第2話(全4話)

「柏さんーーって、前はどんな御仕事を、されていたんですか?」


パソコンの操作中にちづるが尋ねてくれた。


「うん、ボクはね、理系の出版関係なんだ」


キーボードの打ち方が手慣れてる感があると彼女に述べられ柏は相当気分を良くしていた。

生きていればいい事もあると強く感じられた瞬間だ。


「ーーで、どうして、この工場に勤務を?」


痛いところを突かれた。ちづるは鋭い女だ。


「たまたま・・なんだよね」


情けなく彼女に返答する柏がいた。

思えば自宅から近い勤務地を記してある求人広告を目にし電話をした結果、相手が流行はやりの派遣会社であり、生活に困っていた背景などもあって、この工場勤務を、了承してしまった仕第なのだ。

彼女の魅力と先を読む力が柏を三枚目にした。


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「最初から、部組(部品組立班)ですか?」


ちづるの攻撃は更に続いた。女は残酷過ぎる。


「いや・・入った頃はラインだけどねーー」


さすがに柏は辛かった。答えたくはなかった。入社時、社員のラインの四工程目を任された。しかし作業に時間がかかり過ぎて配置転換をされ、部組にまわされてしまったのだ。


(ボクと日高を比べているな、チキショー)


ちづるの付けている微香性の化粧品の匂いがたまらなく愛しく憎くも感じ取れる柏であった。


「マニュアルどうり、やらねェからだよ」


部組の中でも更に配置換えをされた時、つい日高にグチった後、告げられたセリフを思い返した。

柏は芸術家ぶって自分の方法論を探し過ぎた。

一方、日高はアルバイト経験が多方面に渡り、長く”働くコツ”を得ていた。

結局、自身の無知ぶりを肌で感じただけの柏。


「あの・・まだ、終わりませんか?」


ちづるに尋ねられ画面前の柏はようやく我に帰れた。


~~~~~


「小説を書くコツーーってあるんだろうか」


帰宅する為の列車のシートに座り柏は日高にポツリ、発してしまった。

そんなモノは無いと日高に言い返えされてしまう。

本当は”コツを教えて欲しい”と告げたかったのだが、プライドが高く、尋ねられない。


「毎日、こんなに苦しんでいるのになァ・・」


「そういうことじゃない。いずれ話すよ。柏氏」


さすがに日高は語り過ぎない。

柏は少し話題を変えるしかなかった。


「加藤さんの事、本当に好きじゃないの?」


「同じ質問は御断りだよ、柏氏!二流の小説じゃあるまいしね。頼むよ、全く」


柏の問いに日高が返答した。

列車は東へ向かって滑り出し、少々、揺れた。


「ボクが頂いてもいいのかい?」


構わないーーと日高が間合い良く言い返した。

しかしその言葉には”御前には無理だ”と予測して感情を込められた様に柏には取れてしまう。

恋の駆け引きを知らな過ぎる男は孤独であった。


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「結局、日本の若い芸術家はあと一歩の、ところで自滅して、あきらめてんだよ、柏氏」


少し説教めいて日高は告げた。柏は尋ねる。


「だから、恋人を作らないと?」


「まぁ、本当に愛してたら結婚したいだろ?」


「そりゃ、そうだけど・・だからと言って、それが彼女と付き合わない理由になるのかい」


柏の尋問は日高を一瞬、黙らせていた。


「若い人間を認めねぇんだから仕方無ェよ」


儒教に対する日高の怒りは車内に少し響いていた。


「あと、もう少しだ。もう少しの辛抱だ」


日高は自身の半生を振り返り、そう伝えた。


「彼女に結婚とか色々、待ってもらえば?」


「いいんだ、柏氏。オレは身軽でいたい・・」


「それ、違うと思うよ」


柏のそのコメントはその後、日高との口論を生んだ。

列車がターミナル駅に着き二人は一時いっとき、黙る。


「きっと、彼女以外にも良い女いいひとと出会える!」


将来を見据えて日高は再び強く訴えていた。


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「せっかく大学を出たのに・・」


