悪役の魔皇子に生まれ変わっても僕は、僕を倒す勇者パーティーの彼女たちを守らずにはいられない

名録史郎

第1話


 まさか転生して、すぐに魂が消えかけるとは思わなかった。

 僕は、身に宿す魔力が大きくなるにつれて、

 薄れていく前世の記憶を必死で手繰りながら、書いていく。



「……この物語好きだったんだけどなぁ」



 僕は、自分がたどる運命を書き綴っていく。



「本当にどうしてこうなったんだろう」



 僕が前世を思い出しながら書いているのは、前世で何度も何度も読み返すくらい大好きだった勇者が魔王を倒す物語『勇気ある君が世界を救う希望の光になる』だ。



 まさか僕がその物語の中で、倒される魔王の幼少期、魔皇子ヴィルに転生するとは、思わなかった。



 深海よりも深い青の瞳、血で染まったかのような赤がまざった黒髪。

 口をあければ、尖った牙のような歯。

 邪悪そのものの容姿。



 倒されるべき悪役そのもの。



 救いなのは……。



「まだ、物語が始まる前」



 ということだろう。



 しかも……。



「ヴィル様大丈夫ですか?」



 僕が物思いにふけっていると侍女でサキュバスのキュエラが話しかけてきた。



 小顔で色白な肌。

 短めで艶やかな黒髪と同色の小さな羽がパタパタとはためいて可愛らしい。

 ただサキュバスだからといって、彼女を見てもエロい気持ちになったりしない。


 なぜなら。




「和平のためとはいえ、ヴィル様がこんなものつけないといけないなんて」



 キュエラは、僕の首にも同じようについている首輪を指し示した。



「仕方ないよ」



 僕らの首には、魔力を封じ込める首輪がされている。

 闇属性の魔力のみを完全に封じ込める魔導具だ。

 父である魔王が倒されたときに魔族全員につけることを義務付けられた。



 魔族が人に敗北したこと。


 それと、飼われていることの証。


 つまり、奴隷の身分ということだ。



 そして、物語の最初である僕が覚醒したときに壊れるものでもある。


 僕の首輪が壊れた時、世界は暗黒に包まれ、魔族の時代が始まる。 


 ただし、僕が倒されるまでの、ほんの一時の間だけだ。


 僕が死んだあとは、物語で語られることはない。



 僕の側近として活躍してくれた彼女は、物語の中では彼女は人間に捕らえられたと一言だけ書かれていた。



 数年たつと、麗しき美女になる彼女のことだ。

 捕らわれ、酷い目にあうのだとすれば……。

 考えたくはない。



「人間との和平このまま続くといいですね」



「そうだね」



 物語が始まらないようにしなければいけない。

 もしくは、物語が始まったとしても、結末をひっくり返せるようにしないと……。



 キュエラの純粋無垢な笑顔を見ながら、

 僕は決意を新たにするのだった。



◇ ◇ ◇



「でも、力もなにも発揮出来ない僕に、なにが出来るというのか」



 通うことが許された王都の学園に向かってとぼとぼ歩いた。



 身分は奴隷ではあるものの、誰かに仕えているわけでもなければ、自由に学園に通うこともできる。



 つまり、僕なんてなんの脅威にもならないと思われているのだろう。



 お前をまともな真魔族にしてやるという、人間の王族の優しき傲慢さが見え隠れしている。



「大っぴらに虐待なんかされれば、魔族もおとなしくしているわけないもんな」



 あくまで大っぴらにはの話だ。

 影でこそこそ、嫌がらせを受けるのはよくあることだ。



 僕は、学校の近くになると、フードを目深に被った。



 こそこそとしながら、学校についたとき、端の方に人ごみが出来ていた。 



「や、やめてください」



 叫びにも似た声も聞こえてくる。



 薄汚れた制服を着た、だけど輝くブロンドピンクの髪と翡翠色の瞳をした愛くるしい女の子が、金色の髪をした女の子達に囲まれている。



 いじめか?



