不思議な遊園地
@saddza
第1話
僕は遊園地に到着した。なぜこの遊園地に来ようと思ったのか、到着した今となっては思い出せない。もの悲しさを感じていることだけは確かだ。夕暮れのオレンジと曇った鈍色の狭間のような空に、僕の力を少しずつ奪われているような気がした。僕の手には覚えのない一眼レフがある。周りには僕と同様、一眼レフを持って歩いている人が数人いた。皆、撮りたい場所を見つけては写真を撮っている。彼らに話しかけようとは思えない。彼らはお互いに無関心で、ただただ写真を撮り続けている。話しかけても無駄なことは明確だ。無視されるだろう。いや、されないかもしれない。しかし、僕には絶対に彼らに話しかけられない気がした。未来は無数にあって、自分の選択の結果どの未来に進むのかが決まるというが、彼らに話しかけるという未来は端からこの宇宙に存在しない気がした。物理的に、そして論理的には彼らに話しかけることは可能だろうが、この宇宙は僕にそれを許さないような気がした。彼らが写真を撮っている理由は一つ。この遊園地を取り囲むもの悲しい雰囲気に吞み込まれないようにするためだ。僕は、彼らのように写真を撮ることはしない。写真を撮ったところで潜在的なもの悲しさはなくならないと知っているからだ。誰も遊んでいない遊具を見つめる。かなり前の遊園地だからか、錆が至る所で見つかる。その瞬間、小学校のお別れ遠足で、6年生全員でこの遊園地に遊びに来た時のことを思い出した。いったいどれほどの人が来園していただろう。至る所に人がいた光景が脳裏に浮かぶ。クラスの仲のいい友人とグループを作り、あらゆる遊具で遊んだ光景。担任の先生と友人数人と雑談した光景。全ての光景に、皆の笑顔と笑い声が付随している。彼らは今どうしてるだろう。生きてるんだろうか。死んでるんだろうか。彼らが僕の世界に参加してくることは、もう二度とないだろう。
意識を遊具に戻すと、遊具の前にピエロがダンスを踊っていた。僕は突然のことに驚いたが、そのダンスに妙に惹きつけられ、すぐに釘付けになった。ふと周りを見渡すとさっきの写真撮りたちはいなくなっていた。この遊園地に僕とピエロしかいない。怖さは全くない。ピエロのダンスは美しかった。見ていると徐々にピエロが近づいているのが解った。しかしそれは、ピエロが僕に近づいているわけではなく、僕がピエロに寄っているわけでもなかった。双眼鏡を調節するように僕の視界だけが徐々にピエロに近づいているのだ。極限までピエロの顔が近づくと一瞬にしてその顔が、ある女の顔になった。どこかで見たような懐かしい顔であったが、誰かは思い出せなかった。ふと気が付くと僕は女の隣に座っていた。周りを見回すと、そこは森の中の川沿いであった。そして僕たち二人が座っていたのは川にある大きな岩であった。不思議なことだが、僕はここがどこだか分かった。高校の修学旅行で来たリバートレッキングの場所だ。その修学旅行の中で一番楽しくて思い出深い場所だ。
僕は女に話しかけた。
「会えなくなった人っているだろう?そういう人たちとはやっぱりもう会えないよね?君もそう思うだろう?」
「うん。そう思う。でも会えないというのは心理的に会えないということでしょう?」
「え?ああ、まあそうなのかな。」
「会えないんじゃなくて会いたくないんでしょう?」
「言われてみればそうかもな。」
「あなたとその人の間には、見えない高い壁があるのよ。そしていつかあなたがその人のことを完全に忘れたとき、その人はこの宇宙からいなくなるのよ。」
「どういうこと?」
「あなたが宇宙なの。だから宇宙に忘れられた人は宇宙からいなくなるの。でも心配しないで。その人は別の宇宙に存在するようになるだけだから。だから、会えなくなった人のことはもう気にしないでいいの。」
女にそう言われたとき、僕は女を抱きたくなった。
「君とはまた明日も会えるかな?」
「さあ、わからないわ。もう帰るわ。あなたと話せて良かった。」
そう言われた瞬間、僕はさっきの遊園地に戻っていた。
不思議な遊園地 @saddza
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