ダリアみたいな君

あのね!

第1話 未解決事件


 夏休みの終盤に差し掛かった8月28日の夜9時過ぎの事である。塾の帰り道大通りで母が迎えに来てくれるので車を待っている水島凛の姿があると、その時人通りの少ない路地裏の方から男の声が微かに聞こえた。


「タッ助けてくれ―――っ!」

 

 元来正義感溢れる優等生の水島凛がその路地裏に駆け付けると、数人の若者が自転車に乗った高齢の男性のカバンを奪い、強引に持ち去ろうとしているではないか。


「何てことするの!あなた達待ちなさい。恥を知りなさい。恥を!」


「嗚呼……優等生さんよ。この事を言ったら……この事を言ったら……只じゃ済まないからな!」


「戻って……戻って来て!その盗んだ財布を相手の方にちゃんと渡して!」


「嫌だってんだよ!リ・ン・さ・ん😩」


 ★☆

 八王子市郊外で最近高齢者のカバンを奪って逃げる窃盗事件が相次いでいた。


 そんなある日の事、八王子市にある桜台学園高等学校の生徒会長水島凛が行方不明になった。

「一体どこに消えたのか?」


 それから……2日後、水島凛が南浅川河口付近で遺体で発見された。


 犯人は一体誰なのか?


 

 そう言えばあの夜の塾の帰り道、凛が恐喝現場を目撃してから数日後の事件だ。


「嫌だってんだよ!リ・ン・さ・ん😩」犯人は確かにこう言っていた。


 名前まで知っているという事は顔見知りの犯行に間違いない。



 だが…どういう訳か、この事件の警察の初動捜査が余りにも納得のいかないものだった。

「八王子市17歳少女殺害事件」の容疑者として近所に住む学生桐谷正幸が、捜査線上に上がった。その理由は殺害された水島凛と桐谷正幸が交際関係にあったからだ。


 だが、最近は喧嘩が絶えず凛さんが友達に愚痴をこぼしていた矢先の事件だった。


 一方の、桐谷正幸が水島凛遺体発見翌日の9月2日に、恋人や友人、家族に、自殺を示唆する電話やメールを送信していた。


「俺はとんでもない事をしてしまった。もう死ぬしかない」



 更にその翌日の9月3日に、高台の寂れた廃屋の屋上から転落したと思われる偽装工作らしい形跡が見つかった。桐谷正幸が所持していたとみられる財布やサンダル、タバコなどが発見されたのだが、崖下からは遺体や、死亡した事を示すような遺留物などは発見されなかった。


 これは一体どういうことなのか?


 早速捜索を開始した警察だったが、その後の捜査は余りにもずさんなものだった。


 まず、捜索が開始されたのは何故か桐谷正幸のサンダルや財布などが発見されてから1日遅れの9月4日だった事だ。


 しかも捜索に投入された人員はわずか16人、検問も敷かれず、消防団への協力要請も出されないという殺人容疑者の捜索とは思えない小規模なものだった。


 桐谷正幸の父親は警察犬の導入について捜査関係者に尋ねたのだが、「警察犬を使うには数十分単位でお金がかかる、あなたに支払えますか?」と門前払いされたそうだ。父親が後で調べたところ、一般市民が警察犬出動費用を支払わなくてはいけないという事実は無いという事が判明した。


  更には警察が発表した死亡推定時刻が司法解剖を担当した医師の見解と違う。


 水島凛の遺体を司法解剖した東京医科大学の医師からは、死亡推定時刻は「8月30日から9月1日」との見解が出されているが、8月30日と31日の2日間桐谷はコンビニのバイトで9月1日は立川の実家で目撃されている。


 だが、なぜか警察は「死亡推定時刻は8月28日の深夜から、遺体が発見された9月1日の午後4時30分頃までの間」と答えている。


 これについてジャーナリスト田口の見解は次のようなものだった。当初医師が示した死亡推定時刻に当てはめると桐谷はコンビニや自宅で目撃されていて、アリバイが成立してしまい犯人は他にいる事になる。


 なぜか、真犯人がいる事を頑なに隠そうとしている警察の意図が見え隠れする。


 そこには一体何があるというのか?


 更には桐谷は、8月29日午前2時の時点で右手に大怪我を負っていた事がわかっている。この右手を診断した医師は、「桐谷の右手は大怪我を負っていたので、運動機能障害があり握力は0の状態で、人間の首を絞めて殺害する事はまず不可能だと思う」と証言している。 



 この様な状態で首を絞め水島凛さんを殺害して、橋の下に突き落とす事ができたのか?この点からも別の真犯人の存在が疑われている。


 ★☆


 自殺を図ったとされる桐谷の消息だが、遺体が見つかっていないという事はどこかで息を潜めて生きているのかも知れない。


 どう考えてみても凛が殺害された原因は、あの塾の夜に恐喝現場を見られた犯人の犯行と考えて間違いない。そう考えると彼氏の桐谷だったとするのには無理がある。


 それではもう一度あの夜の現状を検証してみよう。


【数人の若者が自転車に乗った高齢の男性のカバンを奪い、強引に持ち去ろうとしているではないか】


「何てことするの!あなた達待ちなさい。恥を知りなさい。恥を!」これでは余りにも余所余所し過ぎるではないか?


 この言葉からもお分かりだろうが、もし恋人がいたら名前の「正幸待ちなさい」とか、もっと厳しく問い詰めて絶対に止めさせると思うのだが……。


 だから……あの場所には「嗚呼……優等生さんよ。この事を言ったら……この事を言ったら……只じゃ済まないからな!」この言葉からも分かるように凛が優等生で有る事をよく知っている若者だという事が分かる。


 更に決定打がこれだ。

「嫌だってんだよ!リ・ン・さ・ん😩」


 だから……凛の事をよく知っている顔見知りの犯行ではないのか?


 これでは……犯人にされたままで今尚行方不明の桐谷正幸が、余りにも不憫ではないか?


 ★☆


「八王子市17歳少女殺害事件」から早20年。 


 こうして…余りにも謎の多いこの未解決事件の謎を解き明かそうと躍起になっているのが、元警視庁捜査官の経歴を持つジャーナリストの田口だ。


 一体真犯人の意図はどこにあるのか?


 顔見知りの窃盗犯が正体を知られてしまい、水島凛を殺害した動機は理解できるが、何故桐谷正幸までもが消されなければいけなかったのか?


 まあどこかで生存しているかも知れないが?


 実は……この事件には思わぬ真実が隠されていた。
















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