 それよりも、あの子の容姿の特徴は、



「もしかして、彼女は……」



 光の聖女アイセ。

 勇者パーティーの一人。

 最高の癒やし手。



 彼女が、勇者に与えた致命傷を何度も回復させる。

 そのたびに、勇者は果敢に魔王に挑むことができ、最後には……。



 魔王である僕を倒すことになる。



 そんな彼女は、泥団子のような物をぶつけられていた。



「ど、どうして、こんなことを……」



 ただでさえ、それほど上等ではない彼女の制服は、茶色く染まっていた。

 投げているのは、女だけでなく、男も混ざっている。



「ここは、あなたのような庶民が来るようなところではないのよ」



 金髪の傲慢そうな高飛車の女が代表して答えた。周りの者も同調するように頷いている。



 嘘ばっかり……だ。



 この学園は、みなに開かれている。

 ただ学費が高く庶民には、払えないというだけだ。



 ただし、優秀な者を集めるために、特待生制度が設けられている。


 つまり、


 彼女は、優秀ということだ。


 そして、貴族の者達は、単純にそれを妬んでいる。



 ああ、なんて醜い。



 貴族の一人が、手のひらから魔法を放とうとする。



 優秀とはいえ、庶民の彼女は、まだ魔法をろくに練習してはいないだろう。



 彼女がここで倒れてくれれば……僕が死ぬことは……。



 そんなことを一瞬考えて、首を振り駆け出した。



「そんなわけにはいかないよね」



 誰よりも、虐げられることの苦しさをわかる僕が、目の前でいじめられている誰かを見捨てられるはずがない。



 アイセを飛んできた炎の魔法から守るため、僕は体で受け止めた。



「がはっ」



 魔力が封じられた僕が、魔法弾を防げるはずもなく、ダメージを受けた。



 あまりの痛さに魂が飛びそうになるがなんとかこらえる。



「えっ?」



 ぽかんと僕を見る彼女。

 どうやらケガはないようだ。



「はぁ、はぁ」



 代わりに、僕は虫の息だった。



「おい、こいつ、いきなり出てきやがったぞ」

「正義の味方気取りか?」

「ねぇ。この人、魔皇子よ」

「ほんとだ。人間の敵じゃないか」

「たしか、人間に手出ししたら、殺されるんじゃなかったかしら?」

「なら、いたぶってやろうぜ」



 鬱憤を晴らすいい的が来たとでも思ったのだろう。

 他の貴族たちも、呪文を唱え始める。



 次々飛んでくる魔法弾を僕はそのまま受けた。



 彼女に放った時以上に、威力が高い。



 我慢、我慢、我慢、我慢……。



 殺してはまずいと思っているのか。

 死ぬほどではない。



 闇の魔力が暴れださないように、必死で押さえ込む。



 いつかは終わる。

 きっと……。

 だから……。



キンコーンカーン。



 必死で耐えていると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。

 始業の鐘だ。



「授業が始まる、そろそろ行こうぜ」

「おう」



 慌てたように、いじめっ子達が校舎の方に向かっていく。



ドサッ。



 僕は、枯れ枝のように、その場に倒れた。


 アイセが、僕の傍に駆け寄ってきてくれた。



「ごめんなさい。ごめんなさい」



 必死で、僕の手を取ると、なみだを流しながら、謝る。



「ケガはない?」



 僕が聞くと、彼女は僕の手を力強く握りしめた。



「私なんかより、あなたの方が」



「いいんだよ。僕なんて」



 どうせ、この世界の悪役。

 排除される異物。

 ならば、この命どう使おうと構やしない。



「それに、このくらいなら、死んだりは……」



 呪われた運命を宿す体だ。

 そう簡単にくたばったりはしない……たぶん。



「私が、この学校なんかに来なければ」



「君は悪くないよ」



 アイセは、悪くない。

 どうして、なにも悪くない側が我慢しないといけないのか。



「あなたはもっと悪くない」



「どうだろうか。僕は魔族だから」



 アイセは、首を振る。



「人や魔族なんて関係ありません。ならばどうして人であるあの人たちは、私を攻撃したのですか。魔族であるあなたは守ってくれたのに」



 アイセの瞳から、静かに涙がこぼれた。

 僕の頬を濡らす。 



「今すぐ優しいあなたの痛みが癒えますように」



