野心
柩屋清
序幕・第1話(全4話)
〜〜序幕〜〜
ーー
あて先の無い手紙は、そう記されたシールで封を閉じられていた。
安い茶封筒で、おそらく
何が書かれているか、とても気掛かりである。
この手紙の差出人は
その封筒を彼の母から手渡されたのは
ーー秘伝を記すーー
確か、電話で雑談した時、日高が、柏に冗談と取れるような言い方で、そう告げていた事があったようだ。
柏はその薄い記憶の中、この封筒を見つめた。
見るな・・と言われると見たくなるのが人間だ。
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「封を開けても、よろしいでしょうか?」
手渡された
ーーガマンーー
日高のマジックが柏に対し、そうさせている。
柏は人生二作目の小説が書けずにいたアマの作家であった。
ダレも見ていない自宅の部屋の机の前で悩み、自問自答している。
(見たっていいんだよな・・でも、約束だ)
ーーどんな人にも一編の小説は書けるーー
日高の口癖が
それは同時に二作目の書けない柏に対しての”才能の無さ” を表したセリフにも思えた。
「オマエなんかダメだ! オマエは偽物だ」
告げられてもいない言葉が柏の胸中に響く。
その声はエコーがかけられ、例え死んでも、地獄の底まで追いかけて来そうな気がした。
そんな悲観的な状態の中で柏は日高との遠き交流の日々を回想しながら自らを落ち着けていった。
〜〜第一章〜〜
「あのさァ、ルービック・キューブのさァ、六面って、どうやって完成させんの?
今どき、何の問い掛けかと思った柏だった。
いちいち、電話で掛けるほどの内容に感じはしない。日高が珍しく日曜に連絡してきた。
(ボクを試しているな・・)
用心深く受話機を持つ柏は世間話でごまかす。
「だから、たまに偶然出来るんだけどさァ、その理論というか、法則を知りたいんだよ」
気軽く尋ねる日高がいる。
類いまれな展開力、多くの人が手をつけずにいたメッセージ・・それらをひとつにして、日高は数作の小説を書き上げていた。
(あとは新人賞だけだな)
絶対、日高に対し、述べないコメントであった。
柏の心の中には日高の作品を絶賛する仏と、それを認めたくない悪魔とが共存していた。
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「適当にやってると出来る様になってるんだよ・・それは」
ある程度のところまでの法則はダレでも判る。
しかし、それはその先の話だ。
柏はあえて ”教えない” 定石の道を取った。
二人の関係は常にそうであり、当然、日高も、それ以上頼らず、話題を変えている。
(小説とは、そういうもの・・)
聞きたくても聞けない柏が本に関し存在した。
最後の打開は自身の閃きのみ、なのだから。
ーー意地だった?ーー
受話機を置いた柏は自身の部屋を見廻した。
洗濯機も風呂も無い駅前のアパートに住み、コンビニで買った握り飯で日々、過ごしている。
「東京ーーって何だ!」
夢を求め上京した柏は室内の壁に叫んでいた。
思えば日高もひとり暮らしなのだが
地方出の意地も日高に対し所持していたのだ。
-----
「
会社の昼休み中、日高は柏にそう告げていた。
割とあっけらかんとした態度で述べている。
牧ノ原とは日高の隣で働く二五の細身の男性だ。
ヒゲが濃く無口で弥生顔の派遣社員である。
(なぜ、あんなに日高はさらりと言えたのか)
柏は武蔵野男児のクールさが好きになれずにいた。
牧ノ原の自主退社は実質、自らの能力をこの現場に対し ”不適切” と認めた為の結論であろう。
「何で、メシぐらい一緒に食わないの!」
ラインの作業場で缶コーヒーを手に柏はそう訴えていた。辺りは休憩中で人気は無い状態。
柏は日高の思いやりの無さを問うたつもりであった。
「違うって! 最初は二人で食堂に通ったよ。だけど、ラインの現場ってのは酷なモノで、間に合わない分を取り戻す為に、それぞれが違った時間に作業を始める様になるってもんなんだ」
日高は現実を述べた。メシより仕事なのだ。
-----
「結局、今、オレが現場でメシ食うのが、判るでしょ?」
柏にそう付け足す力説ぎみの日高が、居た。
日高は休憩でありながら小さな準備工程用の部品を組み立てている。
一方、牧ノ原は自身の現場に仕事を溜めて、どこかで身を休めている。対象的な二人だ。
(しまった・・失言だ)
心のどこかで日高を悪役にしたい柏がいた。
とり合えず場を外すことで、その苦境を逃れた。
「あ、
柏の声は届いていなかった。不発と化してした。
牧ノ原はベンチに座り、独り携帯電話をかけ、弱々しく訴えている。
ロッカーの棟に向かうラインの現場から逃亡してきた柏が見た光景であった。
(おそらく、派遣の担当者と話しているんだろ)
青空の下、ロッカーの建屋の入口に座る彼に、柏は何も話し掛けれなかった。
また、話し掛ける同情心も持てずに通過してしまった。
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「ほっぺが柔らかァい」
残業で
二人は予定の作業を済ませたらしく、余った時間を有効に、隠れながらイチャついていた。
(ムカつかないけど・・うらやましいーー)
柏の本音だった。
見て見ぬふりをしていたが頭から離れない。
もう部品のひとつやふたつ数え違いそうだ。
”うらやましい” のは日高に女がいる事に対してではなかった。
その相手が加藤ちづるだったからーーである。
音楽大学を出た彼女は女優の様な、美女ではなかったが、てきぱきとしてカンの良い品の有る九州出身の女性だった。
(頭のいい、センスのある女が好きだ・・)
日高もそう思っていたかは知らないが、柏は自立している彼女と接するたび、胸が踊った。
えり足の短かい彼女の髪にさえ色気を感じた。
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「ボクは今まで、女性と付き合ったことがないんだ・・」
会社からの帰り道、柏は日高に告白していた。
告げることによって逆にちづるのような女と日高を通して出会える・紹介して
「オレも、たいした経験が無いから同じさ」
日高のその返答は嘘のように聞こえていた。
また、事実であっても ”
柏だけが、恥をかいて、その場は幕を閉じた。
「オレと加藤さんは付き合ってないって!」
二人は友達なのだと日高は言っている訳だ。
「どうして?」
「どうしてーーって、そうだからさ。柏氏」
要するに一線を越えてない関係と述べている。
「ーー好き・・じゃないの? 彼女をキミは」
「今、それどころじゃないでしょ。やっと、目指すところまで昇りつめたのに」
日高は共同出版の話が決まっていて資金さえあれば、いつでも本が出せる状態であった。
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