第4話 モブにヒロインを搔っ攫われる予定だったのですが
舞台はとある美男美女ばかりが集うルミナス学園。いかにも何か物語が始まりそうな華やかさを持つ校舎や施設の数々である。数々の花たちで彩られている校門前に影が四人。それはディレクタと、彼が呼び出した三人のヒーローと呼ばれる飛びぬけて容姿が整った三人だった。
赤いくせっ毛とつり目から強気な印象を受けるガウス、青いサラサラな髪とキリっとした眼鏡越しの眼から真面目に見えるノリス、金色パーマと愛嬌のある童顔から女友達が多いらしいライト。三人はディレクタから受け取った台本を少し読んだ所で皆怪訝な顔をした。
「つまりなんだ、ゲームでそのままこの世界がある……ってのか?」
「そういう事です」
「に、にわかには信じ難いですね」
「でも、ヒーローって言われて悪い気はしないかなー!」
三者三様に話を受ける姿ですら、近くを歩く女子生徒を魅了してしまう程に彼らは輝きのオーラを放っている。中にはコッソリと三人の姿を写真に収めようとする者もいた。……ディレクタが映りこまないように。それに気づいてしまったディレクタは大きくため息をついた。
「それで、主人公ってのが……名前なんだ?」
「ユイトさんです。御三方と同じクラスにいるはずですよ」
「ああ、ユイト……ユイト? クラスにそんなやついたか?」
「私たちとは全く接点がないですよね……。私も朧気にしか覚えていません」
「僕らボーイフレンドはあんまりいないからねー……」
台本にある主人公、ユイトは既に同じ教室にいる。基本的にディレクタやサクーシャ等の存在がいることは、転生者本人には知られないように陰で動いている。記憶で憑依するタイプだけは避けようがないので話すこともあるのだが、今回は他の登場人物のみに台本を渡している。
「ユイトは既に転生前の記憶があります。今はひっそりと息を潜めているので知らなくても無理はないかと」
「え、何で息潜めてんだよ」
「前世殺し屋とかなんですか?」
「あっははー、だったら僕らひとたまりもないじゃーん」
「……単に目立つのが嫌なだけだそうですよ」
ユイトの前世は、モテ運が全くと言っていいほど無かった。その上友達付き合いも苦手なので、クラスメイトとの接点もほぼ無いに等しい状態だった。物語が始まっていない今も、彼は同じような環境に身を置いていた。
しかし、ひとたびサクーシャの物語が始まれば彼の青春は一気に染め上げられる。彼に報われる人生を過ごしてもらう事が、ディレクタがこの仕事をしている上でのやりがいの一部となっているのだ。……大部分は給料が良いという理由なのは余談である。
もう少し台本の内容に切り込んだ三人は、物語の大枠を掴んだらしい。納得し始めながらディレクタに確認を取り始める。
「成程、主要キャラである俺たちを差し置いて……」
「ユイトがクラス一の冷酷な美少女であるフィリスと結ばれる、と」
「はい。それで皆さんはそれが気に入らないという事で、全力で二人の仲を邪魔してもらいたいと……」
珍しくお勤めがスムーズに終わるのではないか、と内心で喜んでいたディレクタ。しかし次の三人の言葉で彼の喜びは一気にひっくり返される事となった。
「いや、別に気に入らねえなんてことねぇけど」
「あぁ、そうですか。って感じですね。僕は彼女と気が合わなかったみたいですので、もう気にしていませんし」
「僕らもうガールフレンドいっぱいいるからねー。確かにフィリスちゃんはつれない娘で仲良くなれなさそうだったけどー、嫉妬で嫌がらせとかカッコ悪いことしたくないなー」
「えっ」
三人は、台本にある主人公のライバル役に全く乗り気じゃなかったのである。一部本人の意思と違う行動をとってもらう等の微調整をする事はあったが、ここまで台本と本人の気持ちが食い違っているのは初めてのアクシデントだった。ディレクタは滝のような冷や汗が流れるように焦り出した。
「そ、それじゃ困ります! この台本はユイトとヒーローたちが壮絶なヒロイン争いをするってシナリオなんですよ!? ガウスさん、貴方がまず因縁をつける所から始まるんですよ!」
「って言われてもなぁ……。別に『世界の女性は全て俺の虜!』なんて全然思ってねえし……」
「ほらノリスさん! 貴方一度フィリスさんにフラれているでしょう? その腹いせに突っかかったりとか……」
「いや、人それぞれ合う合わないはあるでしょうし……。クラスメイトとして仲良くしましょうって言ったのを断られただけなので、別に傷つくほどでは……」
「ライトさんも!」
「確かにガールフレンドは多いほうがいいけどさー、無理に引き入れるのは違うよねー」
本来ならば、冴えないモブであるユイトと三人のヒーローが、ゲーム主人公であるフィリスに選ばれるため奔走する話がこれから始まるはずだった。小競り合いのみならず殴り合いにまで発展するようなイベントも台本にある。
しかしヒーロー達は全くその気がない。例え演じてもらうにしても悪意というものが全く無さそうな三人に無理してもらうというのもおかしな話だ。異例な状況にディレクタは愕然としてしまう。
「な、なんてこった……皆性格が良すぎてドログチャの醜い蹴落とし合いが始まらない!?」
「お前、すげえろくでもねえ事言ってる自覚あるか?」
「それにしても、あまりにも僕らの感覚とその台本が食い違っているように思えるのですが……」
「……ちょ、ちょっとサクーシャ様に確認してきます!」
「よろしくねー」
ディレクタは三人から台本を回収して、サクーシャに現状の報告と台本の内容について改めて確認を行った。そしてサクーシャからの返事を聞いたディレクタはしばらく校門で待ってくれていた三人の元に行き、結果を報告した。
「……確認してきました。どうやら、サクーシャ様の『モテる男への偏見』が凄まじすぎて、お三方の性格を誤認していたようです。台本は一旦持ち帰って作り直すとの事でした」
「なんだよそりゃ……。俺らそんな悪人だと思われてたのかよ……」
「まあ、創造主にも不手際の一つぐらいはあるでしょう」
「まー、僕らは楽しく生きられたらそれでいーからねー! ディレクタさん確認ありがとー!」
「皆さん、本当に人格者ですね……だからモテるんだろうな」
肩を落としつつもサクーシャのミスを一切責めることが無い三人を見て、これがヒーローたる所以なのか、とディレクタは納得していた。
物語を構築しなおすためにその場は一時解散となった。サクーシャに今のヒーロー達の性格を加味した上で台本を直す必要があるため、物語の本編が始まるのはもう少し先になるだろう。
「では皆さん、台本が出来上がるまでユイトさんの事は一旦忘れてください」
「いや無理だろ気になるっつーの」
「そうだー! ユイトがいいやつなんだったらー、いっそ友達になっちゃわない?」
「おっ、ライト良いこと言うじゃねえか!」
「私も賛成です。早速話しかけに行きましょうか」
「善は急げー! れっつごー!」
「ま、待ってください! 前提が崩れちゃうから駄目ですよ! ちょっと聞いてますー!?」
その後ヒーローたちは結局、ユイトと意気投合して男達の熱い友情が生まれてしまった。ディレクタの報告を聞いたサクーシャは想定以上の大幅な変更を余儀なくされた事に頭を抱えた。
しばらく悩んだ末、『寧ろそういう路線もありなのでは?』という逆転の発想により、ヒロインそっちのけの男四人青春物語、という新たな台本が作られたのであった。
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