彼女といれば一番小さなことでも満足できるから一番裕福である

 9月になってもわたしは足しげく彩瑛さんのもとを訪ねた。今日も祝日をからめた連休ということもあり、一晩中まぐわって今朝にいたる。


「彩瑛さん? わたしの顔になにかついてる?」


 昨晩は遮光カーテンは引かなかったので、室内には朝……昼かな、太陽の光が届いている。裸のまま彩瑛さんと見つめあう。彼女の優しい瞳は昨晩のどう猛さと別人のようだった。


「ふふ、愛弥の顔はいつ見ても飽きないなと思っただけよ」

「……それは、美人は三日で飽きるの対義語的な意味合いかしら?」

「まさか。だって愛弥、私の顔、見飽きたことある?」


 あるわけないとかぶりを振る。そっと口づけを交わしてシャワーを浴びてルームウェアに身を包む。時間帯的には辛うじて朝だったので、軽めに朝食を用意し二人で食べるのだが……。


「昨夜は流されて身体を許してしまったけど、もう少し健全なお付き合いができないのかしら?」

「……あら、食べ終えたらデザートは愛弥って決めていたのに」


 危ういところだった。とにかく今日はそういうことはしないと強く名言する。どうしてと不満をたれる彩瑛さんをなんとかなだめつつ、思い出すのはテストの結果だ。

 ……先週行われた実力テストでわたしは二十二位と前回から大きく順位を落としてしまった。両親は特に何も言ってこないが、正直自分で自分を許せない落ち方だった。彩瑛さんはさほど順位を落とさず七位と一桁順位を保っているというのに何たる体たらくか、と。


「仕方ないわね。なら二時間か三時間は勉強して、お昼を食べたくなったら公園のカフェに行きましょう。で、帰ってきたらえ――」

「カフェの後はスーパーで買い物して、夕飯の支度をしたら帰ります」

「えぇ! してこーよー。愛弥の好きにしていいからさぁ」


 ちょっと子供っぽくおねだりしてくるあたり、心がぐっと持っていかれそうになるが、なんとか堪える。

 朝食の片付けをしたら着替えだ。すっかり彩瑛さんの家に着替え一式を置いていっている。ほとんどが彩瑛さんが通販で買ってくれたものだが。

 最初のうちは申し訳ないと断っていたけど、彩瑛さんのせいで下着を何枚もダメにしてしまっているので下着だけ買ってもらうようになり、彩瑛さんが私に着せるコスプレ衣装を買い始めたあたりから普段着も買ってもらうようになった。

 わたしはゆるめのニットとチェック柄のスカート、彩瑛さんはクリーム色のブラウスに黒のAラインワンピースだ。彩瑛さんはカチッとしたシックな装いがいつの季節も似合う。


「さぁて出かけよっか」


 目的地は近所の公園。駅の南側に広がる公園は季節によってバラやつつじなどの花々が綺麗に咲いているが、近くにあるカフェも魅力の一つだ。テイクアウトもできるが、今日は天気も晴れて残暑が厳しいので冷房の利いた店内でオムライスを食べることにした。


「うーん、愛弥が作るのもいいけど、お店のオムライスはやっぱり美味しいわね」

「そりゃ、わたしの作るオムライスとお店のオムライスじゃ別物でしょうに」


 わたしが作るのはケチャップライスを固めに焼いたオムレツで包む古典的というか、喫茶店みたいなやつだ。それに対してお店で出てくるのはトロトロたまごとビーフシチューのオムライスだ。比べられたらたまったものじゃない。


「今度オムライスにする時は萌え萌えキュンでもしてもらおうかしら。メイド服買っておくわね」

「ちょ、彩瑛さんのそういう時のアグレッシブさはホントなんなの?」


 そんな感じで愉快にお昼ご飯を食べ終えてお店を出たら、公園を少しうろうろすることにした。

 なにか甘いものが食べたいなぁと思いながら周囲を見回す。ここにはよくクレープやワッフルのキッチンカーがやってくるのだが……あった!


「彩瑛さん、ソフトクリーム食べよ。バニラでいい?」

「ええ。お願い」


 キッチンカ―でバニラソフトを二つ買って彩瑛さんが座っているベンチへ向かう。その時だった。


「あっ――」


 石畳の段差に躓いて、ソフトクリームを片方落としてしまったのだった。


「愛弥、大丈夫?」

「う、うん。ソフトクリームが……」


 なんとも間抜けなことに、私の手にはコーンだけが残っていた。


「もう、シェアして食べたらいいじゃない。溶けちゃうわよ」


 落とさず無傷なソフトクリームを彩瑛さんに手渡して、私の手元にあるコーンで分けてもらう。

 ベンチに座ると、ちょうど私が落としたソフトクリームが白い水たまりを作っていた。

 魔法が解けた雪だるまみたいだった。


「全部溶けるまで眺めていようかしら」


 彩瑛さんと分け合って食べたソフトクリームは、なんだかいつもより美味しかった。

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