第8話 始まったばかり

「――しゃあ!!さっすが姉ちゃん!!」


姉の勝利に浮かれて立ち上がる蓮花。


「なっ――剛毅が――瞬殺――!?」


女は驚いていた。驚きのあまり美人だったはずの顔が崩れている。


「おいおい……どうやら裏格闘技最強の男はただのより弱いらしいなぁ」

「くっ……」


さっきの当てつけのように強調して喋り、さっきの当てつけのようにドスンと座る。


「やっぱり姉ちゃんが最強だ!賞金はいただきだな!」

「ふん……どうかしらね」

「なんだ負け惜しみか?」

「さっきからムカつくやつね!」






時間にしてわずか数秒。いきなり1人脱落。その情報は迦神リングを通して選手に知れ渡った。


「黒木花音……ね。あの少女か」


駄菓子屋の前。190に届く長身に長い手足。金の龍が描かれたショーツ。そして戦えるとは思えないほど優しい顔。そんな男がラムネを飲んでいた。


日本人……ではなくタイ人。気の抜けた男であるが、その実『ムエタイの神』と呼ばれるほどの強者である。


名はブラカーン・マックサック。祖国タイでは負け無し。アメリカに渡ってからもあらゆる強者を倒してきた猛者だ。


「こりゃうかうかしてられないな――アートのためにも」


ブラカーンには最愛の息子がいる。名前はアート。妻は2年前に病気で死亡。その後は男手1つで育ててきている。


自分の命よりも大切な息子のために。息子が誇れる父親になるために。ブラカーンはこの戦いへと参加したのだ。




「――へぇ息子がいたのか」


――男が物陰からスっと出てきた。白い道着を着た男だ。


「オ・イジュンだな」

「知ってるのか。ムエタイの神に知られてるとは光栄だ」

「……君とは戦いたいと思っていたからね」



オ・イジュン。韓国のテコンドー選手。イケメンで甘い声。有名大学を出るほどの頭脳。なおかつムキムキの体。まさに文武両道。下手なアイドルよりも有名な男だ。


少年時代から頭角を現しており、オリンピックでは最年少で金メダルを取っている。現テコンドー選手でこれ以上の強さの者は見られない。



そんな最強2人。見てわかる通りの共通点がある。それはだ。ムエタイとテコンドー。どちらも脚が重要となる。


2人はシンパシーを感じていた。己の脚を確かめるにはコイツしかいない。恋にも似た感情だった。


「いい……いいな」

「俺もだよブラカーン。ずっとあんたとりたかった」

「今なら存分に戦れるぞ」

「そうだな」


2人はゆっくりと歩み寄っていく。ゆっくりと。踏みしめるように。






「今度は脚対決か……どっちが勝つかなぁ――やっぱり体格的にはブラカーンだよな」


姉が勝った安心感からか、蓮花は少し興奮気味であった。


「……ふん。体格程度で決まる戦いなら戦うまでもない。だから格闘技は面白いのよ」

「じゃあアンタはイジュンが勝つと思うのか?」

「そうね」

「なんで?」

「長年の感……かしら」

「さっき勝敗見誤ってたくせに」

「――いちいち癇に障るガキね!」






距離は1mを切った。もうお互いの脚は届く。いつでも蹴れる。いつでも殴れる。いつでも戦れる。


「さぁ始めよう」

「あぁ――忘れられない戦いにしよう」




――鋼鉄のような。鋼と鋼がぶち当たるような音がした。


お互いに下段蹴り。ぶつかったのは脛と脛。威力と衝撃は画面越しにも伝わった。


「っ――」

「ははっ――」


2度目のぶつかり合い。見てるだけで脛がズキズキと傷んでくる。だが本人たちはもっと痛いはず。なのに表情は変わらず煌々としたまま。


3度目のぶつかり合い。

4度目。

5度目。

6度目。


いくら戦えるのが嬉しくても、ダメージや痛みは必ずやってくる。先に根をあげたのは――イジュンの方だ。


7度目の蹴りをバックステップで避ける。


「流石に硬いな……」

「鍛えてあるからな。――を」


ぶつかり合いはイジュンの負け。だが戦いは始まったばかり。本番はここからである。

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