第23話
翌日。
柴は、定時に職場を退勤することができた。
新卒で入社して十年目となる柴は、現在、分譲住宅の設計職についている。
営業部との打ち合わせを予定よりも早く終わらせ、伊野崎の見舞いに急いで向かった。
途中でスーパーに寄り夕食を作る準備もする。
到着したのは午後七時だ。
寝起きの伊野崎に「熱は?」と訊くと「まだ少し高い」と返事がある。
「ごはんは食べたか?」
「まだ…」
「すぐ作るよ」
寝癖がついた伊野崎が、無愛想に言う。
「釜玉うどん、うまかった」
「素麺にしようと、思ってたんだけど、釜玉がいい?」
「どっちでも」
このどっちでもは釜玉が良いってことだろう。
うどんなら、まだある。
柴はうどんをさっと茹でて卵を混ぜると、スーパーの惣菜と一緒に並べた。
「お前も食えば」と伊野崎に言われ、もう一食分用意し、同じテーブルで真向かいに座った。
視線を交わす。
一瞬だけ時間が戻ったかのような錯覚をするが、戻れるわけがなく、伊野崎に触ることはできない。
伊野崎が先に食べ終わり、席を立った。
「ごちそうさま。少し仕事する」
「急ぎなのか?」
「メールの返信だけ。帰る時は声かけてくれ」
そう言った伊野崎が仕事部屋に消えると、柴だけがリビングに残った。
キッチンを片付け、ソファーにもたれかかると連続で欠伸が出た。
腹も満たされ眠くなってきた。
眠気に逆らうが、徐々に意識が遠といていく。
ゆっくりと瞼を閉じると、すぐに浅い眠りに入った。
リビングに伊野崎が入ってくる気配がする。
睡眠の心地よい波に体も頭も抗えない。
スラックスの上から足の付け根を、手のひらで揉むように触られ、夢だなと柴は思った。
触られる感触が妙に生々しいが、現実ではありえない。
ベルトを外される音に続き、前立てを開けられボクサーパンツの中から取り出される。
朦朧とする中、伊野崎の手ではないと悟った瞬間、柴はぱちりと目を覚ました。
目の前に、柴の下着から出した器官を握った知らない男がいた。
動揺と混乱と驚きで、ソファーから転げ落ちた柴は、残念そうな男の声を聞いた。
「起きちゃったか」
その男と目が合う。
「どこから入った?」
柴は不法侵入者に鋭い声で問い詰める。
綺麗で華奢な若い男だった。
鮮やかなTシャツを着た男は、泥棒にもホームレスにも見えない。
「玄関の鍵かかってなかったよ。不用心だね」
答える男の顔をまじまじと確認すると、見覚えのある顔だ。
音楽ユニット「ロマンス」の三井が、こんな顔ではなかったか。
「三井?」
半信半疑で確かめる。
「そうだよ。あんた誰?雨宮さんかと思って悪戯したんだけど違った。伊野崎先生の彼氏だったら、やばいな。俺、怒られる?」
「彼氏じゃ…」
「彼氏じゃないなら、続きしていい?」
三井がいやらしく舌を出す。
そこで、異変を察知したのか伊野崎の足音がした。
リビングに足を踏み入れた伊野崎が、三井と柴の乱れた様子を見て驚愕する。
しまった、と思い柴は下着を整え、下がったスラックスを履き直した。
「何やってんだ?」
憤りを抑えられない伊野崎は、声を荒げた。
「えー怒んないでよ。彼氏じゃないんでしょ」
平然と言い放つ三井を伊野崎は睥睨し、咎めるように言った。
「三井さん…どうしてここに?」
「伊野崎先生のお家の近くまで来たから挨拶しよと思って。そしたら、玄関が開いたから入った。驚かそうと思っただけだよ」
「それで?」
「それで、この人にフェラしていいかって聞いたとこ」
伊野崎が、ゴミ箱を蹴り飛ばした。
プラスチックのゴミ箱が壁に当たり、大きな音が響く。
三井は、ようやく手を出してはいけない相手だったと理解したようだ。
「やだ怒んないで。ごめんね、先生」
意気消沈とする三井の謝罪を伊野崎は拒否するように顔を歪めた。
「今すぐ出て行きなさい」
まだ謝ろうとする三井を柴は玄関に追いやる。
「やっぱ彼氏なんじゃん」
三井は口を尖らせた。
柴は頷くことも否定することもできない。
自分が伊野崎にとって何者なのかわからない。
「またね」と言う三井が家から去るのを確認した。
柴は、鍵をして伊野崎がいるリビングに戻る。
途端に伊野崎は怒鳴った。
「何やってんだよ。なんで触らせた!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます