ここから、繋がる

浅川瀬流

1.とある本屋が繋ぐのは

 わたしは読書が嫌いだ。


 文字が並んでいるだけの紙。

 それのどこが面白いんだろう。

 さっぱりわからない。

 アニメやドラマを見るほうがよっぽど楽しいのに。ましてや運動しているほうがもっと楽しい。

 小学生のころから朝読なんてものがあったけど、あの時間はすごく退屈だった。

 やっぱりわたしは読書が嫌いだ。


 ◇


 駅の改札を通ると、佳奈美かなみが手を振っていた。今日は明日の小テストに備えて二人で勉強するのだ。

「おはよー」

 わたしたちは意味もなくハイタッチする。「さぁー、行こ行こ」と佳奈美は体の向きをくるりと変え、迷いのない足取りで目的地を目指した。わたしは早歩きで佳奈美のあとを追いかける。


 勉強会の場所は、最近リニューアルしたブックカフェだ。前までは本屋だったけど、お客さんのニーズに合わせてカフェが併設されたらしい。

 本屋を利用しないわたしにはイマイチ感動がわからないが、本好きの佳奈美は「ブックカフェで勉強しよう」とやけに真剣な顔で迫ってきた。ブックカフェで勉強をすることに謎の憧れがあるみたい。普段はあまりはしゃぐことのない佳奈美だが、本のこととなるとすごくテンションが高くなる。


「座れるかな?」

 今日は日曜日だし、混んでいる可能性があった。疑問を口にしながら歩いていると、佳奈美は「席多いから大丈夫、なはず!」と自信があるのかないのか、よくわからない返事をした。

 お店の前に着くとタブレットが置かれていて、空席ありと表示されていた。無事席は確保できそうだ。


 カウンターで飲み物を注文し、席に着く。早速リュックから教科書と問題集を広げた。

「あー、やだやだ。数学なんてなくなってしまえー」

 佳奈美は教科書を掲げながらそんなことを言う。本好きの彼女は文系科目は得意だが、理系科目、特に数学が大の苦手だ。点数を聞くと、文系科目と理系科目でだいぶ差があってびっくりした。

 どちらかというと理系科目が好きなわたしは、佳奈美の赤点回避のために今回かり出されたというわけである。


「ちゃっちゃとやるよ」

「はーい、紗穂さほ先生よろしくお願いします!」

 そう言って敬礼をする佳奈美。

「それでは、124ページを開いてくださいねぇ~」

 わたしが担任の真似をして応えると、佳奈美は思い切りふき出した。

「紗穂似すぎ! 特徴おさえてるわ~」

 肩を小刻みに揺らして笑う佳奈美の様子に、わたしまで声をあげて笑ってしまう。


 わたしたちの担任はしゃべるとき必ず語尾が上がる。そして声が裏返る。本人は気づいてないみたいだし、わたしたちももうすっかり慣れてしまったけど、クラスで先生のモノマネをしている人は多い。

「ささ、気を取り直してやろ」

 手を叩いて佳奈美を促し、勉強会が始まった。


 ◇


 一時間半くらい集中して問題集を解いていると、飲み物がなくなってしまった。

 同じページから問題を解き始めたはずの佳奈美は、だいぶ序盤の問題でつまずいているようだ。本人によると、数学の問題文は意味不明らしい。国語は得意なのに? とわたし的には少々疑問である。


「疲れたからちょっと寝る」

 佳奈美はテーブルに腕をついて顔を伏せた。

「わたしはちょっと店内ぶらぶらしてくるね」

 ずっと座っていると腰が痛いので、わたしは店内を散歩することにした。


「あ、これアニメ化するんだ」

 最近よく話題になっているファンタジーマンガが平置きされているのが目に入った。祝アニメ化と気合いの入った手描きPOPも飾られている。その横には祝実写映画化と可愛らしいPOPに彩られた少女マンガも見つけた。


 マンガコーナーを横目に歩いていると、正面に小説文庫コーナーがあった。

 興味はないけど一応見てみる。表紙が見えるように置かれている作品たちは、売り上げ上位の文庫らしい。アニメのような可愛いキャラが描かれた表紙のものから、不気味さや不穏さがにじみ出ているような表紙まで、色々なジャンルの作品が並んでいる。


 そんな中、すごく惹きつけられる表紙があった。吸い寄せられるようにその本を手に取る。

 すっごく綺麗。なにこれ。

 神秘的な表紙には制服姿の男女。笑顔だけど涙を流す女の子がとにかく儚く、美しかった。それにタイトルもめちゃくちゃオシャレ。


 読んでみたい。はじめての感覚に自分で驚く。今まで読書好きの佳奈美にどんな本をおすすめされても、興味がわかなかった。だけど、この作品は読んでみたい。なんでかわからないけど、読める気がする。


 わたしはそのままレジへと向かった。なにやら文庫キャンペーンで栞を配布しているらしく、店員さんから猫が書かれた栞を受け取った。

「楽しんでくださいね」

 微笑む店員さんの名札を見ると、小松、と書かれていた。たしかこの本のPOPに「書店員小松のイチオシ作品!」とあったのを思い出す。

「はい、ありがとうございます!」

 なんだかわたし自身も嬉しくなり、声が少し大きくなった。


 席に戻ると、佳奈美は起きてスマホをいじっていた。わたしの手元の紙袋に気づいて目線を上げる。

「え、なになに。本買ったの?」

 驚きの表情を浮かべた佳奈美に、「小説買ってみた」と紙袋から小説を取り出して見せる。彼女は関心したようにその本をパラパラと捲った。

「おおー、紗穂もついに読書仲間になるか!」

「面白いかはわからないけどね」

「直感で買ったんでしょ? きっと紗穂に合った作品だよ。感想聞かせてね」


 勉強会が終わり、家に着く。早速本を開いてみると、あっという間に物語の世界に入り込んでいった。あんなに毛嫌いしていたのに、不思議とスラスラ読めてしまう。寝る間も惜しんでわたしは本を読んだ。


 月曜日。

 勉強会のおかげで佳奈美の小テストは無事に赤点を回避した。一方でわたしは単純な計算ミスがたくさんあって、いつもより点数が低かった。

 原因は明確だけど、親には内緒にしておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る