第四話 属性もりもりサキュバスさん


「……はあああ?」


「『はあああ?』じゃない! 全く……アンタこそ、どれだけ寝ぼけて居ても、言っていい事と悪い事があるでしょうが! ……ごめんね、ユメちゃん」


「いえ……小太郎君も、急に私みたいな『義妹(いもうと)』が出来てびっくりしているんだと思いますし……気にしてません」


「ユメちゃん……」


「それに……こうやって居候をさせて貰って居るだけで十分幸せですから……」


「ユメちゃん! 貴方は本当にいい子! だから自分の事、居候なんて言わないで! 貴方は立派な葛城家の長女よ! むしろ、葛城家には女の子しか居なかったんじゃないかしら!」


「おい、母親」


「……何よ、小太郎。まだ居たの? 遅刻するわよ」


 そう言って犬の子を追い払うようにしっしと手を振る我が母親。


「あ、そうですね! 私も十三年ぶりだし、道を覚えたいのでそろそろ行きます! それじゃ香澄さん、行ってきます!」


 そう言うと、夢魔は俺の手を引っ張ってリビングを後にする。


「二人とも、忘れ物は無い?」


「大丈夫でーす! 行ってきます!」


 リビングの母親に元気に挨拶を返し、二人で家の外に出た。九月といえど、まだまだ暑い日差しが照っていて、今日一日の快晴を約束しているかのよう。


「うわー、良い天気になりそうね」


「……」


「なによ? 腐ったゾンビみたいな顔して? 最近ゾンビもの流行りだからって……撃ち殺されたいの?」


「腐ったゾンビって何だ! ゾンビは腐ってて当然だろうが!」


「うわ、挙げ足をとっての突っ込み? 嫌われるわよ?」


「放っとけ! それよりなんだよさっきのは!」


「あ、説明いる?」


「いるに決まってるだろう!」


「分かってるわよ。軽い冗談じゃない。一々大声出さないでくれる?」


 こ・の・ア・マ……グーで殴ってやろうか!


「小太郎のお母さんには、『ユメ』を見て貰ったの」


「ユメ?」


「そ。私がサキュバスって事は昨日説明したでしょ?」

「……ああ」


「サキュバスは『ユメ』を扱える種族。だから昨日の夜に、アンタのお母さんとお父さんに、連休前から私はアンタん家の子供になった、っていう『ユメ』を見せたの」


「……をい」


「ちなみに、『幼いころに隣に住んでいた幼馴染で小学校に上がる前までは良く小太郎と遊んでいた。両親の都合で転校したけど、両親の交通事故により天涯孤独の身に。それを不憫に思った葛城家の人が養子縁組を申し出てくれた。ちなみに誕生日の関係上戸籍上は『妹』だけど、上下関係は上でむしろお姉さん的ポジションの女の子、ユメ』っていう設定」


「設定がいちいち細かい! あと、サキュバス――夢魔だから名前が『ユメ』って安直過ぎるだろう!」


「変に凝ったら分からなくなるもん。それより……いいでしょ?」


「何がだ!」


「何がって……幼馴染で、義妹で、さらにお姉さん的ポジションよ? 一粒で三度美味しいでしょ?」


「なんだその詰め込み過ぎなキャラは!」


「もしや……メガネでメイドで文学少女で学級委員長的な要素も要るなんて言い出すつもり? 欲張りね」


「んな事言ってねえ! というか、幼馴染で、義妹で、お姉さんで、メガネで、メイドで、文学少女で、学級委員長な女の子なんかカオス過ぎるわ!」


「でしょ? 精々三つまでよね?」


「三つでも十分カオスだよ! なに得意げな顔してるんだよ!」


 肩でぜーぜー息をする俺。つ、疲れた……俺、連休明けでなんでこんなにテンション上げてんだよ。


「そういう訳で、これから宜しくね」


「あ、ああ、こちらこ……じゃねえ! なんでこれから宜しく何だ! ひょっとして住むつもりか!」


「住むつもりじゃなかったらわざわざ『ユメ』なんか見て貰わないわよ」


「ふざけるな! お断りだ! 出ていけ!」


「だ、だから卒業試験が終われば出て行くわよ!」


「卒業試験? 卒業試験って……ああ、『にゃんにゃん』――」


 言いかけた俺の顔に、サキュバスの持っていたカバンがクリーンヒット。か、金具が鼻に!


