第2章〜恋の中にある死角は下心〜①

 ひばりヶ丘学院の高等部に入学して、わずか三日で、四人の女子生徒から、デートの申込みを受けるという、他人からすれば、羨望と嫉妬の眼差しの集中照射を浴びそうな状態にあった針太朗しんたろうは、眠れない夜を過ごすことになり、翌日、ゲッソリとした表情で登校してきた。


 そこに、前日の放課後、彼が複数の女子生徒と校舎裏に消えていった、という目撃証言を入手していた乾貴志いぬいたかしが、人懐っこい笑顔を浮かべて、近寄ってきた。


「ねぇねぇ、針本はりもと。キミに、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」


 数少ない同性の話し相手ということで、友人というポジションに収まりそうなクラスメートの表情に、なにやら作為的な思惑を感じたものの、前日の夜からリリムたちとの関係に悩み続けていた針太朗しんたろうは、これ以上、余計なことを考えることが面倒になり、貴志たかしの問いかけに無防備に対応する。


「ん? 聞きたいことって、なんだい、いぬい?」


 快活とは言えない表情ながらも、自身の質問に反応を示した針太朗しんたろうに対して、貴志たかしは、笑顔を浮かべたままでたずねる。


「昨日の放課後、キミが、何人かの女子と校舎裏でイチャついていたってウワサが、僕の耳に入ってきたんだけど……なにか、あったの?」


 高等部に進学して早々、放送メディア研究部という実態が良くわからないクラブに入部したというクラスメートの一言に我にかえり、針太朗しんたろうは、ガタッと席を立ち上がり、


「その話し、どこで聞いたの?」


と、声を上げる。

 針太朗しんたろうの反応に、


「メディアに携わる人間として、情報ソースは明かせないんだよね〜。ただ、昨日のことを答えてくれるなら、場所を変えよう。教室じゃ話せないこともあるだろう?」

 

と、澄ました表情で貴志たかしは応える。

 そして、放送メディア研究部員の言葉にリアクションを起こすクラスメートが、もう一人いた。


「なんだ、二人とも? なにかおもしろい話があるのか?」


 声をかけてきたのは、乾貴志いぬいたかしによると、『校内の女子受けナンバー1クラブ』(無論、針太朗しんたろうも、それが貴志たかしの皮肉であることは十分に理解している)、SF・アニメ研究部に所属する辰巳良介たつみりょうすけだ。

 

「うん、新しく友人になったクラスメートに、女子にモテる秘訣を聞こうと思ってさ」


 そう言いながら、貴志たかしは、針太朗しんたろうを教室の外に出るようにうながし、好奇心旺盛な良介りょうすけも、彼らに続く。


 そこに、登校してきたばかりの北川希衣子きたがわけいこが、すれ違い、


「おはよう、ハリモト!」


と、朗らかな表情で声をかけたあと、フフッと意味深長な視線を送ってくるのだった。


 ◆


 男子三名で校舎の西側の階段の踊り場に移動すると、良介りょうすけが、真っ先に声を上げた。


「なあ、さっき、北川きたがわが、針本はりもとに『おはよう』って言ったあと、なんか意味ありげに笑ってなかったか?」


「そうなの? 僕は気づかなかったけど……そういうことも含めて、針本はりもとに聞きたいことがあったから、場所を移動したんだ」


 友人の言葉に応じた貴志たかしは、そう言ったあと、針太朗しんたろうに視線を移し、続けて問いかける。


「で、針本はりもと、昨日の放課後、ナニがあったの?」


 教室で話しかけられたときから、貴志たかしの執拗さを感じていた針太朗しんたろうは、これ以上、事実を隠すこともできないだろう……と、自分の口から前日に起きたことを話しておこうと考えた。


 そして、観念した彼は、ため息をつきながら、放課後に起きたできごとを語る。


「実は……北川きたがわさんや生徒会長さんをはじめ、四人の女子から、デートを申し込まれたんだ」


「「な、なんだってぇ~!」」

 

 うんざりするような顔つきで語られた針太朗しんたろうの返答に、男子二名の言葉がかさなった。


(ボクが保健室で、二人と同じセリフを言ったとき、保健医の安心院あじむ先生が、なにか言ってたな……)


 そんなことをボンヤリと考えていた針太朗しんたろうに対して、クラスメートが、次々に質問を浴びせる。


「マジかよ、針本はりもと! 北川ちゃんと会長以外の……残りの二人は、誰なんだ?」


「こりゃ、予想以上にスゴいネタだよ! で、針本はりもとは、なんて答えたの? 最初のデートは、いつ、誰とドコに出掛けるんだい?」


 食い気味に質問してくる二人に、針太朗しんたろうは、ため息をつきながら、彼らの問いに答えることにした。


「あとの二人は、三組の南野みなみのさんと、中等部三年の西田にしださん、って名前の女子だよ。最初に出掛けることになったのは、会長さんで、日程は今週末の土曜日。場所は、弓道の大会が行われる県立体育館だって……」


 新しくクラスメートになった男子生徒の返答に、一瞬、絶句したあとで、良介りょうすけが、つぶやくように声を漏らす。


「はぁ〜、三組の南野みなみのに、中等部の西田にしだか〜。また、スゴい名前が出てきたな」

 

「どっちも、去年の中等部では、学年で告白された回数ナンバー1の二人だからね〜。これは、高等部と中等部の男子から呪いを掛けられても仕方ないくらいの出来事だよ」


 一方の貴志たかしは、半分あきれたような口調で応じるのだった。

 そんな二人の反応を見ながら、針太朗しんたろうには、ある考えが浮かんできた。そして、その内容を二人のクラスメートに伝えてみることにした。


「ボクは、プライベートなことを答えたから……ボクからも、二人に教えてもらいたいことがあるんだけど、良いかな?」

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