 彼女の純粋な願いが響く。


 本当に輝くほどの優しさだ。

 恐ろしい魔族の僕にそう思えるなんて。



 すると、彼女の体が光輝き、穏やかさが僕に流れ込んできた。



「これは……」



 光の覚醒。



 物語の序盤で、彼女がみせる奇跡の御技。



 優しい光が僕を包み込むと、傷を癒していく。



 しばらくすると全身から嘘のように痛みが引いていく。



「本当に……本当に良かった」



 アイセは僕の手を握る。



「ありがとう」



 僕は、素直にお礼を言った。



「こちらこそ、ありがとうございます!」



 ようやく彼女は、物語そっくりの顔で笑ってくれた。



 本当に可愛くて。



 僕は、彼女を守れて、心から良かったと思った。



◇ ◇ ◇



 ある日の実技の授業。

 僕は、魔法を使うことが出来ないので、剣技を選択していた。



 アイセは、魔法の実技。

 貴族の子たちも、さすがに先生の前で、アイセをいじめたりはしないだろう。



 剣技は、頬に傷のある女教官がおしえてくれるらしい。


 生徒たちは、実技の授業だというのに、まともに練習しているのは……

 僕の他は、別のクラスの青髪の女生徒ぐらいだ。



 あれ、あの子の付けてる紋章は、名門アークストリではなかろうか。

 ということは、もしかして……。



「よし。ライミア、前に出ろ!」



「はい」



 ああ、やっぱり。

 勇者パーティーの一人

 剣聖のライミアだ。



 教官は、不敵に笑うとライミアに言った。



「実戦だと、思ってかかってこい」



「は、はい。……だ、大丈夫、ボクならやれる」

 


 ライミアは、ぶつぶつと一人ごとを言いながら、果敢に教官に挑んだ。



 教官は、あっさり避けると、木刀を打ちつけた。



「痛っ!」



 ライミアは、打ちつけられた場所を痛そうにおさえる。



「このくらいのこともできないのかッ!」



 教師の怒号が飛ぶ。

 たった一人の女の子にだけ。



「くっ。くそぅ」



 ライミアは挑むと、そのたびに、酷く木刀で痛めつけられる。



「あっ。うっ」



 ライミアは、痛めつけられるたびにうめき声をあげていた。 



 先生が悪人なのかと言われると……一概にそうとは言えない。

 ついこの間――僕の父の代まで、魔族と人間は戦争していたのだ。



 戦場に行った時、弱き者の命など、紙切れよりも軽い。



 つまり、ここでのしごきが、命の明暗を分ける。



「素振り、あと百回だ」



「は、はい」



 先生の熱血指導は、ある意味、期待の裏返しともいえる。



 ただ



「くすくす」

「あーかわいそう」

「なにあれ」



 ボロボロになるまで、鍛えられてる姿は、普通の人間にはいじめられているように見えるだろう。

 本当は、みなの方が、先生に期待の欠片もかけられていないだけだというのに。



 本当は逆であるのに、みんなに見下されているのは、



「うっ。くっ」



 心が折れることだろう。



 ライミアは、泣きそうに顔を歪めながら剣を振っていた。



 ここで、心が折れてくれれば……僕が勇者にはなつ渾身の一撃を防がれることには……。



「先生! 僕も鍛えてください!」



 僕はそう思っていたにもかかわらず、そんなことを口走っていた。



「ほう? お前は、噂の魔皇子だな。そんなに私のしごきが受けたいのか」



「はい。そうです」



「なぜだ?」



 僕は自分の首輪を指さして見せた。



「僕は今、魔法が使えません。せめて、剣だけでも強くなりたいと思います」



 先生は僕を見て、にやりと笑った。



「いいだろう。剣を振ってみろ」



「はい!」



 僕は言われ通りに剣を振ってみせる。

 教官は、僕の剣筋を鼻で笑った。



「お前は才能がないな。素振り千回だ」



「はい!」



 僕は、できるだけ元気に返事をすると、素振りを始める。



「馬鹿じゃないの」

「才能ないのに、あんなに必死でやって」



 野次が、ライミアから僕に移った。



 僕は無視して、素振りに集中した。



 ときおり、先生に叩かれるが、そこは力みすぎていたり、力が入りすぎている部分で、意識して振るようにすると、剣筋が良くなっていくのが分かる。しかも、痛みはくるが、体を壊したりしない絶妙な力加減だ。



