第46話:鶏すき焼き・婦人警察官佐藤朱里視点
児童公園で保護した女の子の身元は、なかなか分かりませんでした。
身元は分かりませんでしたが、他の事が分かりました。
もしかしたらと思っていましたが、こども病院に入院している間に、保護した子がダウン症候群だと分かりました。
保護した子にダウン症候群という分かりやすい特徴があれば、身元の確認が格段に簡単になります。
それでも思っていた以上に時間がかかってしまいました。
保護した子供から名前を聞く事ができたらよかったのですが、虐待した親をかばっているのか、それとも恐れているのか、何も言ってくれないのです。
「朱里、慌てるんじゃないよ。
この子が幸せになれさえすれば良いんだ。
名前を言いたくないなら言わなくていい、何も話さなくても良いんだ」
天子さんは焦る私を諭すだけではなく、ダウン症の子にも優しく言ってくれます。
身元を探しているうちに虐待された身体が癒えて、天子さんの子ども食堂に一時的な里子として預けられる事になりました。
「ダウン症は合併症が怖いが、先生が徹底的に調べてくれたから、手遅れにならないように早期治療ができる。
身元を急いで調べなければいけない理由はないよ」
天子さんが私の目を強く見て言い切りました。
私が虐待した奴らを罰したいと思っているのを、分かっているのです。
同時に、ダウン症の子が誰かをかばっているのも分かっているのでしょう。
虐待された子の多くが、虐待する親を慕い続ける哀しい現実があります。
そんな現実があるからこそ、助けるべき子供を死なせてしまう哀しい事件がなくならないのです。
「この子の身元はいずれ必ず分かるよ、心配しなさんな。
それよりもしっかり食べて、見廻りの途中で倒れないようにしておくれ」
天子さんは、私の虐待者に対する復讐心を、ダウン症の子に対する愛情のように言ってくれました。
小さな子が相手の時は、虐待する親を断罪して、自分たちが親代わりになると言い切る天子さんですが、あるていど大きくなった子には違います。
虐待する親をかばうとても優しい子には、親を否定するような言葉を使いません。
「はい、いただきます」
最近の子ども食堂は、資金に余裕が出たのも有りますが、テイクアウトやデリバリー用の料理を大量に作り置きしているので、半分ビッフェになっています。
以前から食べ放題だった親鶏モツの甘辛煮とピクルスと糠漬けに加えて、親鶏の各部位を使った唐揚げ、鶏胸肉の各種チキンカツ、鶏ミンチカツ、ローストチキン、各種焼鳥、各部位のハム、チキンスープまで食べ放題になっています。
絶対に食べないと叱られる温野菜、生野菜サラダ、各種フルーツを食べてからですが、好きなだけ食べられるので、体重管理が難しくなっています。
「みんなで一緒に食べたいです」
保護したダウン症の子が小さな声で言います。
分かります、誰かと一緒に食べるのは美味しいです。
ずっと虐待され続けて孤立した状態だった子ほど、心許せる人ができたら、一緒にご飯を食べたがるのです。
ご飯の時だけでなく、常に一緒にいたがるのです。
「天子さん、鶏すき焼き食べても良いですか?」
「それは良いね、材料を渡すから、子供たちの鍋奉行をしてやってくれ。
見廻りは他の奴に行かすから、鍋奉行の方を優先してくれ」
天子さんにそう言われては断れません。
かなり温かくなりましたが、まだ朝晩冷える日が有ります。
今日も少し肌寒くなっているので、鶏すき焼きを美味しく食べられるでしょう。
有名な時代小説では、軍鶏鍋を暑気払いで食べていましたが、子ども食堂では寒い冬に食べる事が多いです。
子供が美味しく食べられるように、モツは入れずにもも肉、胸肉、ささみ、つくね、ネックのような食べ易い部位ばかり入れています。
鶏肉以外には、豆腐、白菜、白葱、玉葱、麩、シラタキが入ります。
子供の苦手な茸類は入れません、茸は鶏モツも入れる大人用に入れます。
ジュウウウウウ
熱した鉄鍋に鶏脂を塗ります。
関西風なので割り下は使いません。
水、日本酒、味醂、醤油、上白糖を鍋奉行の好みでいれて味を決めて行きます。
鍋奉行によっては、鶏脂ではなく皮を最初に鉄鍋で炒って脂をひき、香ばしくなった皮を美味しく食べようとします。
私は鶏皮が苦手なので、鶏もも肉と鶏胸肉は皮引きを使っています。
私の鍋に集まってくれているのは、鶏皮が苦手な子です。
鶏皮が大好きな子は、鶏皮をたくさん使う鍋奉行の所に集まります。
鶏すき焼き独特の美味しい香りが子ども食堂を満たします。
香りに食欲を刺激されたのか、唐揚げ中心の定食を食べていた常連さんたちが、別料金を払って親鶏すき焼きを追加で食べ始めました。
平飼い親鶏は肉質が硬いのですが、太郎さんたちが上手に隠し包丁を入れてくれていますので、子供でも美味しく食べられます。
平飼い親鶏独特の、若鶏では絶対に味わえない濃厚な旨味が口一杯に広がります。
どちらかと言えば苦手だった鶏脂も甘く美味しく感じられます。
春先の若葉を食べているからか、すっきりとした味わいがあります。
などと美味しく食べられたのは、最初の味見だけです。
直ぐに子供たちのお世話で自分が食べる事などできなくなります。
熱しながら食べる鶏すき焼きは、小さい子供たちが火傷しないように、常に気を付けていなければいけませんし、生で食べないように見張らないといけません。
困った事に、鶏は熱が入り難いのです。
先に下茹でしておく方法もありますが、それでは子供たちに料理する楽しさを教えてあげられないと、天子さんたちが言うのです。
「朱里お姉ちゃん、美味しいね!」
鍋の向かいに座っている子に言われました。
お世話している子供に美味しいと言われると、どれほど大変でも鍋奉行が止められなくなります。
自分の作った料理を、満面の笑みを浮かべて美味しいと言ってくれるのです。
火傷するくらい慌てて食べてくれるのです。
私が鍋の前で準備していると、集まって来てくれるのです。
出来る限り美味しく作ってあげたいと思うのです。
煮え過ぎないように、最高の状態に熱が通った具材は、子供たちの取り皿に入れてあげます。
「朱里お姉ちゃん、お肉をご飯に乗せてお汁をかけて」
何度も鶏すき焼を食べた事のある、ある程度大きな子は、十分に鶏の旨味が出た煮汁を、ご飯にかけて食べるのが美味しいと知っています。
「卵はどうする、卵も一緒にかけるか?」
「かけて、かけて」
「僕も、僕も卵のお汁かけて」
「私も欲しい、私もかけて」
たくさんの鶏肉を煮て食べた後の煮汁に、溶き卵を入れて半熟にしたのを白御飯のかけて食べると、最高の玉子丼になります。
煮ておいた鶏肉を白御飯に乗せて、更にその上から半熟に煮た溶き卵をかけると、日本中のどこに行っても食べられない、極上の親子丼になるのです。
「そうか、朱里姉ちゃんが最高の親子丼を作ってやるぞ」
初めて極上の親子丼を食べたからでしょうか、それとも、一家団欒を生まれて初めて体験したからでしょうか、ダウン症の子がポロポロと涙を流しています。
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