2
(……だよな。何かおかしいと思った)
映画でも見るように『記憶』を眺めていた翔としての意識が、そのあたりでふと浮上する。
(基地のカフェテリアにいた女が、民間人のはずないじゃん)
つまりレックスは知らなかった。――気づいてなかったのだ。
彼女もまた嘘をついてたことを。
チェルは民間人じゃなかった。
正直に話したら気まずい思いをさせるかもしれない。あるいは差別を受けるかも――そんな不安から素性を隠していたのだ。
(あれ――でも別にそんなん問題なくね?)
レックスはそんなことで相手を差別するやつじゃないし。何でダメなんだろ?
疑問に答えるように、ぽんと頭の中に単語が浮かぶ。
(――――あ……)
突然出てきた名前に、またしても新しい『記憶』がよみがえった。
パクス連邦が殲滅を目指して血眼になっている、海賊の名前。
(でも……え? なんでここで海賊?)
チェルの声が答える。
『軍から徴兵の招集状が来たとき、すごくショックだった。軍人になんかなりたくなかったから。わたしは普通の子供でいたかった。……でも、拒否することもできない。……知ってるでしょ? そんなことすれば家族にまで悲惨なことが起きる』
レックスの告白を受けた彼女は、自分の秘密を淡々と話した。
『いやでいやで仕方がなかったとき、同じように徴兵の決まった子供を持つ親の間で、ひとつの噂が流れたの。
『みんなが言うには、彼らは傭兵みたいな人達なんだって』
『連邦政府や、軍と対立する人達のために、有償で武力を提供する組織』
『徴兵された子供達の親が、みんなでお金を出し合って
『でも軍は彼らに海賊のレッテルを貼った。報酬と引き替えに子供達を同盟側のコロニーに連れて行くのは人身売買だって主張して』
『軍の討伐部隊が追ってきて、わたし達、捕まっちゃった。あとちょっとで自由になれるとこだったのに……!』
『その部隊を率いていたのが』
『レックス・ノヴァ』
レックスは何度か海賊討伐の先頭に立ってたって、レーヴィ大佐も言ってた。
(マジかよ!? なんだその最悪の巡り合わせ……!!)
ちなみに――『記憶』によれば、話を聞いたレックスは目の前が真っ暗になった。
あいつの感覚では、保護したつもりだったから。
海賊が人身売買目的で、子供達の乗る軍艦をハイジャックしたから、それを討伐してみんなを助けたとばかり思っていた。
でもチェルの話を聞いて、自分が上層部にだまされていたことに気づいた。
結果として、自分が
そのうちのひとりがチェルだった。
そう気づいて、レックスは愕然とした。
何も言えずにいると、チェルが泣きながら感情を爆発させた。
『わたしは死にたくないし、人を殺すのも絶対にいや! 軍人になんかなりたくない……!』
『許さない――あなただけは、絶対に許さない……!』
そのとき、レックスは知ったんだ。
英雄、英雄ってもてはやされてるけど、少なくとも戦争を嫌うチェルにとっては人殺しでしかなくて。おまけに普通の女の子でいたい彼女にまでその道を強制した、憎むべき仇なんだってことを。
誰に何て思われようとかまわない。
でもチェルだけは――彼女にだけは好かれたかったのに。
なのにアウト。失恋。超失恋。それはもう完膚なきまでに無残に。
(うわー……)
そしてその直後、レックスに
(――――――え?)
『記憶』の告げる無情な事実に息を呑む。
(ってことは、レックスが海賊に半殺しにされたのって……)
頭の中を流れていく記憶をたどって確信した。
拒否することもできず、命令に従った――その作戦行動中に、レックスは
連邦軍が海賊と呼ぶ勢力。だけど実際にはちがうかもしれない……
その迷いが戦闘中の隙を生んだ。
そして自分が死ぬと知った瞬間、このままでは死ねないと、魂をふりしぼるように願った。
チェルを兵役から解放しなければ。
その手を血で汚さずにすむように、どこか遠くへ逃がさなければ。――ポリス同盟へ連れていかなければ。
レックスは強く、深く、そう切望した。
だから――その尋常でなく激しい希求が奇跡を起こした。
「――――――…………っっ」
突然、おおよそのことを理解した。
ここはオレの死後の夢なんかじゃなかった。
この世界は実在していて、本物の『レックス』は死んだ。
そいつはチェルを助けるまでは絶対に死ねないと思ってて、その執念が、時代か、あるいは空間のちがう世界にいた
(たぶん……たぶんだけど、オレが事故で死んだか、死にかけたかの瞬間と、たまたま何かのタイミングが一致したんだ――……)
レックスにとってはものっそい気の毒なことに、その瞬間代わりに引きずり込める魂が、オレしかなかった。
(だってそうじゃなきゃ、オレなんか選ぶはずないしー)
って思いはあったものの。
色々と事情を知って、納得して、それから「まぁやってやるか」って気になった。
レックスのめっちゃ切ない記憶と、焦げるような想いに、胸を打たれまくったから。
それに他にすることもないし。オレ、英雄だし。無敵だし。
(ここに来てからずっと、いい思いをさせてもらったしな。やっぱ恩返しくらいはしないと!)
チェルを軍から解放して、どんなに時間がかかっても謝り倒して、許してもらう。
それが、今この瞬間からオレの目標になった。
どんな希望でもかなえてやる。できる限りのことをする。
それがレックスの望みなら――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます