幼馴染にぬいぐるみにされてしまった。

イノナかノかワズ

幼馴染にぬいぐるみにされて監禁された

 ……ここは、どこだ。


 俺は目を覚ます。朦朧とした意識で、思い出す。


 確か俺は隣の席の白崎さんと付き合って、それを幼馴染で親友の――


「あ、隆二君。起きたんだね!」


 真上から夏樹の声が聞こえた。俺の幼馴染で親友の声だ。聞き間違えることはない。


 俺は真上に顔を動かそうとするが、できなかった。それどころか体も動かない。息もしていなかった。


 意識や五感は存在しているのに、動作を行うことが一切できない。拘束されている感覚も一切ないのに。まるで、無の中を藻掻いているような気分だ。


 俺は一体どうなっているんだ……? 金縛りか? 夢か? 


「ぬいぐるみになっているんだよ!」


 まただ。また、夏樹の声が聞こえた。幻聴か?


本聴ほんちょうだよ! 隆二君はね、ぬいぐるみになったの!」


 おわっ! 視界が移り変わった!


 夏樹の顔が目の前に現れた。


 まるで夏空のように澄んだ蒼穹の瞳に、艶やかな黒のショートヘア―。透き通った肌に端正な顔立ちは女子がキャーキャーと言う様なイケメン顔。


 高校では王子様とすら呼ばれているほど整った美少女の顔が俺の前にあった。


 って、可笑しくないかっ! 明らかに夏樹が俺を持ち上げているよなっ! 


 確かにお前は平均よりも背が高いが、俺の体格を持ち上げられるほど力があるわけでもないはずだっ!


「だから、隆二君はぬいぐるみだからだよ」


 どういうことだっ?


「見てもらった方が早いかな?」


 視界がまた動いた。鏡が目の前に来る。


 ………………え。


 思考が止まった。


 鏡には俺を模した四十センチほどのぬいぐるみを抱きかかえた夏樹が映っていた。


 じゃあ、俺はどこか? 視線の位置などから考えると、夏樹の太ももの上にいるぬいぐるみに他ならない。


 ……本当に俺はぬいぐるみになったのか?


「だから言ったじゃん。僕がね、隆二君をぬいぐるみにしたんだよ!」


 夏樹は屈託のないイケメンスマイルでそう言った。


 ど、どいうことだっ!? お前が俺をぬいぐるみにしたって。冗談はよせ。


 いや、そもそも人がぬいぐるみになるわけないだろ。これは夢だ。夢なんだ!


「もう、何度言えばわかるのかな。これは夢じゃないよ。僕はね、呪術師なんだ」 


 呪術師……


「呪術師の家系なんだよ。僕の家」


 ね? とキラキラ笑顔を浮かべる夏樹に俺は呆然とするしかなかった。これを現実だと受け入れたくなかった。


 だから、俺は疑問を叫ぶ。


 か、仮に、お前が呪術師だとして、何で俺をぬいぐるみに――


「なんで?」


 ヒエッ。


 鏡に映っていた夏樹の顔は恐ろしかった。


 泉のように透き通った蒼穹の瞳からはハイライトが消え、顔全体には影が落ちていた。


「なんでなんでなんでなんでなんでなんで? なんでって言った? 隆二君、今なんでって言った?」


 い、言ったが……


「ふぅん。そうなんだ。分かってないんだ」


 夏樹はぬいぐるみを振りかぶり。


「分かってないんだっ!」


 叩きつけた。


 い、痛いっ! やっぱりこのぬいぐるみは俺なんだっ! 叩きつけられた衝撃が俺の体を突き破る。


「あ、ごめんね。痛かったよね。ごめんよ」


 夏樹に優しくぬいぐるみを撫でる。触れてしまえば壊れてしまう宝石を触るように、慈しむ様にぬいぐるみを撫でる。


 その感触が俺に伝わってきて、少し心がほっとしてしまう。


 けど、次の瞬間。


「でも、隆二君が悪いんだよ。自分がいけないことをしたのを理解してない隆二君が悪いんだよ!」


 がっ。


 まただ。また、地面にぬいぐるみを叩きつけられた。強い衝撃が俺の体を襲う。


 ……本当にこのぬいぐるみは俺なんだ。


 朦朧とする意識でそうはっきりと自覚した俺は、けれどやはり何故夏樹にぬいぐるみにされ、しかもこんな仕打ちをされているか理解できてなかった。


 だって、夏樹と俺は親友だ。


 小さい頃から、それこそ生まれたときから一緒にいて、まるで家族のようにともに過ごしてきた親友だ! 


