al dente
惣山沙樹
一枚目
亜貴ちゃん。君に直接届けることはないと思うけど、もう僕もお酒が飲める歳になったし、しっかりと嚙み砕こうと思ってこの手紙を書き始めたんだ。
君をなぜ好きになったのか、よく覚えていない。覚えているのは、初めて意識した「異性」であるということ。
あの時僕は五歳で、君は七歳だったね。放課後。学童保育の教室で、僕は君に愛を告げたんだ。
「ハルくんごめんねー。他に好きな人、いるんだよね!」
そう言われた。君だって困惑したんだよね。年下の少年が出会って早々告白してきたんだから。きっと、ペペロンチーノの赤唐辛子をいきなり口に突っ込まれたような衝撃だったんだと思う。
「まずは友達からね」
僕はその言葉を受け入れた。それから数時間後、君が僕の家からほど近い場所に住んでいることを知ったんだ。
僕たちの住んでいたのは、子供の少ない田舎の集落だったね。ジェノベーゼみたいに一面真緑の風景が広がっていた。
僕は生まれつき足が満足に動かなくて、車椅子だった。そのことにコンプレックスを抱くようになったのは、君と触れ合うようになったからかもしれない。部屋の中で本を読むことくらいしか娯楽がなかった僕にとって、外を駆け回る君の姿は羨望の対象だったんだよ。
思い返すと、君はイカスミパスタのようにエキセントリックな人だった。初めて君の家に遊びに行ったときのことはよく覚えているよ。引き出しから、区分けされた菓子箱を取り出して、嬉しそうに僕に見せてくれたね。
「ケセランパセラン!」
確か、近くの近所の神社で集めたんだっけ。大きな綿毛のような物体。カルボナーラの上のメレンゲみたいにふわふわだった。
君がその時好きだった男の子への感情は、季節を巡る度に落ち着いていったみたいだね。それに反比例するかのように、僕の想いはピザのパン生地みたいに膨らんでいった。
家の近所の遊び場なんて、田園の傍に伸びる農道や、手入れされてない広場しかなくて、僕は君に車椅子を押され、舗装もされていない畦道を二人で走ったね。あれは十歳の時だった。
「……どうよ!」
「すげー! はっや!」
君の息遣いを耳元で感じながら、僕は同じスピードで動いていることに素直な喜びを感じた。用水路の水がオリーブオイルのようにとぽとぽ流れていて、周りには誰もいない。ふざけてさらにスピードを上げようとする君を煽りつつ、僕は浴びる風の心地よさで腹を満たしたんだ。
狭い田舎も、動かない足も、ずっと嫌いだった。僕が見ている世界と動ける世界には大きな隔たりがあって、周りと同じように動けないことへの鬱屈や焦りが耳鳴りのようにやまなかった。
それでも。君と駆けている時間だけは、この景色も、動かない足も、悪くないと思えたんだ。
その日は僕も君も、鍋いっぱいのお湯がこぼれるかのように沸騰していた。車椅子の前輪が浮き上がり、バランスを崩したんだ。横倒しになりそうな僕の腕を掴んで、なんとか元に戻してくれたね。
「ハルくん、大丈夫かー?」
「……はしゃぎすぎたね」
君は僕を覗き込んだ。緩く吹いている風で君のポニーテールが揺れて、太陽が後光めいて照らしていたんだ。
僕はこの人のことが好きだ。何度も繰り返した結論を再認識した。
そして行った二度目の告白に、否定でも肯定でもない回答が返ってきたね。
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