前に右手をぎゅっと握り、まだ止りきっていない電車の乗降口の方へ舞美を引っ張りながら小走った。
降りた所は下町風の商店街。いつもは、電車で通り過ぎるだけの街。一直線に伸びた道沿いには商店街が並び、その直線の終わりに神社へ登る高い階段が見えていた。
電車の中から一瞬だけ見えるだけの商店街だったが、降りて見ると下町風の店々が立ち並びとても風情があった。
真っすぐ商店街を抜け、何段もある階段を昇り神社の境内に入ると露店が右左に軒並み連なっていた。スピーカーからは祭囃子の音が流れ、イカ焼きやたこ焼き、綿菓子の美味しそうな匂いが至る所から漂ってきていた。子どものようなキラキラした眼差しでキョロキョロと辺りを見ている涼介。そんな涼介に舞美が言った。
「涼介君すっごい楽しそう! そんなにお祭りが好きなの?」
「大好きだよっ! 昔、この辺りは村人も少なくて寂しい所だったんだ。でもこのお祭りの時には、この神社で同じように縁日があって周りの村から、いや遠くの村からもいっぱい人が集まって来て、とても賑やかになるんだ! それと普段は高価で食べられなかったお団子やほおずきをその日だけはお父さんが食べさせてくれてたんだ!」
舞美は、涼介が言っていることがちょっと分からなかった。『昔? 村人? ほおずきって何?』あまりにも興奮して早口で話す涼介の言い回しが間違っているのかと思った。
そうして二人で境内を歩いていると先の方から乾いた音色が幾つも重なった音が聞こえてきた。
『ちりーん……ちりりーん……ちりーん』
その綺麗な音色を探して音のする方向へ行くと、その音色のお店は風鈴が沢山吊り下げられている風鈴売りの露店だった。しかしなぜか風鈴売りなのに射的が一緒になっていた。
舞美と涼介は、その風鈴屋の前に立ち止まり、天井につり下がっている風鈴を指差しながらお互いのお気に入りの風鈴を探した。
「可愛い音色だね、ほら、これなんて金魚が泳いでる!」
そんな話をしていると奥からこの露店の店主らしきおじさんが出てきて威勢よく声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん、射的やってくかい? 1回百円だよ! 的を倒したら好きな風鈴持ってっていいよ!」
二人は顔を見合わせ、舞美が自分のリュックを涼介に指し出した。
「よしっ! これ持ってて、私やってみる!」
リュックを預かった涼介が握りこぶしを作り、舞美に声援を送る。
「舞美さん、頑張れっ!」
舞美は百円を払い、貰った弾を鉄砲に込め身を乗り出して的を狙う。(よーし神氣の息で集中だ!)と呟き、狙いを定めて引き金を引く。
『パンッ!』
しかし弾は的にかすりもせず、後ろの紅白幕に当たり力なく跳ね返される。
「あー残念! 残念賞は風鈴のキーホルダーだよっ! お嬢ちゃん可愛いから彼氏の分まで持ってっていいよっ! この中から選びなよ!」
「えっ? いいんですか! やったぁ!」
指し出された箱を見ると色んな色の風鈴の形をしたキーホルダーが沢山入っていた。それを1つ、舞美が手に持って上に掲げてみるとゆらゆらと揺れながら『チリリンチリリン』と可愛い音色が聞こえた。
「可愛い! ねぇ二人でおそろいの色にしようよ! 涼介君、何色がいい?」
「ぼくはぁ……えっとぉ……どれも綺麗で選べないなぁ、舞美さんが選んで下さい」
「じゃあ、青色! 涼介君の色って感じがする!」
舞美は同じ絵柄の青い風鈴を2つ、箱から取り出した。
「僕の色って青色なのかぁ……舞美さんありがとう!」
そして神社を後にし、駅までの帰り道、公園の中を通り抜けて行こうとしていた二人。舞美は、さっき貰ったばかりの青い風鈴のキーホルダーを嬉しそうに頭上に掲げ、鼻歌交じりで眺めながら歩いていた。
すると舞美の後ろを歩いていた涼介が突然、足を止めた。その事に気付かず歩みを止めない舞美。そして涼介がポツリと舞美の名前を呼んだ。
「舞美さん!……」
涼介は、いつの間にか立ち止まっていた。舞美はそれに気付かず一人鼻歌を歌いながら六歩前を歩いていた。涼介の呼ぶ声に気付いた舞美は、立ち止まりゆっくり振り返って涼介を見た。何故か涼介は肩を落とし俯いていた。
「ううん? どうしたの、涼介君!」
そう呼びかけると涼介はゆっくり顔を上げ、少し離れた所から舞美の目を見つめながら……話しを始めた。
「舞美さん……あのね……ぼ……僕は……」
と涼介が話を始めたその時!
「舞美!」
羅神に跨った嫗めぐみが舞美と涼介の間に割って入った!
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