 やはり、この女教官は相当腕が立つのだろう。



 僕が必死に剣を振っていると、



「どうして?」



 となりの、ライミアが声をかけてきた。

 僕は笑って答えた。



「才能がないんだって」



 千回ぐらい振らないと、身につかないのは自分でもわかってる。



「そうじゃなくて、なんでボクと一緒に付き合ってくれるの」



 そういえば、彼女はボクっ子だったっけ。



「一緒の方がいいよね?」



 一人より、二人の方が辛いことも乗り越えられる。

 一番辛いのは、辛いことを共有できる誰かがいないことだから。



「一緒に強くなろうよ」



「うん! なろう! ボクがんばるよ」



 彼女の目に、見る見る輝きが戻っていく。

 背筋がピンとのび、振り抜く剣に力強さが宿った。



 物語の中で、彼女はいつだってまっすぐ未来を見つめていた。

 快活な彼女につらそうな顔なんて似合わない。



 僕は隣で、素振りをしながら、凛々しい彼女に目を細めた。



◇ ◇ ◇



 ある日の放課後、僕が片付けを押し付けられて、教室にやってくると泣きながら、居残りで宿題をやっている女の子がいた。



 黒髪おさげ、眼鏡の女の子シエルだ。



 彼女もまた勇者パーティーのメンバー。

 天才魔導具発明家だ。



 無視する……なんてこと僕にできるわけもなく、声をかけた。



「なにしてるの?」



「課題がわからなくて……」



 シエルの前には、真っ白のままの課題があった。



「どこが分からないの?」



「……全部」



「そっか」



「笑わないの?」



「笑わないよ。誰にだって出来ない事もあるよ。僕だって魔法使えないし」



「でも、その首輪の所為でしょう。本当は……」



「いいんだ。この首輪をとるつもりはないし、そんなことより課題をやろう」



 僕は、無理やり話題を変えた。

 彼女が解いているのは、魔法理論だった。



「ここは、公式を使うといいよ」



 僕がそう言うと、シエルは悲しそうな顔をした。



「あたし、物覚えが悪くて……」



 教師に覚えるまで書けと言われたのだろう。

 ノートに公式がびっしりと書かれている。



「ゆっくり口に出して、公式を唱えてごらん」



「えっ。うん」



 彼女は魔力を込めずに呪文を唱え出す。



 彼女の声音は、まるで女神の調べのように美しかった。

 何度も何度も唱えるうちに、彼女はノートを見ずに、公式が言えるようになっていった。



「あっ。なんか頭に入ってくるよ」



 彼女は、きっと耳型の暗記が向いている。

 物語の中で誰よりも頭が良かった彼女が、物覚えが悪いなんてはずがない。



「まだわからないところある?」



「このあたりが、よくわからない」



「どれどれ?」



 彼女が指し示したのは、少々演算が必要な呪文だった。

 僕でも、パッと答えがでてきそうにない。



「僕も教科書見ながらじゃないとわからないな。一緒に勉強しようよ」



「えへへ。うん!」 



 彼女は将来天才魔導具職人になる。

 きっかけさえ掴めば、彼女は羽ばたけるどこまでだって。



 たとえ、僕の魔法が全部塞がれてしまう魔導具が発明されるのだとしても。



 花咲く才能を見てみたいと思った。



◇ ◇ ◇



 物を隠されたり、いじめられることはあるけれど、それなりに緩やかに、時が流れたある日のこと。



 なんというか兆しを感じた。



 物語が動き出すそんな予感。



 それから、今までのことを思い出す。



「ああ、なにやってるんだろう」



 僕は、思わずそんなことを呟いた。



  アイセは、光の魔力に目覚め。



  ライミアは剣の道をまっすぐ進み。



  シエルは魔術の開発に取り組み始めた。



 しかも。



「まだ物語も始まってもいないのに」



