彼女の小さな好意に私は大きな好意を返せるだろうか

 六月にもなれば私たちは互いにかなり打ち解けて、呼び方も彩瑛さん、愛弥の関係になっていた。裏を返せばほかのクラスメイトとはほとんど打ち解けていないのだけれど。

 五月の末頃に行われた中間テストの回答用紙もすべて返却され、順位も確定した。……確定したのだが。


「彩瑛さんに一教科も勝てないなんて……私のこれまでって、いったい……」


 中学時代は学年一位をしょっちゅう取っていたものだけれど、流石に市内トップ高校のレベルは高いということなのだろうか。


「現文が二位で数ⅠAが七位、生物基礎が五位で化学基礎が六位、現社が四位で英語は三位……まずまずといったところかしら。一位が一つもないのは、少し無念ね」

「現文と英語が四位で数学は九位、理科系はどっちも八位で現社が五位……ちょっとずつ下なのが悔しいわね」


 学校終わりに駅からほど近いファストフード店でテスト結果を見せ合う。なんだか女子校生らしいやり取りだなぁと思いつつ、高貴なオーラを持つ彩瑛さんがファストフード店にいることが不思議な感じ。そういえば、入ったはずの美術部にあまり顔を出している印象がないのだけれど、ひょっとして私との時間を優先してくれている? ……まさかね。


「私だってハンバーガーくらい食べるわよ。エビカツサンドが好きだわ」

「……まぁ、私がどうこういう立場じゃないですけど、彩瑛さんにはもっと大きな、それこそナイフとフォークで食べるようなハンバーガーの方が似合うというか、絵になるんじゃないかなぁなんて」

「あんなの食べづらいだけじゃない」


 ……おしゃれ系ハンバーガーショップを全力で敵に回すセリフを!! これまでの昼食を思い起こせば彩瑛さんは食に無頓着なのかもしれない。なにか、私にできることはないかな……。


「にしても意外ね、あなた勝負にこだわるような性格だったなんて」

「だって……私には勉強以外とりたてて得意なことって無いから……」

「なるほど。より勉強ができて、少し運動もできて、かつ美しい私に出会ってしまった、と」


 ……なにも否定することはないから、取り敢えず首肯するものの、自分で美しいって、まぁ、彩瑛さんレベルの美人だったら客観的事実だからいいのだけれど。


「今からうちで復習でもする? 間違えた部分を再確認すれば次は間違えないはずよ」

「え、彩瑛さんの家で、ですか? 近いんですか?」


 問いへの答えは二つとも肯定だった。改めてここは駅から近いバーガーショップ。こんな駅近辺にあるとしたらそれは……。



「ここの十三階よ」


 駅北ほぼ直結の高層マンション、その十三階が彩瑛さんの暮らしている場所だった。空の宮は地価が安いので東京のように億単位とはいかないが、それでも一億円に肉薄する金額のお部屋……テレビコマーシャルで見たあの物件に私と彩瑛さんは今いる。てっきりリビングで勉強会かと思いきや、あれよあれよと彩瑛さんの私室に通されてしまった。


「玄関もリビングも物が少なかったですね。生活感がないというか……」

「あぁ、両親が海外で働いているから一人暮らしなのよ。必然的に物は少なくなるわね」


 高校生が一人暮らし、しかも高級分譲マンションでだなんて、まるでアニメみたいだ。でも……。


「空の宮だったら、それこそ星花女子学園の寮に入るとか、そういうのは考えなかったんですか?」


 ここ空の宮市には私立星花女子学園という寮完備の女子校がある。学力的には全く問題なく入れるだろうし、うちの高校の野暮ったいセーラー服より星花女子のブレザーの方が上品で彩瑛さんに似合いそうだ。


「愛弥は私に寮生活を過ごせるだけの協調性があると思う?」

「……いいえ全く。ちょ、ひゃおと行動が一致してないんれふけど」


 軽くほっぺをつねられた。それもにこにこしながら。自覚しているなら怒ることないのに……。


「勉強の前にお茶を淹れてくるから待ってなさい」


 そう言って彩瑛さんが部屋を後にする。改めて見渡すと流石にここで過ごしているだけあって生活感がある。それでも私の部屋に比べたら綺麗すぎて無機質に見えるくらいだが。

 八畳くらいのお部屋の真ん中にラグが敷かれていて、私も彩瑛さんもローテーブルをはさんで直に座った。あとはベッドと本棚があるくらいで、衣類やその他もろもろはクローゼットに仕舞ってあるのだろう。ベッドを置いている面だけはグレーだが、その他三面が白い壁紙なので一層無機質に見える。


「見渡しても興味を惹くようなものはないでしょう?」


 そう言いながら彩瑛さんが戻ってきた。雰囲気的に温かい紅茶が来るのかと思っていたら、グラスに冷たい緑茶が入っていた。まぁ、あまり紅茶もコーヒーも飲まないから助かるのだけれど。


「部屋がどうとかよりも、私に興味があるんじゃない?」


 セーラー服のスカーフを外しホックに手を伸ばそうとする彩瑛さんを制し、取り敢えず座ってもらう。私はなんていうか、彩瑛さんに対してそういうつもりはない……と思う。

 ひとまずその後は普通に勉強をして二時間ほどで彩瑛さん宅を後にした。

 ……少し離れた場所から彼女を眺めていたいと望んだはずが、なんだか近くにいるのが当たり前の近しい関係になってしまうなんて、思ってもみなかったなぁ。

 マンションのエントランスを出て、なんとなく振り返る。マンションは明かりの灯った部屋が多くて、その奥に見える月の光がなんだか遠慮がちに思えてしまった。

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