【アンナ=密告者】
「そうだったのか…」
アンナから渡された報告書を読み終わったアルトは膝から崩れ落ちた。革のファイルが手からこぼれ落ち、中の紙がパラパラと床にこぼれる。
「国にとってあのギルドが大きな存在になっているのはわかっている。だが読んだだろ、あいつら利益のためにどんな事でもする下衆だ。ソモの村も犠牲に…」
紙を拾い集めながらアンナが言う。彼女の手は怒りで震えていた。
「うん。許されないことじゃないし、ボクがそんなの許さない。しかしあのギルドがそんな事をしてたなんて」
「別に責める訳じゃないが、お前国王だろ。なんか情報は入って来なかったのか」
「ごめん…」
「謝るなよ。責めてないって」
「いや、ボクのせいだ。アンナちゃんが調べてくれていなかったらこの国はゆくゆく冒険者ギルドに乗っ取られていたかもしれない…。そう考えると怖いよ」
「まぁお前も色々大変だったからな」
アルトは弱々しく微笑んだ。
「天国の父さんに会わせる顔がないよ」
前国王は数年前に死去している。二十歳にも満たない若者が国王の座に就いているのはそのせいだった。
彼はまだお世辞にも良い国王とは言えない。気概はいいが、若さ故に経験と知識が足りていない。それは本人も自覚しており、日々勉強に励んではいるが、簡単に身につくものではなかった。
「教えてくれてありがとう。証拠まで揃えてくれて助かるよ。この件は早急に王宮で対応させてもらう」
「そうしてくれ。私のこの三年間の結晶だ。お前なら何とかしてくれるって信じていたからわざわざここまで来たんだ」
アルトはアンナの目を見て強く頷いた。彼はベッドの方まで歩いて行き、天井から吊るされている呼び鈴を引っ張った。
「来てくれて嬉しいよアンナちゃん。久しぶりの家はどう? この城はあの頃から変わったかな?」
「ああ、変わったよ」
「そっか…」
「いや、違うか。変わったのは私の方だ」
アルトは少し複雑そうな顔をしたが、やがて口を開いた。
「変わってないよ。アンナちゃんはいつだって優しかった。今も昔のまんまだ」
「…」
その時、コンコンとノックの音が部屋に響いた。
「きっと大臣だよ。今さっきボクが呼んだんだ。どうぞ、入って」
「失礼します」
「ダイジン? そんな奴前はいなかったよな」
扉を開けて中年の男が部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか、陛下」
整えられた栗色の髪に同色の口髭。背はそこそこ高く、体格もいい。厚い胸板がタキシードを持ち上げている。
「紹介するよアンナ。彼はデドダム・ニックス大臣。未熟な僕の手伝いをしてくれている優秀な男だ」
「勿体無いお言葉です。初めまして、アンナ・ミロスフィード殿。当局はデドダムと申しまして、僭越ながら陛下の手助けをしております」
大臣だと紹介された男はアンナに向かって丁寧にお辞儀をした。
「アンナ殿、お近づきの印にマジックを披露してもよろしいでしょうか? 実は当局、とっておきの人体大切断マジックがあってですね…」
デドダムは人当たりの良い笑顔を浮かべると、懐から大きな風呂敷を取り出した。
「取り出したるはタネも仕掛けもない一枚の…」
「ふざけろ。そんな暇は無い。しまえ」
「そ、そうですよね。失礼致しました…」
デドダムはがっかりしたような顔で頷くと、悲しそうに風呂敷を仕舞った。アンナはそんな大臣を冷たい目で睨みつけている。
「あはは。少しだけ変わった男だけど仲良くしてあげて」
「ちっ」
「うぅ…。それで陛下、御用というのは?」
「ああ。実はデドダム大臣に頼み事があって…」
アルトは先の書類を差し出した。アンナが三年かけて書き記した告発用書類の入った革のファイルだ。
「実はここにギルドの悪事の証拠が載っているんだ」
それを聞いた大臣は目を丸くする。
「ギルドと言うとあの有名な冒険者ギルドですか⁉︎ 国民のヒーローである、あの⁉︎」
「驚くのも無理は無いよ。でも事実だ。アンナちゃんが命懸けで調べてくれたんだ」
デドダムは驚きながらもファイルを受け取り、パラパラと中身を見ていく。
「なるほど…わかりました。証拠として揺るがないですね…。これなら誰でも信じざるをえません」
内容を見て心を痛めたのか、彼は辛そうだった。
「大臣にはそれを国民に公表する準備をしてほしいんだ。国民を集めてこの真実を伝えなくてはいけない」
「その通りですね。早速そのように致しましょう。明日にでも城の噴水広場に集まってくれるよう、手配と通達いたします」
「頼んだよ」
デドダムは深くお辞儀をし、書類を持って部屋を後にした。
「書類持ってかれたんだが…」
「彼に任せておけば大丈夫だよ。アンナちゃんは初対面で彼のこと分からないと思うけど、ボクは三年間デドダム大臣に助けてもらってきたんだ」
「まぁ複製はあるから好きにして貰っていいけどな。明日国民の前で内容を伝えるんだろ? 任せちゃっていいか?」
「勿論だよ。ボクとデドダムに任せておいて。アンナちゃんは旅の疲れもあると思うし休んでてよ。アンナちゃんの部屋、昔のままとって置いてあるから」
「いや、帰ってきた訳じゃないんだ。私はまた出ていく」
「えっ、泊まっていってくれないの…? また昔みたいに一緒に暮らせると思ったのに…」
アルトは心底悲しそうな顔で俯く。
「まだやることがあるんだ」
だがアンナの顔は険しい。アルトは説得が無意味であることを理解した。
「そう…、分かった」
「じゃあ、頼んだぞ」
それだけを言い残すと、アンナはさっさと部屋を出ていってしまった。アルトだけが一人ポツンと部屋に残される。
「アンナちゃん…」
三年ぶりの再会だったのに、要件だけ伝えて帰った幼馴染。いつまでも彼女の事が頭から離れなかった。アルトは彼女との出会いを思い出していた。
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