第45話:保護・婦人警察官佐藤朱里視点

 児童養護施設で暮らしていた頃はもちろん、施設を卒園して婦人警察官になってからも、ずっとお世話になっている子ども食堂が、大変な事になりました。


 天子さんたちは、児童養護施設や母子生活支援施設に入る事もできない、苦しい状況の子供やひとり親たちに、美味しいご飯をお腹一杯食べさせただけなのに!


 美味しいご飯をお腹一杯食べさせてあげたいと思う心が、少しでも安く作って多くの人に食べさせてあげたいという想いが、とんでもない料理を生み出しました。


 本来は子ども食堂で恵まれない親子に提供するはずの料理が、圧倒的な美味しさと評判で、余裕のある人にも売らない訳にはいかなくなったのです。


 ところが、売っても売ってもお客さんが減るどころか増え続けて、次々と新店を出さなければいけなくなり、莫大な利益を手にする事になりました。

 

 普通なら莫大な利益は良い事なのですが、天子さんたちの子ども食堂は公益社団法人なので、利益が有り過ぎるのも問題になるのです。


 天子さんたちのお陰で一人前の社会人に成れた者たちが集まり、どうすれば良いか相談して、特に公務員になっている者が役所の理論を考えて、何とかしました。


 店員の多くを未亡人や障害者などの社会的弱者にする事で、その事業形態を全国展開する準備金とする事で、莫大な利益が違反にならないようにしました。


 こんな事ができたのも、職員以外の店員が、母子生活支援施設のお母さんかボランティアのおばあさんたちだけだったからです。


 天子さんたちは、最初から苦しい状況の子供たちを助けるために、新しい事業を始められていたのです。


 私も時間の許す限り天子さんたちを手伝うようになりました。

 公務員、それも警察官なので、表立った手伝いはできません。

 だから、私の仕事にも通じている、番犬を連れた見廻りを手伝いました。


 天子さんたちに助けられたお母さんがボランティアで見廻りを行い、母親と母親の恋人に餓死させられかけていた子供たちを救った事は、テレビでも大々的に報じられて有名です。


 その後も、保護者の虐待や同級生の暴力から逃れるために、家出して街を彷徨う子供たちを何人も保護しているのです。


 柏原警察の管内は比較的平和で、私たち署員が行う巡回だけで治安を維持できていますし、子供たちの保護もできています。


 ですが八尾警察署の管内は、署員だけでは治安維持も子供たちの保護の十分ではなく、天子さんたちの巡回が欠かせないのです。


「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン、ウォン!」


 私が巡回を手伝い始めて3日目、八尾市を広く見廻り、子ども食堂までもう少しと言う所で、番犬の秋田犬スオウが激しく吠えた。

 吠えただけでなく、私を強く引っ張った!


 他の見廻り員から色々話を聞いていたので、スオウの好きに走らせて、全力で後を追いました。


 心臓が破裂するくらい速く、どれほど遠くても足を止めることなく走り続ける心算でしたが、スオウの目的は直ぐ近くの児童公園でした。


「クゥ~ン、クゥ~ン、クゥ~ン、クゥ~ン、クゥ~ン」


 スオウが甘えるような声を出してベンチに近づきます。

 ベンチの上には、超大型犬のスオウを超える巨大な犬が寝そべっていました。

 一瞬子ども食堂の番犬かと思ったのですが、違いました。


「あっ!」


 ベンチに寝そべっていたのは、信じられないくらい巨大な狐でした!

 その巨大狐が、私を見た瞬間、信じられない早さで逃げたのです。

 しかも巨大な狐が逃げたベンチには、人が倒れていたのです。


「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン、ウォン!」


 スオウが再び激しく吠えてベンチに登りました。

 登っただけでなく、倒れている人に覆いかぶさったのです。

 私は一瞬で悟りました!


