第6話 本命亜美ちゃん
ジャーナリスト田口は凛の父清に会い、何故凛が姉夫婦に引き取られたのか、という理由は理解できたが、一方で大きな疑問が残った。
「直美は私と一緒になりたいばかりに、邪魔な妻泉を……ベランダにおびき寄せて階下に突き落としたのでは……?私はズ—――ッ!と疑念が残っている」そう清は疑っていた。だが、一方で清はこうも言ってもいた。
「マンションの柵は高い。泉の身長155㎝では落ちる筈がない」と、だから……そんなに高い柵から突き落とすのは容易な事ではないという事だ。ましてや清も一緒にベランダにいたのだから、もし直美が突き落としたのであれば、清も見ている筈。
どうしてあのような理解に苦しむ言葉を吐いたのか?そこで早速清に電話を入れた。
「もしもし清さんですか?そう言えば『直美は私と一緒になりたいばかりに、邪魔な妻泉をベランダにおびき寄せて、階下に突き落としたのでは……?』このようにおっしゃっていましたが、泉さんがベランダから落ちるところは清さんは見られたのですか?」
「……それが……それが、あの時……家の電話が鳴りまして慌てて家に入ったのです。私がリビングに入った時にドスンと音がしたのです。だから……ビックリしまして……」
(なるほど……そういう事だったのか?なるほどね……見ていなかったという事か。清の言うように今この時間を逃したら……直美は先生から捨てられてしまう。泉さえいなければ……泉さえいなければ……そう考えるのは当然の事だ。だから……清がいない隙に邪魔な泉を闇に葬った事は十分考えられる)
これでやっとハッキリ理解できた田口だったが、またしても清の電話越しの対応の余りの不自然さに、尚更疑惑で一杯になり頭がパニックになってしまった。
まず第一にあれだけ饒舌だった清の言葉の詰まりは何だ?清の言葉の端々に真実を伝えているというより、無理矢理話のつじつまを合わせようとしている意図が、電話越しからでもハッキリと感じ取る事が出来たのだった。
第一何故清は今更直美を犯人にでっち上げる様な事を、言わなければいけなかったのか?交通事故と処理されているのに何故あのような言葉を蒸し返したのか?
妻泉を殺した直美が死しても尚憎くて言わずにいられなかったのか?それとも……3人がベランダにいて清が泉を突き落としたという事も考えられるが、元警視庁心理捜査官の経歴を持つジャーナリスト田口が現れて、全て白日の下にさらされて自分の真実まで見破られてしまうのではと思う恐怖で、咄嗟に自分を防御したいがために直美に、犯罪を擦り付けようとしたという事も考えられる。こう考えると全てつじつまが合う。
田口が清に電話した時に感じた違和感。電話口の無理矢理話のつじつまを合わせようとしている意図が、電話越しからでもハッキリと感じ取る事が出来た。
そこで田口は清の言葉だけを鵜吞みにせず、当時の生徒に当たる事にした。
★☆
どんな些細な疑問でもそれをうやむやにして前に進む事が出来ない性分の田口は、清を疑うつもりはないが?念には念を入れる為にも、その当時の清の狂信的なファン、信者のグループに連絡を取った。
すると運の良い事に、当時清が担任を受け持っていた生徒たちが快く快諾してくれた。こうして当時清が教職を取っていた泉野女子中学校の門の前で待ち合わせをした。
そして……近くの喫茶店で話を聞く事にした。
「あなた達が、当時清先生と親交のあった生徒さん達ですか?」
「はいそうです。全員は来れませんでしたが、この東京で結婚したり地方に嫁いだり、中には海外で働いていた子もいましたので、嗚呼……学年が違ったり部活関係だったりすれば、他の生徒とも先生は親交があったと思いますが、私たちでは分かりません」
「そうですよね。ところで先生はどんな先生でしたか?」
「我が校は女子中学だから、若い清先生は人気でした」
「その中でも……清先生は女子生徒に圧倒的人気でした。あれだけイケメンですから……」