 彼女たちの物語が始まるのは、僕が魔王に覚醒してからのはずなのに。

 もう十分、覚醒した後の僕の障害になるほどに成長してしまった。



「これで、最後に勇者が揃った日には」



 もう、結末を覆すのは、不可能だ。



 僕は思わず、そんなフラグを立てた。



「見つけたぞ、魔皇子」



 声が聞こえた方を振り向いた。



 太陽のように輝く金色の髪。

 誰よりもかっこいい主人公。



 僕の前に、勇者フェリクスがいた。



「物語が始まる前に、倒してやる」



 光の力を宿した剣が僕に迫る。



 僕は、自分の剣で受け止めた。



「なんで、僕の命を狙うんだ」



「なんでって、お前は魔王に覚醒するだろう」



 まるで確定事項のように彼はいう。

 つまり彼は、物語を知る者。



「転生者」



 僕と同じ世界からやってきた者。



「ということは、お前もか。ははは、悪役になった自分を呪うんだな。おとなしく死ね」



 毎日毎日、死ぬ気で振ったというのに、なんとか押し返すので精一杯だ。



 強いッ!



 このままでは、殺される。



 僕は、思わず首輪に手をかけた。

 いまの魔力量ならば、首輪を壊すことはできる。



 だけど、それは、物語の始まりを意味する。



「邪悪な魔族など、死に絶えてしまえ」



 ああ、そうだ。

 僕だってそう思っていた。



「君は知らないんだ」



 だけど、僕は知っている。

 物語の裏側に隠された本当の真実を。



『人間との和平このまま続くといいですね』



 キュエラの……魔族達の心の底からの願い。

 奴隷の立場になっても、そう言える心の美しさを。



 僕は首輪に手をかけようとして、離した。



 僕は、魔王になる者。

 王たる者。

 君たちが、優しくありたい、そう願うのなら。

 力でなくて、優しさで君たちを守ってみせる。



 ドクドクと鳴り響く心臓が、力を剣に伝えてくる。



 渾身の力を込めると、僕はフェリクスの剣を弾き飛ばした。



「こいつのどこに、そんな力が、だがッ」



 フェリクスは手を掲げると、素早く呪文を唱えた。



「しまっ」



 僕の前に、強力なファイヤーボールが飛んできた。


 僕の目の前に割り込むように何かが飛んできた。


「障壁」



 とんできたファイヤボールが僕の目の前で霧散する。

 僕の前に六角形に展開された魔法障壁が展開されていた。



「やった。うまくいった……」



 自信のなさそうなシエルの声が聞こえてくる。


「シエル!?」


 どうやら、ファイヤーボールは、シエルの魔導具が防いでくれたらしい。



 フェリクスは、すばやく剣を拾うと、気の抜けた僕に、斬りかかってくる。



 ギンッ!



 何者かが、僕の目の前に割り込み、フェリクスの剣を受け止める。



「ボクが来たからには大丈夫さ。剣術なら負けないよ」



「ライミア」



 僕の代わりに、ライミアがフェリクスに相対する。



 くらりと、倒れかかると、後ろから誰かが支えてくれた。



「ヴィル君、大丈夫?」



「アイセ、ありがとう」



 アイセは、癒しの魔法を使うと、僕の体を癒してくれる。



 その姿をみて、フェリクスが動揺したように声をあげた。



「な、なんでお前たちがそいつの味方をするんだ」



「ヴィルは、ボクたちが本当に辛かった時助けてくれたんだ。助けるに決まってるだろう」



 ライミアが代表して答えてくれた。

 アイセと、シエルも大きくうなずいた。



「そいつは、邪悪な魔王になるんだぞ」



「なるわけないよ。だって、ヴィル君は私を身を挺して守ってくれたもの」



「うん。その通りだよ」



 アイセとシエルも答えてくれる。


 僕は、胸の奥が熱くなってくるのを感じた。



 納得いかないのかフェリクスは顔を真っ赤にして、胸から本を取り出した。



「これが動かぬ証拠だ」

 


