第53話 災いの輪

「「すまなかった」」


 申し合わせたかのように揃った2人の声が団長室に響き渡る。

 彼らが何故、このような行動に出たのか、わけが分からず呆然となっている僕に対し、海将は今までピンと立てていた背筋を緩めた。


「あの、これは一体どういう……」

「部屋の外に大聖堂のヤツが彷徨いていたからな。不用意に本音で話すのは得策では無いと思ったのだ」


 解消はしきりに深いため息を吐きつつ、「あの2人にも悪い事をした」と嘆くように葉巻を口に咥えた。海将のこの態度やキャプテンの表情から、なんとなく状況が飲み込めてきた僕は、あれが彼らの本音ではないということが分かり安堵する。


「さて、ジョグマン殿。先の返事は取り消し、海洋騎士団は全面的に貴方に協力、支援させていただきたい」

「そのお言葉が聞けて何よりです。

 ですが――」


 彼は身につけた正装の襟を正し、少々苦笑いを浮かべながら海将に向く。


「確かに私は“ジョグマン”であることに変わりはありませんが、これからはユークリッドとお呼びください。家名はあまり好きではありませんので」

「ああ、これは失礼……」


 ユークリッド氏の目の奥に潜んだ“何か”に流石の海将も気味である。


 それから先に出て行った2人を呼び戻し、海将から弁明と謝罪が行われた。

 最初は納得できないといった雰囲気だった彼らも、冷や汗をかきながらペコペコと頭を下げる我が団の長の姿に「可哀想だから」という理由で許した。威厳も何も無いが、このまま海洋騎士団の最大戦力を手放すよりはマシと考えたのだろう。組織のトップも決して楽ではない――いや、海洋騎士団うちだからか。


 その後は淡々と聴取が始まった。

 内偵調査を共にした僕、リラさんを逮捕したダリウス少尉。それぞれ一から十まで何も隠すことなく洗いざらいを話した。


「ふむ……どういった方向で押し進めるか」


 この2時間余りですっかり団長室に馴染んでいるが、彼はリラさんの代弁者ということを忘れてはならない。ユークリッド氏の脳内では既に裁判のビジョンが浮かんでいることだろう。しかし、彼女の無罪を主張したからにはそれに相当する確たる証拠が無ければこの裁判には勝てない。首を斜めに持ち上げ、宙を睨む彼は今まさにこの世界の歴史を塗り替えんとする人物だ。


「今回はご協力ありがとうございました」

「いえ、また何かありましたら」


 正直、不利な状況はほとんど変わっていない。ただ、今は彼の手腕に賭けるしか道はないのだ。


◇◇◇◇◇


 場所はインヒター王国オーム領から遥か東方の孤島。男は膝を着き、一振りの剣を抱いていた。

 ザラザラとした感触の砂浜に漂着したロングソードは、かつて同僚ともが肌身離さず持っていたもの。既にブレイド部分は錆び付き、鞘から抜くのも一苦労なほど。


「ウィリアム……生きてる、よな……?」


 もうじき雨がくる。

 孤島に吹き荒ぶ冷やりとした風に、男は静かに肩を震わせるのだった。


◇◇◇◇◇


「バルト! バルト起きろ!!」


 早朝、ダリウス少尉が僕の部屋に飛び込んできた。彼にしては珍しいことだが、どうやらそんな呑気なことを考えている場合ではないらしい。


「何かあったのですか?」

「ああ、緊急招集だ。とにかく急いで制服を着て団長室に来い!」


 窓際に掛けた制服を素早く着て、僕も少尉の後を追った。

 僕が到着した頃、団長室には既に海洋騎士団幹部がずらり。その端にダリウス少尉の姿を見つけ、横に立つ。


「揃ったな」


 海将は周りを見渡した後、鋭い眼光を飛ばした。


「先程オーム領、テラドラック海岸沖約20キロ付近で魔物が大量発生した」


「そんな、まさか……どうして……?」


 目の前の景色が歪んで見える。

 

 代わりに見えたのはかつてのフラッシュバック――あの“オームの大災害”の光景であった。

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