「行き倒れです、急いで救急車をお願いします。

 私は柏原警察署に務める、生活安全課少年係の佐藤朱里と申します。

 私的に見廻りをしていて行き倒れを見つけました。

 懇意にさせてもらっているこども病院がありますので、白髪稲荷神社子ども食堂の名前を出して頂けたら、受け入れを拒否される事はありません」


 私は先に119番通報して、その後で子ども食堂に連絡しました。

 私が見廻り中なのは、子ども食堂の全員が知っています。

 持っているスマホがGPSになっていて、何があっても居場所が分かります。


 今回は子ども食堂から1番近い児童公園だったので、救急車が到着するよりも早く十郎さんが来てくれました。


 十郎さんが持ってきてくれた、とても温かい毛布で行き倒れの女の子の身体を包み、経口補水液を口移しで飲ませました。


 その時にチラリと女の子の肌が見えてしまいました。

 無残な内出血と青痣が身体中にあり、情け容赦のない暴行を受け続けてきた事が、ひと目で見て取れました。


 私も児童養護施設育ちですから、一緒に生活した施設の子供たちの話を聞いていますし、消える事のない傷跡もたくさん見てきました。


 警察官になってからも、数多くの虐待事案を見てきました。

 ですが、これほど多くの生傷と傷跡は初めて見ました。


 昨日今日与えられた生傷だけでなく、以前から繰り返し与えられた傷跡が、消える事なく残っているのです、絶対に許せません!


 私は保護した女の子と一緒に救急車に乗り、こども病院まで付き添いました。

 現役の警察官が、明らかに事件の被害者と分かる女の子を保護したのですから、非番であろうと関係ありません。


 スオウは、十郎さんが子ども食堂に連れて帰ってくれました。

 私が柏原警察に連絡した事で、刑事課の猛者が応援に来てくれました。


 保護した女の子は少年係の対象延齢に見えるのですが、もしかしたら成人かもしれないので、その場合は刑事課の仕事になるからです。

 有り難いことに、女の子は何とか助かりました。


 こども病院の先生が書いてくださった診断書では、予断を許さない、何時死んでもおかしくない重態だったそうですが、先生たちの尽力で助かりました。


 刑事課の猛者と一緒に聞いた、今夜が山ですという言葉に、心の中で白髪稲荷様と天子さんたちに助けてくださいと祈りました。


 お稲荷様が助けて下さったに違いありません。

 児童公園のベンチにいた巨大な狐は、きっと白髪稲荷神社の神使様です。

 可哀想な女の子を見かねて助けに現れたに違いありません。


 ★★★★★★


「まだあの子が誰なのか特定できないのですか?」


 なかなか捜査が進まない事に我慢できなくなり、私が保護した女の子を身元を確認してくれている、刑事課の先輩に聞きました。


「残念だが捜索願いが出されていないようだ。

 あの子が成人で、1人暮らしをしていて事件に巻き込まれたのなら、直ぐに捜索願が出される事はない」


「ですがどう見ても中学生以下にしか見えません」


「未成年だったら、あの傷をつけるような保護者が、あるいは子供が学校であんな傷をつけられているのに見て見ぬ振りをするような保護者が、捜索願を出す訳がない。

 そう思って大阪中の児童相談所や学校に写真を送って身元を確認しているが、どこからも該当者が見つからないのだ」


「では、近県から逃げてきたのではありませんか?」


「そう思って近畿全府県の児童相談所や学校に写真を送って身元を確認している。

 それでも分からなければ、全国の児童相談所や学校に写真を送って身元を確認するから、もう少しだけこども病院の先生にお願いしよう」


「その点は私に任せて頂けませんか。

 体調が戻ったのなら、何時までも病院のベッドを占有できません。

 児童相談所や児童養護施設に手をまわして、子ども食堂で保護してもらいます」


「そうか、子ども食堂の姉御たちが保護してくれるのなら安心だ。

 俺に異存はない、朱里に任せる。

 俺も事情を書いた正式な書類を署長に提出しておくが、朱里も書いておけ」


「分かりました、今直ぐ書いて提出します」

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