推しの人生に介入してしまった!?
ひなたさん
第1話 推しの人生に介入してしまった!?
『エルフの森』の外れで一人寂しく体育座りをして遠くを眺めてる女の子がいた。
見覚えのないはずの女の子の後ろ姿に、僕は釘付けになっている。
見覚えなんてない。間違いない。
だけど、僕は知っている……気がする。
パキリ、と音がした。
僕が足元の木の枝を踏み抜いてしまった音だ。
一歩踏み出したのか、それとも下がったのか、それすらわからない。
────女の子が振り返る。
目が合ってしまった。
いつもは誰かと目を合わないように極力気をつけているのに。
だけど、目を合わせないなんて無理だった。
その女の子はとても綺麗で可愛かった。
だけど、そうじゃなくて。
いつもは目を合わせない僕が彼女と目を合わせてしまったのは、
────ああ、目の前に『推し』がいる。
目の前の事実に、僕が耐えきれなくて頭が真っ白になったからだ。
混乱からの思考停止。
彼女の目から驚きと不安と期待を感じる。
「あ、あの、ヒ、ヒカリ君……だよ、ね?」
そんな彼女の問いに答えられない。
彼女とは初めて話すのに、何度も聞いた声。
その声を聞いて、僕はやっと受け入れ始めた。
異世界転生して、エルフに生まれて、約十年。
とある作品の世界に転生してきたことを今この瞬間に知った。
というか、そんなことより────
推しの人生に介入してしまった!!
エルフに転生して約十年。
数年前に両親が帰って来なくなったとか、与えられた『能力』のせいで人間関係最悪とか、そもそもエルフのくせに何故か黒髪黒目で悪目立ちして不気味がられてるとか、そういった話はもう全部どうでもいい。
今重要なのは、目の前に『推し』がいるということだ。
そして、その『推し』に、認知されてしまったこと。
本当に何故こうなった?
ちょっと前まで、服のサイズ合わなくなってきたな、でも両親が残してくれたお金も少なくなってきたしな、なんて呑気な日常を送ってたのに。
日常系の作品だったのに急に異能力バトル系のお話が始まるぐらいの急展開だ。
「え、えっと、大丈夫?」
彼女の再度の問いに僕はハッとする。
すぐに彼女から目を逸らす。
目を合わせるのは、よくないから。
「あっ、だ、だいじょぶ、です……」
我ながらこんな返答しか出来ないのが心底情けない。
でも今はキャパオーバーというか、少し余裕が無い。
推しがいる世界に転生してしまったことも受け入れることが出来た。
でも、推しに認知されてるのは少し、ちょっと、なんというか……駄目じゃなかろうか。
「迷子……じゃないよね。ヒカリ君はよく森で遊んでるし」
思った以上に知られてる……!?
こんなことなら森で遊ぶんじゃなかった。
……いや、行くところなんて他に無いし、家でずっと一人でいるとか無理すぎる。
中身は大人なのに、この子供の身体が運動を、いや遊びを求めてくるのだ。
今日も森で遊んでいたら、たまたま彼女を見かけて、後ろ姿を追ってしまった。
……こうやって先程までの自分の行動を思い返してみると、だいぶストーカーすぎる、終わってる。
「あのね、ヒカリ君」
真剣な口調、声のトーンが少し下がったのを感じて、緊張がさらに高まる。
草木の踏む音、彼女が僕に近付いてきている。
どうしよう何かしてしまっただろうかいやストーカーがバレたかもしれないいやいや流石にそこまでは分からないはずだけどいやそんな────。
「目を合わせて大丈夫だよ」
「──」
彼女の言葉で頭の中にあった何もかもがふっ飛んだ。
思わず彼女の顔を見て、目が合ってしまう。
彼女がしゃがみ込んで、僕と目線が合うようにしてくれているから余計に。
「ぁ……」
彼女の目からはマイナスな感情や考えは感じない。
しっかりと僕の目を見て、優しく微笑んでくれる。
────ああ、本当に目の前にいる。
物語の中で容姿を見て、すぐ好きになったのは当然のことだけど。
それ以上に、ユーリの心根の優しさや芯の強さに僕は惹かれた。
「あ……私、名乗ってなかったね……」
そう言って、彼女は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
そして、その恥ずかしさを払拭するかのように、彼女の光り輝くような金色の髪を軽くかき上げて彼女は言う。
「私の名前はユーリ。私も、ヒカリ君と同じで世界樹から名前と能力を与えられたわ。だから、ヒカリ君と一緒。よろしくね」
「よろしく、お願いします」
緊張はまだ解けないけど、やっとまともな返事が出来た。
というか、新情報。
ユーリも世界樹から能力を……うん、まあ作中でほぼ最強の魔法使い的な扱いだったから納得でしかない。
いや、生まれ変わって十年後に推しの新しい情報を得るのすごすぎないか。
ユーリのことは身長体重スリーサイズ性格趣味等々いろんなことを知ってるつもりだったけど、まだまだだったみたいだ。
まあ、そもそも『エルフの森』も世界樹も原作には出て来なかったんだけど。
「…………」
「…………」
やばい、どうしよう。
なにを話せばいいんだろう。
ユーリも何か話すことが無いかと思案してるのがよくわかる。
見つめ合ってなかったとしても、感じ取れたと思う。
そもそも原作に地名すら出て来なかった場所に住む村人Aである僕がこうやって話してていいのだろうか。
今から無邪気な子供のフリをして森に逃げ出そうか。
…………いや、流石にキツい。
ユーリが傷付きそうなのもよろしくない。
「あ、あのね、ヒカリ君」
「な、なに?」
肩をガシリと掴まれて、至近距離で見つめられる。
こんなに近くに人がいるのは家族がいた時以来だと思う。
暖かくて、少し怖い。
僕にはそんな距離。
「私と──」
目を見ているから、ユーリが何を言おうとしているかはもう伝わってしまっている。
だけど、多分。
ユーリというキャラクターを知っていれば、能力なんて無くてもきっと分かる。
「────友達になって、ください!」
彼女の不安に揺れる瞳を見て、僕は頷いた。
推しに頼まれて、断れるわけがない。
僕にとって『推し』とは『永遠に愛する存在』という意味だ。
前世でも今世でも、たった一人を指す言葉だから。
ああ、そうか。
ユーリの嬉しそうな顔を見て、僕は直感した。
僕がここに転生してきたのはユーリのためなんだと────。
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一次創作は初めてで至らない点もあると思いますが、よろしくお願いします。
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