第1章〜初恋の味は少し苦くて、とびきり甘い〜⑮

 普段は、あまり自己主張をしないタイプのように思える同学年の女子生徒の想定外の返答に、針太朗しんたろうは、少し取り乱しながら、彼女たちにたずねる。


つぐないって……いったい、なにをすれば……」


 もしも、その対価として、彼のたましいを要求されてしまったら……。

 保健室で確認した映像を思い出し、針太朗しんたろうは、震え上がる。


 ただ、四人の女子生徒たちの反応は、彼が想像したモノとは異なっていた。


「うむ……私たちには、針本はりもとに、損失補てんを要求する権利があるかも知れないな」


 生徒会長の東山奈緒ひがしやまなおが、ニヤリと微笑む。


「そうですね! スマホのゲームなら、運営がいしを配るところです!」


 会長の言葉に、中等部の西田にしだひかりも同調する。


「そうだ、そうだ〜! ハリモトは、私たちにしろ〜」


 微妙に言葉が違っているようだが、クラスメートの北川希衣子きたがわけいこも、他の三人と同じ意見らしい。

 そして、彼女たちの反応をみた生徒会長が、再び口を開いた。


「うむ……みんなの意見も同じようだな。そこで、私からの提案なのだが、針本はりもとは、謝罪と誠意を示すと言う意味で、私たち四人とそれぞれ一度づつ、デートの機会を設けるというのは、どうだろうか?」


「えっ!?」


「おぉっ!」


「いいですね!」


 奈緒なおの言葉に、針太朗しんたろう希衣子けいこ、ひかりが、それぞれ声を上げ、南野楊子みなみのようこも同調するようにうなずいて、反応を示す。


 それぞれの様子をうかがいながら、生徒会長は、あらためて、男子生徒に問いただした。

 

「さて、キミの返答を聞かせてくれないか、針本はりもと?」

 

 奈緒なおの言葉と、四人の女子生徒たちのリアクションにプレッシャーを感じたこと、そして、仁美ひとみに協力を仰いで彼女たちを騙そうとしてしまったことに対する罪悪感から、針太朗しんたろうは、思わず首をタテに振りそうになってしまう。


 しかし――――――。


 そんな状況に待ったをかける、一人の女生徒がいた。


「ちょっと、待ってください! あなたたちと針本はりもとくんが、二人きりになるなんて……危険すぎます!」


 声を上げて、生徒会長……だけでなく、四人の女子生徒たちに抗議の意志を示したのは、真中仁美まなかひとみだった。

 切羽つまったような表情で反論しようとする彼女に、この補償案の提唱者である奈緒なおがたずねる。

 

「ほぅ……私たちと針本はりもとが、二人になると、ナニが危険だというのかな? わかりやすく説明してもらいたいものだな、真中仁美まなかひとみ


 あえて、下級生のフルネームを呼んだ生徒会長は、余裕の表情で仁美ひとみに視線を向ける。


「そ、それは……」


 リリムと呼ばれる少女たちの特性を詳しく知らないのか、あるいは、この場で、そのことを話すのは遠慮したほうが良いと判断したのか、真中仁美まなかひとみは、そう言葉を発したきり、唇を噛むようにして、だまりこんでしまった。


 仁美ひとみの反論を即座に封じ込めたことで満足したのか、奈緒なおは鷹揚にうなずいてから、


「では、申し訳ないが、口を挟まないでもらおう」


と、勝利宣言を行う。


 そして、


「もし、私たちと針本はりもとの関係に不満があるなら、キミ自身が、あらためて、彼にデートなり、交際を申し込んだらどうだ? 私は、キミと針本はりもとの仲がどんな風に発展しようと一向に気にしないぞ?」


などと、さらに下級生を挑発するようなことまで宣う始末だ。

 あえて、自分をきつけるような発言をする生徒会長に、キッ! と鋭い視線を送りながらも、仁美ひとみは、


「わかりました……」

 

と言って、潔く引き下がった。


「物わかりの良い下級生を持って、私たちは幸せだな。さて、針本はりもと、もちろん、キミにも依存はないな?」


 仁美ひとみが、それ以上、反論してこないことを確認した奈緒なおは、男子生徒にカタチばかりの確認を取る。

 剛腕を振るうように、どんどん話しを進めていく生徒会長の迫力におされ、針太朗しんたろうは、うなずくより他にない。


「じゃあ、これで決まりだね! でも、カイチョー、ハリモトと一人ずつデートするって言っても順番はどうすんの?」


 パンッ! と勢いよく手を叩いた希衣子けいこは、大事なことを確認しておこう、と生徒会長に問いかける。

 上級生にも遠慮なく語りかける一年生の質問に、奈緒なおは、今度は、ややためらいがちに、自身の要望を述べた。


「そのことなのだが……実は、この週末に私が出場する弓道の大会があってな……自分としては、ぜひ、針本はりもとに応援……いや、観戦に来てもらいと考えている。他のみんなが差し支えなければ、土曜日に針本はりもととのデ……いや、出かけることを申し込みたいのだが……」


 先ほどまで、自信にあふれる話し方をしていたのとは同じ人物と思えないくらい、控えめな態度で語るその様子に、針太朗しんたろうをはじめとする一堂は、驚きを隠せないようだ。


 その緊張した空気を打ち壊すように、根っから明るい性格の希衣子けいこが応答する。


「お固いな〜、カイチョーは……ハリモトとのデートのアイデアを提案をしてくれたのはカイチョーだし、上級生を立てるって意味でも、ここは、最初の順番をカイチョーに譲っても良いと、アタシは思ってるけど……二人は、どう?」


 彼女の問いかけに、ひかりは、


「そうですね。ここは、年長の人に敬意を払いましょう。私は、別に何番目でも良いですよ?」


と返答し、一方の楊子ようこは、


「私は……できれば、最後の順番が良いと考えているので、会長さんのお申し出に意義はありません」


と応じる。


 二人の返答を確認した希衣子けいこは、再びパンッ! 大きく手を叩いて、


「じゃあ、カイチョーは、一番バッターということで! ついでに、二番は、アタシがもらっても良い?」


と、ひかりに意志を確認する。


「えぇ、良いですよ」


 笑顔で応じた中等部の女子生徒の返答に、喜びいっぱいの表情で


「やった〜! 最近は、二番打者最強説とかあるもんね! ドジャースのアノ選手も二番バッターだもんね」 


と語り、野球のバットを右から左に振るような仕草をする。それは、右打席に立つ打者のバッティングフォームだ。


 彼女たちの間で勝手に進む日程調整に口を挟む余裕もなく、針太朗しんたろうは、

 

(北川さん、大谷翔平選手なら、左打席に立つと思うよ……)


というツッコミを心のなかで入れる。

 幼少期と中学生時代の経験から、女子との会話に苦手意識を持つ針本針太朗はりもとしんたろうにとっては、それが、精一杯だった。

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