第14話 血の渇望

「これは普通、雑魚の絶望を見る時に使うんだが――今回ばかりは違う。俺はアンタに敬意を表する。だからこそ――


体から煙を発している。皮膚の表面は心臓のように脈動を繰り返している。明らかにおかしい。明らかに異常。


フランシスは少しの間だけ固まっていた。だがすぐに構え直す。いつもの構え。自分が最も信頼する構えを。



――ドクン。一際大きな心音を皮切りに、フランシスの耳にも届くほどの大きな鼓動が始まった。


皮膚に蜘蛛の巣のように血管が浮き上がる。血の鮮赤が皮膚というフィルターを通しても貫通する。


筋肉はパンプアップ。脂肪は薄くなって筋肉が皮膚を通してもよく見える。体格はフランシスより少し小柄くらいだったはずが、今はフランシスを見下ろすくらいにまで大きくなっていた。


目は充血。白目の部分が掻き消えるほどに毛細血管が膨張。吐き出す息は人間の出す物とは思えないほどに――。




――その姿はまさしく『異形』であり『怪物』。『化け物』と呼ぶにふさわしい形と成り果てた。


「ふぅぅぅぅ……!!」


体は赤熱しているかのように真っ赤。血走らせる――なんて表現も生ぬるい程に目は赤い。


「なんだ……それは……!?」

「――『渇望かつぼう』。ジジイはそう言ってる」

「血の渇望……?」

「見るより――感じた方が早いだろ?」




――瞬間移動。少なくともフランシスの目からはそう見えた。5m以上あった互いの距離は瞬きするよりも早く消え去る。


「――――!?」

「防いでみろ」


防御――ギリギリ。ギリギリで間に合う――が。


「ぐぉ――ぉ――!!??」



防御は間に合った。だが意味がなかった。体は6メートルよりも遠く殴り飛ばされる。水切りのように地面を跳ねながら壁へとぶち当たった。


視界が揺れている。意味が分からない。防いだ。そして踏ん張った。見た目からして異形。警戒はしていた……はずだ。


なのにどうだ。防御ごと殴り飛ばされたのだ。しかも世界チャンピオンを、だ。もはや格闘技やら武術やらなんてレベルじゃない。――生物としてのレベルが違う。


「いっ……っっっぅ」


左前腕は真っ青になっていた。骨は完全にへし折れた。下手すれば砕け散っている。


「っっっ――クソっっ!!」


地面に額をぶつける。気合い注入。残った右腕を前に構えた。


「そうだよなぁぁ。そうこなきゃ面白くねぇよなぁァ。いいぜ……いいぜ!!壊れてくれるなよチャンピオン!!」






血の渇望。魘魅の名を冠する者が代々受け継いできた特異体質。


心臓は車で言うところのエンジンに相当する場所。エンジンが大きければ大きいほど馬力は上がってパワーを出せる。


魘魅の持つ心臓の大きさは常人の。例えるなら軽自動車にロケットエンジンを詰め込むようなものである。


更にはこれまた特異体質として、不整脈や心不全などの心臓に関する異常をことができるのだ。つまりデメリットすら帳消しが可能。


そして魘魅は自身の心拍数とアドレナリンの排出量を自在に操れる特異体質も持っていた。


心拍数が上がれば、体内により多くの酸素を供給できるようになる。アドレナリンを大量に放出すれば、筋力や集中力、判断力を大幅に向上させ、潜在能力を最大限に引き出すことができる。



「――戦うために産まれてきた生物。といったところか」


老人が呟いた。


「特に魘魅は歴代最強。この儂すら大きく上回る強さだ。もはやこの地球上で戦える人間はおらんだろう」

「相手も気の毒だな。よりにもよって最初の相手が魘魅だなんて」

「まぁこれも運命」

「むしろ『血の渇望』を引き出すまで追い詰めたのを褒めてやろうじゃないか」


死体はどこかへ消えていた。片付け終わったのだろう。なんて素早い処理。この男たちも只者ではない。


「虐殺か……それとも鏖殺か。考えるだけでワクワクするよなぁ――魘魅よ」

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