(……だよな。何かおかしいと思った)

 映画でも見るように『記憶』を眺めていた翔としての意識が、そのあたりでふと浮上する。

(基地のカフェテリアにいた女が、民間人のはずないじゃん)


 つまりレックスは知らなかった。――気づいてなかったのだ。

 彼女もまた嘘をついてたことを。


 チェルは民間人じゃなかった。被占領地クライス出身の、徴兵された兵士だった。

 正直に話したら気まずい思いをさせるかもしれない。あるいは差別を受けるかも――そんな不安から素性を隠していたのだ。


(あれ――でも別にそんなん問題なくね?)

 レックスはそんなことで相手を差別するやつじゃないし。何でダメなんだろ?

 疑問に答えるように、ぽんと頭の中に単語が浮かぶ。


 自由騎士党フリーナイツ


(――――あ……)

 突然出てきた名前に、またしても新しい『記憶』がよみがえった。

 パクス連邦が殲滅を目指して血眼になっている、海賊の名前。

(でも……え? なんでここで海賊?)


 チェルの声が答える。

『軍から徴兵の招集状が来たとき、すごくショックだった。軍人になんかなりたくなかったから。わたしは普通の子供でいたかった。……でも、拒否することもできない。……知ってるでしょ? そんなことすれば家族にまで悲惨なことが起きる』


 レックスの告白を受けた彼女は、自分の秘密を淡々と話した。


『いやでいやで仕方がなかったとき、同じように徴兵の決まった子供を持つ親の間で、ひとつの噂が流れたの。自由騎士党フリーナイツが助けてくれる。これまでそうやって徴兵から逃げた子供が大勢いる――って』


『みんなが言うには、彼らは傭兵みたいな人達なんだって』


『連邦政府や、軍と対立する人達のために、有償で武力を提供する組織』


『徴兵された子供達の親が、みんなでお金を出し合って自由騎士党フリーナイツを雇ったの。子供達を基地に連行する軍艦をハイジャックして、ポリス同盟に所属するコロニーに避難させてほしいって。……子供を兵士にはしたくないからって』


『でも軍は彼らに海賊のレッテルを貼った。報酬と引き替えに子供達を同盟側のコロニーに連れて行くのは人身売買だって主張して』


『軍の討伐部隊が追ってきて、わたし達、捕まっちゃった。あとちょっとで自由になれるとこだったのに……!』


『その部隊を率いていたのが』


『レックス・ノヴァ』


 レックスは何度か海賊討伐の先頭に立ってたって、レーヴィ大佐も言ってた。

(マジかよ!? なんだその最悪の巡り合わせ……!!)


 ちなみに――『記憶』によれば、話を聞いたレックスは目の前が真っ暗になった。

 あいつの感覚では、保護したつもりだったから。

 海賊が人身売買目的で、子供達の乗る軍艦をハイジャックしたから、それを討伐してみんなを助けたとばかり思っていた。


 でもチェルの話を聞いて、自分が上層部にだまされていたことに気づいた。

 結果として、自分が保護・・した子供達は、予定通り新兵として軍の基地に送り込まれ、訓練を強制され、無理やり実戦に投入された。


 そのうちのひとりがチェルだった。

 そう気づいて、レックスは愕然とした。

 何も言えずにいると、チェルが泣きながら感情を爆発させた。


『わたしは死にたくないし、人を殺すのも絶対にいや! 軍人になんかなりたくない……!』


『許さない――あなただけは、絶対に許さない……!』


 そのとき、レックスは知ったんだ。

 英雄、英雄ってもてはやされてるけど、少なくとも戦争を嫌うチェルにとっては人殺しでしかなくて。おまけに普通の女の子でいたい彼女にまでその道を強制した、憎むべき仇なんだってことを。


 誰に何て思われようとかまわない。

 でもチェルだけは――彼女にだけは好かれたかったのに。

 なのにアウト。失恋。超失恋。それはもう完膚なきまでに無残に。

(うわー……)


 そしてその直後、レックスに自由騎士党フリーナイツの残存勢力を討伐するよう命令が下った。


(――――――え?)


『記憶』の告げる無情な事実に息を呑む。

(ってことは、レックスが海賊に半殺しにされたのって……)

 頭の中を流れていく記憶をたどって確信した。


 拒否することもできず、命令に従った――その作戦行動中に、レックスは自由騎士党フリーナイツに集中攻撃され、ダブルナインを撃墜された。


 連邦軍が海賊と呼ぶ勢力。だけど実際にはちがうかもしれない……

 その迷いが戦闘中の隙を生んだ。

 そして自分が死ぬと知った瞬間、このままでは死ねないと、魂をふりしぼるように願った。


 チェルを兵役から解放しなければ。

 その手を血で汚さずにすむように、どこか遠くへ逃がさなければ。――ポリス同盟へ連れていかなければ。


 レックスは強く、深く、そう切望した。

 だから――その尋常でなく激しい希求が奇跡を起こした。


「――――――…………っっ」


 突然、おおよそのことを理解した。

 ここはオレの死後の夢なんかじゃなかった。

 この世界は実在していて、本物の『レックス』は死んだ。


 そいつはチェルを助けるまでは絶対に死ねないと思ってて、その執念が、時代か、あるいは空間のちがう世界にいたオレの魂を、死ぬはずだった身体に引きずり込んだ。


(たぶん……たぶんだけど、オレが事故で死んだか、死にかけたかの瞬間と、たまたま何かのタイミングが一致したんだ――……)


 レックスにとってはものっそい気の毒なことに、その瞬間代わりに引きずり込める魂が、オレしかなかった。


(だってそうじゃなきゃ、オレなんか選ぶはずないしー)

 って思いはあったものの。


 色々と事情を知って、納得して、それから「まぁやってやるか」って気になった。

 レックスのめっちゃ切ない記憶と、焦げるような想いに、胸を打たれまくったから。

 それに他にすることもないし。オレ、英雄だし。無敵だし。


(ここに来てからずっと、いい思いをさせてもらったしな。やっぱ恩返しくらいはしないと!)


 チェルを軍から解放して、どんなに時間がかかっても謝り倒して、許してもらう。

 それが、今この瞬間からオレの目標になった。

 どんな希望でもかなえてやる。できる限りのことをする。


 それがレックスの望みなら――――

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