二話 水村旭という後輩②


 軍司が旭を案内したのは住宅街にひっそりと佇む小さな喫茶店だった。ここは老夫婦が趣味で経営しているような喫茶店で、客層も夫婦の半ば友人のような常連ばかりであまり混み合わない。それでいてコーヒーもケーキも絶品であり軍司のお気に入りの店だった。


「水村もコーヒーでいいか?」

「あ、大丈夫っす」


 奥の席を選んで座ると軍司はメニューを手に取った。本日のおすすめはコーヒーとアップルパイのセット。紅茶も選べるが旭が大丈夫ならそのままでいいかと彼はやって来た老婆にその旨を伝える。軍司と旭を見やる微笑ましい視線は何か勘違いしているのだと察せたが、そのまま気を利かせてくれたほうがいいかと彼は何も言わなかった。


「あの婆さんは若い頃に結構有名なケーキ屋で働いていたらしくてな。ここのケーキは何食っても美味いんだ」

「それは楽しみっすね」


 にこにこと旭は頷く。その様子を見ていると昨日トラックに向かって飛び込んだ人間とはとても思えない……………人生に悲観していたわけではないらしいからそれも不思議ではないのかもしれないが。


「とりあえず初めて何で今日のお勧めにするっすよ」

「俺もそうするかな」


 頷いて軍司は老婆呼ぶと注文を済ませる。


「ケーキが来るまでは世間話でもするか」


 話の内容が内容だけに本題はあまり人に聞かれたくはない。


「先輩に任せるっすよ」


 それを旭は素直に受け入れる。異世界転生を目指していることを公言している彼女だからそれを隠すことに反発があるかもと思ったが、特にそういう事は無いようだ。


「でも世間話って先輩、何を話すんですか?」

「そうだな、水村と俺は学校の先輩後輩なわけだし学校生活についてとかどうだ」


 それなら当たり障りのない話題でありつつ旭の抱えているものを探る事も出来る。拒否されたならされたで彼女の悩みが学校生活にあるであろう推測が立つ。


「いいっすよ」


 そんな思惑を込めた軍司の提案に旭は迷うそぶりも見せず頷く。


「でも私の学校生活なんてそんなに面白い話じゃないっすよ?」

「世間話なんだから必ずしも面白い話である必要はないさ」


 例えば悩みを相談するのだって世間話の一つなのだから。


「例えば俺だったらそうだな…………いつも課題をやらずにギリギリで俺に泣きつく友人がいるんだがどうすれば真面目に課題をやらせることが出来るか、とかな」

「それは泣きつかれた先輩が毎回助けてあげちゃってるから直らないんじゃないすかね」

「…………やっぱりそうか?」


 軍司もわかってはいたが泣きつかれるとつい助けてしまう。


「先輩は身内には甘そうな感じっすもんね」

「次は厳しくするよう努力する」


 やはり一度鬼なったつもりで突き放すのが相手の為だろうと軍司も心に決める。そこから話をまだ終わりにせず膨らませることは可能だが、彼の目的としては旭から話を聞く事なのでそこでさっさと自分の話は区切る。


「とまあそんな感じだ」


 そして次はそちらの番だと軍司は旭を見る。


「うーん、私の学校生活といってもあんまり話すことないんですよね」


 しかしそれに旭は腕を組んで頭を悩ませる仕草を見せる。


「別にほら、俺みたいに友人の話とか」

「友達はいないっす」


 迷うそぶりも見せず旭は否定する。


「あー、クラスメイトの話とか」

「クラスメイトからはハブられてるっす」

「…………」


 やっぱり、問題ありじゃないかと軍司は乾いた笑みを浮かべた。


「その、なんだ…………疎外感は覚えないのか?」


 クラスで孤立していることを平然と告白した旭に軍司は尋ねる。彼の目からしても彼女は全く気にしていないように見えるが、心配されたくないとか憐れまれるのが嫌とかで強がっている可能性もゼロではない。


「疎外感も何も、孤立してるのはわざとですしね」

「…………わざと?」

「普通に考えたら私みたいな言動の人間に近寄ってこないっすよね?」

「…………そうだな」


 自覚していたのか、と軍司は呻く。


「つまり水村は意図的に異世界転生願望を公言して周囲から孤立していると…………それはどうせこの世界とは転生してお別れになるから情を持たないようにということか?」

「全然違うっすね」

「…………違うのか」


 せっかく好意的に受け止められる理由が浮かんだのに、それをあっさり否定されて軍司は肩透かしをされた気分になる。


「転生特典はですね、死ぬ前の境遇が悪いほどいいものが貰えるんすよ」


 旭のその表情はまるで自分だけが見つけたゲームの裏技を教えるように得意げだった。


「あー、転生特典っていうのは、昨日言っていた転生チートってやつか?」

「そうっすそうっす」


 尋ねる軍司に旭がこくこくと頷く。


「それをよくするためにわざと孤立してると?」

「まあ、そういうことっすね…………といっても別に孤立するようにクラスメイトを煽ったりはしてないっすよ? 自分に正直に振舞っただけっすから」


 最初に会った時にトラックで転生しようとすることでの周りへの迷惑を指摘したからだろうか、旭は恣意的しいてきに加害者を生み出そうと誘導はしていないのだと付け加える。


 結果的にそうなるとわかっていて放置するのは誘導と変わらないのではと軍司は思うが、自分に正直に振舞っただけと言われてしまうと文句もつけがたい。それはつまり旭に自分を偽れということになるからだ…………自分を偽ることを良しとするなら彼自身だって目の前の少女に関わったりはしていない。他者への御節介おせっかいもほどほどに済ませているだろう。


「実害はないのか?」


 なのでそれは問題とせずに確認しておくべきことを確認しておく。海斗から聞いた話によれば激しいものではないにせよいじめはあるらしい。当人は意に介していないとも聞いてるがそこははっきり確認しておきたい。


「んー、たいしたことはされてないっすよ」


 答えるその声も表情も強がっている様子はなかった。心底どうでも良さそうな感じで、自分がされていることなのにまるで興味を感じられない。


「もしかして、心配してくれてるっすか?」

「そりゃあするだろう」


 むしろしない方がおかしいだろうと軍司は返す。出会って間もないとはいえ関わり合いになると決めた相手なのだ。心配くらいするに決まっている。


「そっすか…………なんか気恥ずかしいっすね」


 すると旭は少し恥ずかしそうに顔を赤くしてはにかむ。それが軍司には意外だった。転生するから大丈夫ですよとでも笑い飛ばすと思っていたからだ…………こんな風に素直に心配されることを受け止めるとは思っていなかった。


「いかんな、俺も」


 小さく呟く。転生願望という目立った要素だけに目をやって、彼女の人間性を見誤っていたことに今気づいたのだ。


「どうかしたっすか?」

「いや、なんでもない」


 不思議そうに自分を見る旭に答えながら軍司は改めて決意を固める…………このおかしな後輩に誠心誠意接することを。


 たとえそれが彼女にとってははた迷惑なことであったとしても。

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