第11話 ハイスペック
挨拶がわりのジャブ連打。右、左、そして右。ヘビー級ながら、ライト級にも劣らぬ速度のパンチを繰り出す。
――左、右、そして左。本気では無いとはいえ、素早いジャブを難なく躱された。
「ひひ――」
左のハイキック。狙うは顔面。だが見え見えの攻撃はフランシスに当たらない。体を逸らせて回避する。
逸らした体は反動という名の力が溜まり、フランシスのパンチ力をさらにアップさせる。相手はハイキックで片足1本攻撃を避ける手段はない。絶好の的だ。
相手の顔面に右ストレートを――
「っ――!?」
――先に攻撃が当たったのはなんと魘魅。片脚立ちの体勢からボディへ拳を打っていた。
(こいつ……とんでもない体勢のクセになんて重い一撃を……!!)
パンチは体幹と両脚の支えが要となる技。魘魅が放ったボディへの一撃は明らかに『支え』の部分が欠如している。
つまるところ体の回転のみで打った一撃。普通ならバランスもとれずに威力も出ないはず。しかしフランシスの腹部には染み渡る痛みが断続的にやってきていた。
「こんな『変則パンチ』体験したことねぇだろ?なぁチャンピオン――!!」
上から下へ振り下ろす蹴り。かかと落としのつま先バージョン、といったところか。人外的な体幹を存分に使って攻撃してくる。
避ける――しかし攻撃は止まない。回し蹴りから前蹴りを2発。空中へと飛び上がり前宙しながらかかと落とし――。
まるでゲームみたいな挙動だ。それでいてゲームのように素早い。普通なら蹴り技には隙が生じるはずだが、後隙をスキップしているかのように高速で攻撃し続ける。
隙を付いて攻撃しようとしたフランシスも、こうも絶え間なく攻撃されては反撃のしようもない。回避に集中、防戦一方となるばかりだ。
「くっ……!」
「どうした!?ビビってんのかよ!?殴り返さなきゃつまらねぇだろ!?」
右脚の回し蹴り。回避した瞬間――後ろから鈍い音が聞こえた。
(こいつ――コンクリートを壊しやがった!?)
コンクリートの柱には大きなヒビが入っていた。素手でコンクリートを壊す――確かに人間とは思えないパワー。
だが本質はそこじゃない。もっと魘魅には優れた能力がある。そこに気がつくのは1秒後。きっかけは驚きで一瞬固まったフランシスに与えた攻撃だった。
「――――!?」
蹴りが来た。真正面から足の甲がやってきた。優れた反射神経でかろうじてガードするも、ガードした前腕が赤くなる。
「お――まえっ――!?」
「ははは!!鍛え方が違うんだよ『格闘家』って奴とはな!!」
魘魅は柱に垂直に立っていた。蹴ったのは軸足だったはずの左脚。
「な、なんだそれ!?」
「簡単なことだ。ロッククライミングは指の力だけで崖を登るだろ?同じこと――違うのは今使っているのが足の指ってことだけだ」
魘魅の驚異的なバランス能力は、体幹による影響も確かにある。だが1番の理由は『足の指の力』である。
化け物じみたスピードは足の指の力で加速しているだけ。バランス能力も指の力で体重を支えているだけ。シンプルながら誰にでもできる芸当ではない。
それでいて足の指で散髪ができるほどに器用。器用さとパワー、これら2つを手にしている魘魅にとって、壁に立つなど階段を上ることと同じことである。
「やはりお前も
――柱をむしり取ってばら撒く。ほとんど粉状となったコンクリートは煙幕のようにフランシスの前を塞いだ。
視界は目隠しをしたかのように閉ざされる。頼れるのは音。しかしその音も――速すぎては意味がない。
砂となったコンクリート片から飛び出す拳。それは空気を切り裂く威力。周りの粉をもかき消す力。当たれば1発ダウンは確実。
そんな拳が迫る。迫っていく。反射神経で避けられる代物じゃない。拳が狙うはただ一つ。フランシスの顔面――。
――避けた。拳は頬を切って、空を叩く。そのままの勢いで前へと出てきた魘魅にボディブローを叩き込んだ。
「が――ぁ――!?」
世界チャンピオンのボディブロー。その拳は魘魅の体を浮かせた。
2発目の追撃はバックステップで回避される。しかしダメージは絶大。胃の内容物が行き場所を求めて逆流しようとしていた。
ギリギリで吐かずに耐える。並の鍛え方をしていない魘魅だからこそ、この程度で済んだのだ。普通の格闘家なら吐きながら痛みで転げ回っているところである。
「目隠しか――
「ぐふっ……!」
反射神経じゃない。言うなれば『経験』から導き出された『予測』だ。何度も何度もやってきた喧嘩。それが今のフランシスを支えている。
「喜べ小僧――俺が楽しさを教えてやる」
「はは――いいね。面白くなってきた」
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