「な、何しやがる!」


「こここここっちの台詞よ! あ、朝っぱらから何言ってんのよ、アンタは! ば、バカじゃない! この変態!」


 顔を真っ赤にするサキュバス。おいおい……


「……お前、サキュバスだろうが。一々こんな事で照れるな!」


「さ、サキュバスでもなんでも恥ずかしいものは恥ずかしいのよ! サキュバスだからなんて、人種差別だわ!」


「お前は人じゃねえ!」


「悪魔にも人権はあるわよ!」


「無いわ! 人間以外に人権は無い!」


「ふん! 悪魔愛護協会からの猛烈なバッシングが来そうな発言ね!」


「そんな団体は無い! なに? 悪魔愛護って! 何系の発想だよ!」


「南米の方では結構根強い信仰対象なのよ! 悪魔は」


「ここは日本! そんなに言うなら南米に行け!」


「ふん! そんな下らない上げ足ばっかり取って……だからモテないのよ!」


「お前が俺の何を知ってるんだよ!」


「わかるわよ、顔を見たら! 冴えない顔して! 香澄さんは美人なのに! お父さん似なのね、小太郎は」


「謝れ! 俺の親父に手をついて謝れ!」


 そして俺はどちらかと言うと母親似だ!


「うわ、自分で美形とか思ってるの? サキュバスの私でも、そんなに自信満々に美形とか言えないです」


「思ってないわ! なんで急に敬語になるんだ!」


「きっと鏡見て、『ふふ。今日の俺も決まってるぜ』とか思ってるんですよね? マジ、パネっすね! 別に痺れたり憧れたりしないですけど」


「え? なんで俺こんなに悪くいわれてるの? おかしくない?」


「……まあ冗談はともかく」


「ふざけんな! 何が冗談だ!」


「なに? 真面目に小太郎がモテるかどうかの議論してほしいの? 言っとくけど容赦しないわよ? 冗談は顔だけにしておいてくれる?」


 ……。


「……その話は置いとけ」


「そうね。私も別に本気で小太郎を凹ましたいわけじゃないし」


 ……何だろう、なんか急に泣きたくなって来た。


「と、言う事で、私は『葛城ユメ』として貴方と同じ学校に通う事になったの。だから、これからはユメって呼んでね?」


「なんでだよ!」


「戸籍上は兄妹なんだし、『葛城さん』じゃおかしいでしょ? サキュバス、なんて教室で呼ぶのは論外だし。私も小太郎って呼ぶから」 


「ふざけるな!」


「え? 『お義兄ちゃん』の方がいいの? やだな……マニアックっぽくて」


「そう言う問題じゃねえ! なに一緒に暮らす前提で話を進めてるんだ! しかも学校に通うだと?」


「一応、先生なんかには『ユメ』を見せてるから、心配しなくても転校生として処理してくれるわ。大丈夫、大丈夫」


「人の話聞いてた? 俺が、嫌なの!」


「……分かってるわよ」


 睨みつける俺に、サキュバスがふっと肩の力を抜き、視線を落とした。


「……こんな事に巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思ってるわ。でも……私も、本当に困ってるの。このままじゃ……」



 そう言って、サキュバスが顔を上げる。



 ……汚ねえ。そう言いながら、涙流しやがった。


「……本当に迷惑をかけてると思ってる」


 上目遣いでそんな事を言って来やがる。コイツ……マジで汚ねえ。


「でも……おねがい……貴方の傍に居させて。邪魔にならないようにするから」


 そう言って、頭を下げるサキュバス。今までとは打って変わって殊勝な態度と台詞。


「……解ったよ」


 俺の言葉に、サキュバスが弾かれたように頭を上げる。色々反抗してみたが、どのみち悪魔のやることに反対してもしょうがない。母親みたいに『ユメ』を見せられたらもう自分の意思なんか無いんだろうし。それなら今の状況の方がまだ建設的だし……



 ――なにより、泣く子と地頭には勝てん。それが美少女なら……まあ、うん、はい。健全な男子高校生なので、俺も。



「……協力してくれるの……ありがとう」


 そう言ってはにかんだ笑みを浮かべ、照れたように後ろを振り返るサキュバス。


 ……やべ。元が良いから、あんな顔されたら、まるで天使みたいだ。それこそ俺もどうにかなっちゃいそう――




「……くっくっく。やっぱり、男は美女の涙にイチコロね。馬鹿な男、目薬程度で騙されるなんて……」




 ……訂正。やっぱり悪魔だ、こいつは。


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