若い継母と義娘
第17話:愛情手料理・真野邦康視点
不思議な縁で、子ども食堂という所を知った。
恵まれない子供には、タダでご飯を食べさせてくれると言う。
俺が子供に頃に子ども食堂があったら、姉ちゃんにあんな苦労をかけさせなかったのに、俺たち姉弟は本当に運が悪い。
そう思っていたが、大工仲間に話を聞いて分かった。
子ども食堂が増えたのは最近らしい。
しかも、毎日3度も食べさせてくれる所など、他にはないらしい。
ほとんどの子ども食堂が、月に1度か2度、1食提供する程度らしい。
よほど資金力が有る所でも、毎日1食提供する程度らしい。
俺や姉ちゃんが不運なのではなかった。
この辺の子供が特別運が良いと分かって、悔しい思いを抑えることができた。
両親がひき逃げされて、親戚に邪魔者扱いされながら生きてきた。
姉ちゃんが中学校を卒業してからは、姉ちゃんが育ててくれた。
自分の夢を捨てて、水商売しながら育ててくれた。
姉ちゃんは、新聞配達なんて辞めて勉強しろと言ってくれたけれど、未成年なのに俺を育てるために朝方まで働いている姉ちゃんを見ていて、勉強なんてできない。
少しでも早く姉ちゃんに楽をさせたくて、中学を出て直ぐに大工になった。
勉強ができなくても早く金が稼げる仕事を探して、型枠大工になった。
できるだけ早くお金を稼いで、姉ちゃんがキャパクラを辞められるようにする。
そう思って死に物狂いで働いた、型枠大工以外の仕事も進んでやった。
姉ちゃんが看護師になりたいと思っていたことくらい知っていた。
だけど、姉ちゃんに好きな男ができた。
男も、あんな両親や兄弟姉妹と血がつながっているとは思えないくらい良い奴で、そうでなければぶち殺してやれたのに……
今でも時々思う事がある、あの時、泣き落としてでも結婚に反対していれば、姉ちゃんと2人仲良く暮らしていられたのではないかと……
かわいい翔子がいるから、直ぐに打ち消す事ができるが、それでも思ってしまう。
この世には神様も仏様もいない、何であんなに優しい姉ちゃんが死ななければいけないんだ!
あんな血も涙もない、鬼のような連中がのさばっている世の中なんて許せない!
もし翔子がいなかったら、俺はあいつらを皆殺しにしていた。
死刑なんて怖くない、むしろ姉ちゃんの所に行けるから望むところだ。
翔子を幸せにしなければいけない、翔子を残して無念に死んでいった姉ちゃんの為にも、俺が翔子を幸せにしなければいけない。
そういう思いがわき上がってきたから、あの時我慢できた。
そうでなければ、あの場で全員殴り殺していた。
今でも不意にあの時の事を思い出して、あふれ出す殺意に我を忘れそうになる。
そんな時には、姉ちゃんの忘れ形見である結婚指輪を見て心を落ち着ける。
あの男が姉ちゃんに贈った物だと思うと複雑だが、姉ちゃんが残した物の中には、他に身に着けられるモノがなかった。
キャパクラに務めていた時に客にもらった貴金属は、全部売っていた。
最初は俺の学費にするのだと言って売り、貯金してくれていた。
俺が大工見習になってからは、俺が親方になって店を持つ時の為だと言って、貯金してくれていた。
姉ちゃんがひき殺された時に残っていたのは、結婚指輪だけだった。
あいつらが取り上げようとしたが、本気で殺すと言って渡さなかった。
俺が姉ちゃんの指輪を身につけ、翔子が父親の指輪を身につけている。
「すみません、遅くなってしまいました、翔子はお邪魔していますか?」
独り親方になって、言葉使いを覚えた。
職人同士だと、舐められないように汚い言葉を使うが、施主さんなどのお客さんが相手だと、敬語を使えないと仕事をもらえなくなる。
本当に不思議な縁で、翔子は子ども食堂の女将さんたちと出会った。
幼い頃に両親を亡くした翔子は、母親の愛情を少ししか覚えていない。
ここの女将さんたちは、そんな翔子の母親代わりになっている。
翔子は変わらず可愛いが、姉さんを忘れて女将さんたちを慕うようになると、少々複雑な気持ちになる。
翔子と同じように小さい頃に両親を亡くした姉ちゃんに、女将さんたちのような女性が側にいたら、姉ちゃんは今も生きていて、看護師をしていたかもしれないと思うと、なおさら複雑な気持ちになる。
「いるよ、小上がりで勉強しているから、あんたは飯を食べな」
相変わらず鉄火肌の女将さんたちだ。
今日の女将さんは黒髪なので、黒子さんのようだ。
だとすると、料理に専念しているのは五郎さんだろう。
「叔父さん、お帰りなさい、今中学校の数学を教えてもらっているの!」
翔子がとてもうれしそうに言う。
ここに通うようになって、もの凄く明るくなった。
少し大人しいのが心配だったがが、自信がでてきたようだ。
「すみません、いただきます」
「今日も翔子ちゃんが手伝ってくれたよ、残さず美味しく食べな」
黒子さんたちは、俺にも子供を躾けるような言葉をかけて来る。
最初は少し腹が立ったが、今では何とも思わなくなった。
常連さんお話を聞いていると、俺の祖母でもおかしくない大女将だ。
「ありがとうございます」
翔子が俺のために手伝ってくれた料理だと思うと、それでなくても美味しい料理が、更に美味しく感じられる。
酒を飲めないのだけが残念だが、ここの事を考えれば当然のことだ。
子供たちに安全な場所を作ってやるのだ、酔っ払いなど近寄らせられない。
姉ちゃんと酒癖の悪い親戚に預けられた時の事を思い出せば、当然の決まりだ!
……俺も家では酒を飲まないようにしようか?
上棟式などでは、どうしても飲まないといけないが、翔子をここに預けられるようになったから、酔ったまま急いで帰らなくてもよくなった。
今日は割れ卵をたくさん寄付してもらえたのだろうか?
少し形が悪くて焦げた所が目立つ玉子焼きが主菜で、副菜の茶碗蒸しを温め直して出してくれた、他の副菜は色々な鶏モツの甘辛煮とピクルスと糠漬けだ。
「もしかして、玉子焼きは翔子が焼いてくれた物ですか?」
「そうだよ、玉子焼きもだが、茶碗蒸しも手伝ってくれたし、鶏モツの下ごしらえも手伝ってくれたよ。
あんたが甘い玉子焼きが好きだと言うから、焦げ易いけれど砂糖入りにしたよ」
「そうですか、俺のために甘くしてくれたんですか」
甘いはずの砂糖入りの玉子焼きが、少ししょっぱく感じられる。
うまいなぁ、本当に美味い、姉ちゃんにも食べさせてやりたいなぁ~
次の休みの日に、翔子と一緒に料理をしようか?
翔子が覚えた料理を全部作って、仏壇にお供えしようか?
リリリリリン、リリリリリン、リリリリリン、リリリリリン。
不意に子ども食堂の固定電話が鳴った。
「はい、白髪稲荷神社子ども食堂です」
「お継母ちゃんが、お継母ちゃんが、お継母ちゃんが!」
「直ぐに行くから待っていな、何も心配いらないよ!
そこは谷口郁恵の家だね?」
「はい、はい、お継母ちゃんは谷口郁恵です」
「太郎、次郎、急いで郁恵の所に行ってやりな、私は救急車を呼ぶよ」
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