牧ノ原はダレとも視線を合わさずに、弱々しく口走った。

その日は土曜日で弁当のオーダーを取れない為、食堂には三人きりだった。


「それでも就職はしたんでしょう?牧さん」


コンビニで買ったパンを手に柏は尋ねていた。

まぁねーーと答える牧ノ原はそれ以上、答えはしない。

日高はひとり情報雑誌をめくって黙っていた。


「企業は冷めたいですね・・一応、面接はしてくれるんですけどーー面接ですよ」


女のようにヘナヘナした牧ノ原は顔も青白い。


「自分の時期ときはまだ、色々選べたんだけど」


そう告げる柏は牧ノ原より幾分、年が上だ。


「”どうですか?最近は” これしか面接の担当者は言ってくれないんすよ。ほとんどの会場で似た話をして終わりでした・・全く」


大学という名の保険に裏切られた牧ノ原の、哀れな主張だった。陰気が辺りにあふれ出ている。


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「大学を出たら一生、楽できると思って、勉強してきたのに・・」


牧ノ原のその嘆きの発言に間髪入れずに遂に日高が口を挟んだ。


「一生、楽できる仕事なんて無いよ、牧さん。大卒の人達がそんなふうに考えてるからこそ、日本がダメになってたんじゃないの、違う?」


一瞬、ダレも何も言わなかった。

同時に柏は自身も攻められている気がして、胸が痛かった。とりあえずの御茶を彼は綴っている。


「そんな事言ったって、こっちは毎日散々さんざん、勉強してきたんだ!」


その伝え方はダレの意見も受け入れないゾという口調であった。勿論、発したのは牧ノ原だ。


「もう時代が変わったんだよ。本当は毎日毎日、努力と工夫が要るんだから」


冷めた言い方をした日高は正解を述べている。もう、それ以上、昼休みの会話は存在しなかった。柏は二人の言い分が理解出来た。ただ、牧ノ原の世に対する恨みが気に掛かってむ事は無かった。


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「実はプロ野球のチケットがあるんだけど」


時は五月。さわやかな風を受け、会社から、最寄駅までの道のりを歩く中、ちづるがふと、日高に告げていた。

あ、そうーーとだけ日高は言って、それ以上話に乗ってこない。


「実はね、購買部の(佐藤さとう太郎たろうさんから、もらっちゃった・・御友達もって!」


ちづるは勝負に出ていた。

日高が自身を大切に思っているか試していた。


「ーー太郎さんと二人きりで行ってきな」


無理のない優しさを込めて日高は返答をした。


(何よ! そんな言い方、ないんじゃないの?)


ちづるは胸の中で叫んだ。力一杯訴えていた。


「おい、キミ、意地を張るなよ・・」


少し気弱く柏は会話に割って入った。

先日の列車内の討論があってか遠慮めいている。


「或る友人からの誘いでオーストラリアに、行こうーーと言われている。実は迷っている」


腹を決めて、日高は二人に対し告知していた。


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「日本にこのまま居てもチャンスは無いと思えてね・・」


あまり公開する気のなかった内容であるかの如く日高は付け加えた。

向こうに行っても大差ないゾーーと柏がすぐ反論したが、西洋の方が本を出版するのに、スポンサー制を持っている分だけ有利だと、日高に折り返された。


(こりゃ、ダメだな。この二人)


柏は八割方、カップル誕生は無いと思えた。


「いいんじゃない! 向こうのひとと結婚して同時に翻訳してもらえば」


素直になったつもりで、ちづるは告げていた。しかし、どう見ても”無理をしている”そう柏は感じ取れた。彼女は目に涙を溜めている。外堀を埋めてばかりのちづるは日高という、本丸をついに落とせなかった。

”好きよ” とひとこと告げるだけで日高も少し、生き方を変えたかもしれない。

そう解釈する柏はわずかながら恋心が悟れて、成長という言葉を手に出来ていた。

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