「嗚呼……確か……清先生は……亜美ちゃんとは高校生になってから噂になった事がありました。亜美は我が校きっての美少女でしたから……」
「……ちょっと聞いて良いかい?確か……直美って女の子の間違いでは?」
「ええええ?そんな……そんな子……全く知らない名前です」
「学年が違うからだと思いますが?」
「それで……その亜美ちゃんて女の子とはその後どうなったんだい?」
「私達はズ――ッ!と高校、大学とグループで先生に会いに行っていました。誕生会や学園祭など会を作って先生と親交を深めておりました。そんな時に亜美ちゃんと先生が両想いになり、結婚したいと亜美ちゃんは言っていました。」
「あっ!でも先生は結婚していたでしょう」
「でも……私たちが中学高校の頃はまだ結婚していませんでした」
「それでも…亜美ちゃん綺麗だからモテモテで、大学生になったら新しい彼氏が出来たみたい」
「2人は清い関係で、そんなに深い関係ではなかったって事ですかね」
「いえ……私見ましたよ……あれは確か高校生の頃の事です。清先生と亜美が夜車に乗っているところを見ました。私亜美と仲良かったので夜亜美の家に出掛けたのです。すると公園に先生の車が止まっていたので近づいてみたのです。すると亜美と先生が何やら話していました」
「でも車に一緒にいたからと言って……恋人とは言い切れないとは思うが……」
「いえ……何にもないのだったら、すぐ近くが亜美の家だから送りますよ。ワザとあんなところに車を止めて……亜美に問い質しました。それは……私も清先生が好きだったから、2人が付き合っていたら私は諦めなくてはいけないので聞きました。すると『先生とはAまで行った』と白状しました。あの時は……あの時は……亜美と清先生が許せませんでした」
「ってことは先生は何人かの女の子と付き合っていたって事?」
「……分かりませんが、あれだけ人気のあった先生なのでひょっとしたら複数と付き合っていたかも知れません。男子がいませんから……どうしても対象として先生を見ちゃうんですよね……一番異性に興味がある年頃ですから……男子がいませんので、若い先生に恋をするというのは当たり前の事ですから…先生が生徒を誘惑するのだったら大問題ですが、女子が先生に付き纏うのですから、どうにも出来ません」
★☆
もう事件から40年近く過ぎているというのに、もうとっくの昔に風化されている話なのに、清のあの大泣きの大袈裟な態度に一抹の不安を感じた。これは絶対に何か見逃しているのかも知れない。
清先生はこの亜美ちゃんとの恋で、つまずいてしまったのかも知れない。
亜美ちゃんという雲を掴むような、しっかり捕まえておかないとどこかに飛んでいってしまいそうな女の子に翻弄されて、人生を踏み外してしまった可能性は十分に考えられる。
それが証拠に亜美ちゃんに、振り回されっぱなしだった事が伺えられるエピソードを幾つか紹介しておこう。
清と亜美ちゃんは中学3年生頃から親交があり、清は亜美の美しさに夢中になってしまった。そして……高校に入り個人的に付き合う仲にまで発展していた。
その時はまだ清は結婚していなかった。泉がいながらこの美しい少女に魅了されてしまった。そして……亜美しか見えなくなった清は亜美と将来を誓い合った。
だが、亜美は泉から清を奪っておきながら、まるでゴミクズでも捨てるように清を捨て、大学生になって新しい彼氏の元に走った。
その後、直ぐに清は泉と結婚したが、それでも清は亜美を深く愛していたのではないだろうか?
この亜美という女性を探し当てなければ真実は見えて来ない。
その後の清は妻と子供がありながら、ましてや教職のみでありながら、貞操観念のない男に成り下がり、多くの少女の身体と心を弄んで恐ろしい男に変貌していったのかも知れない。その真実を知るには清が愛した本命亜美ちゃんを探し当てなくてはならない。
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