第9話 隠し事と約束

7月。暑さが強くなってきたある日の晩御飯の時、翔が僕に話し始めた。



「稜太。あのね」

「うん?」

「会社で社員旅行があるんだ。来月、2泊3日で。行きたいけど、稜太が心配。」

「大人だぞ。一人で出来る。行ってこい。」

「本当に大丈夫? 」

「大丈夫。」


――――――その話はそれで終わった。




その後、夏のイベントなど例年同様、2人で出かけた。

本当にいつも通り。いつも通り。


でも、日が近づくにつれ寂しさが募って行った。


日程はお盆を避けた8月1日~8月3日。

たった3日耐えればいい。

なんなら二晩耐えれば帰ってくる…。



――――――――――――そして前日。


僕は無言で隣で横になる翔を抱き寄せた。


「稜太。耐えられる? 」

「ガキじゃねぇ。」

「……行くのやめる?」

「行け。我慢する。待ってる。」

「大人しく待ってられる?」

「うん。」


翔は僕の首元にキスした。


「大丈夫。終わったらすぐ帰ってくるから。」

「怪我すんなよ。走るなよ。足元見ろよ。ちゃんと冷まして食べろよ。…卵落とすなよ…。」

「気をつけるね。」


「……ダメだ。耐えられない。」


僕は翔を抱きしめて震えていた。


「初めてだね。稜太がここまでなるの。」

「俺のただのわがまま。」

「……大人しく待ってて?いい?」

「わかった。」


翔も腹を決めた。



―――――――――――――――翌朝。


キャリーを引く翔を空港まで送った。

その同中、数回キスした。


なんかわかんないけど、したくてたまらなかった。翔の中に吐き出して唾をつけておきたかった。…きっと、本能的に頭がそうなっていたんだと思う。




―――――――――――――――その夜。


「……?!」

「稜太?!…お前、おい?!」


僕は空の店に入ったまではいいが、すぐに倒れてしまった。


「稜太!!…おい?!…」




即救急車を呼ばれ、大きな病院へ。

幸いそこはいつもの病院。夜間の医師がたまたま担当医で、すぐ翔に連絡してくれた。



時間はまだ20時。

翔は最終に乗って飛んでかえってきてくれた。



でも僕は……意識がない。



―――――――――3時間後、翔がキャリーを引きながら病院に現れた。


「……翔くん?」

「はい。」

「あはは…本当に可愛い子だな。」

「あなたは?」

「『そら』。こいつとは高校の時の先輩後輩。…たまたま今日店に来て倒れ込んじゃって今の今まで意識が戻ってない。…なんか溜め込んでんのは知ってたけど、こいつここまでなるのは久しぶりだからさ。」


「…そうですね。…行かなきゃ良かった。」

「社員旅行?」

「え?知ってるんですか?」

「こいつから聞いてた。でもそれだけじゃない。それだけならここまでならない。俺のとこに来れば解決する。」


「……。」

「しかし可愛いな…。」


空は目を輝かせている。


その瞬間、僕は一瞬目を覚まして、


「翔!!」と叫んでまた目を閉じた。


「呼ばれたな。」

「呼ばれた。」

「……なんか呪いでもかけたか?」

「え?」

「こいつが人にここまで執着するの珍しいから。」

「……稜太、僕じゃないとダメだから。」

「すげぇ自信だな。」

「……。」


翔は一度目を閉じてから口を開いた。


「あなたでもダメだった。なら僕しかいない。」

「……知ってるのか?俺の事。」

「スマホ見たから。」

「……そっか。」

「でも、稜太はもうあなたじゃない。」

「みたいだな。」

「……でも稜太、何抱えてたのかな。」

「翔くんで分からないなら俺にもな…。」


「……。」

翔はもう一度目を閉じた。


「……何が見える?」


「稜太、、あなたを求めてます。僕と、あなたと両方。でもあなたが稜太を拒否してる。」

「……翔くんが居るって知ってて、手ぇ出せるか?」

「見えないから出そうと思えばいくらでもできそうだけど。」

「冷める。こいつ、頭の裏側でいつも君を見てる。…君しか見てない。そんなこいつなんか、楽しくもない。」

「今日はありがとうございました。…僕、この人と結婚しました。正式では無いけど、事実婚です。だからもう、稜太は誰にも満たされない。僕以外には満たされない。」

「凄い自信だな。」

「…でもあなたはそう感じたはず。『昔とは違う』って。」

「そうだな…。」



―――――――――空が帰った直後、僕きは目を覚ました。


そしてまた「翔!!…。」と名前を呼んだ。


「居るよ。うるさいな。なんだよ。」

「帰ってきて…かけ…帰ってきて。」

「居るよ。もう帰ってきた。」


僕は翔の手を握ってまた眠りについた。



――翌朝。横を見ると翔が椅子に座って僕のベットで寝ていた。

可愛いのと申し訳ないので、僕が翔の頭を撫でていると翔が目を覚ました。


「おはよ、」

「おはよ。かけ、ごめんな。」

「いいよ。何も無くてよかった。」

「ごめんな。迷惑かけた。」

「いいよ。これが夫婦でしょ?」

「…かけなくてもいい迷惑かけた。」


「なにがあったの?」

「…ここずっと体調おかしかった。立ちくらみ?みたいなのが続いてた。でもたまにだからほっといてた。」

「なんで言ってくれなかったの?」

「すぐに治るし気にしてなかった。」

「ダメだよ!言わないと!」

「ごめん。」

「ちゃんと診てもらって!」



――――――――――――結局、何も出てこなかった。無事、その日のうちに家に戻れた。



「翔、ごめんな。ほんとに。」

「いいよ。僕も心配で気が気じゃなかったから。戻ってくる口実にもなった。……でもさ。」

「うん?」

「僕に隠し事とかしてない?絶対ないって言える?」

「無い。」

「本当にない?」

「ない。」

「じゃあ、あのお店の『空』って人は?」

「高校の時の先輩。」

「それだけ?」

「ちょっとだけ付き合ってた。今考えれば。でも、ほんの少し。5日くらい。あいつがチャラすぎてすぐ別れた。」


「今は?未練とかあんの?」

「ない。」

「誓える?」

「うん。」

「ならいいや。今回のことは許してあげる。でも、もう二度と会わないで。」

「わかった。」

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