 たまに喧嘩するけれど、言葉は交わさずとも言いたいことが分かるほど互いのことを理解している親友だったはずだ。


 なのに、俺は今、夏樹のことが一つも分からない――


「分からない? 分からない?」


 あ、ああ。分からない。悪い。


 お、俺はお前の嫌がることをしたのだろうか?


「悪いよ悪いよ悪いよ! 隆二君はね、僕を裏切ったの!」


 裏切った……?


 俺が夏樹を? あり得ない。俺は夏樹の味方だ。いつだって、夏樹の親友だ。


「親友じゃない! 僕と隆二君は親友じゃない! その時点で隆二君は僕を裏切っいたんだよ!!!」


 また叩きつけられた。


「ああ、ごめんね。ごめんね。痛かったよね」


 優しく撫でられ、抱きしめられた。


 夏樹の柔らかい体の感触が俺を包み込む。それだけで頭がどうにかなってしまいそうなほど、温かな気持ちに包まれてしまう。


 これは、おかしい。変な術にかかっているようだ。


「術じゃないよ。隆二君はね、最初からこうされるべき存在なの。僕のものなの。僕に全てを支配されるべきなの。体も心も。全て」


 な、なにを言っているんだっ!


「隆二君。君は僕を裏切ったの」


 だ、だから何を裏切ったって――


「白崎さんに告白したでしょ?」


 し、したが。お前も応援して――


「してないよ! 隆二君は僕のものだよ! 僕以外の物になっちゃいけないんだ!」


 そ、そんな横暴な! 


 俺とお前は親友だけど、俺はお前の――


「だから、僕と君は親友じゃない! 隆二君は言ったんだ! 僕の物になるって! 十五年前に僕に誓ったんだ!」


 そ、そんな昔のこと覚えてない!


「僕は覚えている! あの日から隆二君は僕の物なんだ! 人間らしく生活させようと慈悲を与えたけど、もう我慢できない! 君の全ては僕が支配する!」


 お、俺が、ぬいぐるみの体が勝手に動いて。夏樹の体を這いあがって。胸に飛び込んで。


 や、柔らかい。体が、心が溶けていく。


「そう。それでいいんだよ。僕にずっと支配されればいいの。あんなクソ女のことなんて忘れて、僕だけを見てればいいの」


 そ、それは……だって、俺は白崎さんと付き合って――


「白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎白崎」


 壊れたスピーカのごとく名前が連呼される。恐ろしかった。心の底から寒気がして、目の前がくらくらしてきた。


「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 長いため息が響いた。


「やりたくなかったけど、仕方ないよね。クソ女の事ばかりいう隆二君が悪いんだもんね。僕の物なのに人の物になろうとした隆二君が悪いんだよ」


 が、がっ!!!!


 どこから取り出したのか、夏樹の手には釘とハンマーが握られていた。


 俺は壁に押し付けられ、釘を打ち付けられた。


 激痛が走る。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!


「大丈夫だよ。隆二君が心から僕の物になったら、全て癒してあげるから。ずっと甘やかしてあげるから。僕がずっと抱きしめてあげるから。ね?」


 激痛で朦朧する意識のなか、そんな声が聞こえた。



 Φ



「隆二君。好きだよ。好きだよ。好きだよ、好きだよ」


 裸の夏樹は隆二を模したぬいぐるみをずっと抱きしめていた。


 そしてぬいぐるみの隆二は。


(……………………なつきさま)


 心が壊れていた。








======================================

読んでくださりありがとうございます。

少しでも面白い、怖い! など思いましたら、応援や★をお願いします。皆さまの応援が本作の力となります! お願いします。



 別作として『ドワーフの魔術師』を投稿しています。

 ドワーフの魔術師とエルフの戦士がのんびりスローでちょっぴり波乱な旅をする話です。ぜひ、読んでいってください! どうかお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16818023213839297177

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染にぬいぐるみにされてしまった。 イノナかノかワズ @1833453

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画