 僕書いたモノと同じように書かれた物語の本だった。

 きっとフェリクスが書いたのだろう。



「これは、予言書だ。これに、これから起こる全てが書いてある。俺はそれを防ぐためにお前を倒す」



 僕にとっては、自分がそうならないように書いた戒め。

 彼に取っては、輝かしい栄光の物語。



 フェリクスの体が、勇者の力で光り輝く。

 フェリクスは閃光のような速さで踏み込むと僕に迫った。

 


キンッ!



 澄んだ金属の音が響く。



 勇者の剣を僕とライミア二人で受け止めた。



 一人で無理でも、一緒に強くなった

 ライミアとなら、受け止められる。



「まだ邪魔するのか」



「ヴィルを倒させたりしない!」



 ライミアが大きな声で言った。



「そいつはこの地に最悪をもたらす魔王になる。だから、そこをどけッ!」



「どかないね。ボクが守りたいのは、世界なんかじゃない。大切な友達だ」



 身を挺して勇者を守った時のセリフを彼女は僕の為に使った。



 フェリクスは、光のエネルギー弾を放つ。



「今度は、あたしが」



 いくつもの展開させる魔導具が、光の魔法を霧散させていく。



「癒しの力よ。みんなを守って」



 アイセの祈りが、僕とライミアの疲れを癒していく。



 これなら、無限に戦えそうだ。



「お前たちは、俺を支えるんじゃないのかよ!?」



 剣技は二人で押さえ込み、魔法は障壁で守られる。

 傷は瞬く間に癒え。



 無敵の勇者パーティーが、魔王になるはずの僕を守っていた。



 完全に、彼の詰みだった。



 力の差が分からないほど、彼は愚か者ではなかった。



「覚えてろよ」



 完全に不利を悟った彼は、捨て台詞を吐いて、逃げていった。



「ははは、覚えてろか……」



 僕は、彼の言葉を頭の中で繰り返す。



 忘れるわけがない。

 彼になら倒されてもいいと思えるほどに、

 僕がなりたかった大好きな主人公なのだから。



 僕は、その場にへたり込んでしまった。



「大丈夫?」



 アイセが潤んだ瞳で僕を覗き込んできた。

 思わず吸い込まれてしまいそうなほどの美しい瞳。 

 


 ああ、なんて可愛らしいんだろう。



 隣を見れば、同じようにへたり込んでいるライミアがニヤリと笑った。



 ものすごく元気になる。



 シエルを見ると、照れたように、えへへ、はにかむ。



 ああ、本当に魅力的な女の子たちだ。



 素直にそう思ってしまう。



「やっぱり僕も男の子だからね……」



 可愛い女の子に囲まれて旅がしたいなんて思いもあるよ。



 だけど……



 それ以上に、



 大好きな物語の登場人物である彼女たちが、



 幸せになってほしいんだ。



 だから、

 本当は……。



「僕なんか、本当はいない方がいいだろう」



 彼女たちの人生に光が差し込むためには、闇そのものである僕なんか必要ない。

 そのはずなのに。



「そんなこと言わないで!」

「一緒に強くなろうっていったろ」

「君がいなくなったら、寂しいよ」



 三者三様の言葉が、僕の胸にしみこんでくる。

 目から涙が溢れてくる。



「僕はいずれ魔王になるかもしれないんだよ」



「「「そんなの関係ないよ」」」



 僕は、なみだを拭いて前を向いた。



 もしも、君たちの幸せのために、僕が必要だと言ってくれるのなら。



 どんな悪役の人生だって、精一杯、生き抜きたい。



 そして、すべてを抱かえて歩んでいこう。

 そう、思うんだ。

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悪役の魔皇子に生まれ変わっても僕は、僕を倒す勇者パーティーの彼女たちを守らずにはいられない 名録史郎 @narokushirou

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