禍月千景という男の限りない別れの肖像

赤夜燈

みんなみんな俺を置いていく。最後に残ったきみさえも。

禍月千景という血も凍る美形で黒髪を長く伸ばした男がいる。人間ではない。具体的には日本ができる前からこの世界に生きている。


昔からなぜか女より男に慕われる体質だった。


なおかつ人間ではなかったため、厄介事によく巻き込まれた。


結果として。


「なぁ、なんで死ぬんだ?」


「お前が死ぬよりいいさ。それより、俺を覚えておいてくれよ。千景。俺、せめてお前の傷になりたい」


自分は死なないのに、なぜかそうやって自分の傷になりたがる男が次々と死んでいってしまうハメになってしまったのだ。


「さみしいなあ」


 禍月千景はヒトではないが、ヒトに近い心を持っていたためそれなりにさみしさも傷も感じる。


 百太郎。トシ。マイケル。太助。晋一。アキラ。悠。樹。それからそれから、数えきれないくらい。


 みんなみんな俺の前で死んでいってしまう。


 それなりに辛いし、悲しい。


「なんでみんな、俺なんかの傷になりたがるんだろうねぇ」


「先輩の顔がいいからじゃないですか」


「身も蓋もないねえ」


 大学――モグリで入りこんでいる――のたまり場で、千景は煙草ではなく棒付き飴をくわえながら後輩の日向ひなたに突っ込まれる。


 華奢きゃしゃで中性的な見た目の千景とは対照的に、真っ白な髪に鍛えられた身体をしている。

 なんだかんだ、千景を慕ってくれるいい後輩だ。


「あれ、ヒナちゃんって苗字。一色いっしきでよかったっけ」 


「今のところはそうですね。母方の仕事継がないとならないんで、社会人になってしばらくしたら安倍あべになりますけど」


「就職先、ある?」


「ありませんね。母方の仕事、ややこしいんで。収入も不安定だけど、普通の会社勤められるほど余裕はないです」


「じゃあ、俺の仕事手伝わない?」


「なにしてるんですか?」



「いいですよ」


「即答!?」


 だって面白そうじゃないですか、と日向が言うものだから、千景は思わず笑ってしまった。


「じゃあ採用条件。


「いいですよ、先輩の墓に飴供えてあげます」


 そう言って、日向は笑った。



 それから、五十年後。夏の夕方のことである。


「……うそつき」


 日向は、寿命を迎えていた。


 ひゅうひゅうと弱々しく息をして、あの頃と変わらないままの千景に手を握られていた。


「……せん、ぱい」


「なに」


「わらって、ください。……おれを、傷になんて、しないで……いつも、みたいに」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、千景は無理やり笑顔を作った。


 それを見て、日向はうっすらと微笑んで。


 そのまま、息をしなくなった。


 千景は、息絶えた日向を一晩中抱きしめて――朝になってその身体を抱き上げると、窓を開けて立ち上がった。


「もういい」


「もういいよ、神様」


「解放してくれ」


 そう言った瞬間、千景と日向の身体は朝陽の中に、光の粒となって消えた。


 それから二度と、禍月千景という人物は歴史上に現れることはなかった。





 

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