第51話 希望

「これは屋敷……なのか?」


 僕が目を覚ます数ヶ月前のこと、男はとある孤島の中心部に立っていた。かつて美しく整えられた衣服は、袖や裾が破れ、所々に虫食いほどの穴が開いている。頬はこけ、逞しかった手足の筋肉は酷く萎んでしまった。


 それでも、数ヶ月間この場所で生きているのだ。精神はまだ死んでいない――と思いたい。


 緑が生い茂った林の中に古ぼけた廃洋館を発見した男は、聳え立つそれを見上げると、喉を締め付けられるような感覚に襲われた。


 いつ崩れるのかも分からないほど廃れている。それなのに何故だろう、どうしてもここに入ってみたくなった。彼の身体は引き寄せられるように敷居を跨いだ。

 内部は湿気とカビの匂いが充満し、鼻の奥に突き刺さるほど臭い。人がいなくなってから相当の時間が経過しているのだろう。一階は広いホールがあり、厨房と思われる場所には食器や料理に使えそうな器具がそのままの形で残っている。


「ニッコ=ブリントンか」


 食器には家紋が記され、裏には有名ブランドの名前が彫られている。ここの広さといい、この量のブランド品。名だたる名家の屋敷だったと予想されるが、なにぶん古すぎてよく分からない。


 2階へ上がる階段を見つけ、そこを登っていく。ヒビや苔などは生えているものの、どうやら今すぐ崩れるということはなさそうだ。


「それにしても広いな」


 階段を登りきると、扉の数に驚いた。長く続く廊下の壁には美しい絵画が飾られ、古く汚れているとはいえ、売ったら一生困らないほどの大金を手に入れられることだろう。まあ、この小島に売る場所も人もいながな。


「さて、もう少し探してみるか」



◇◇◇◇◇


「この者は騎士として忠誠を誓っていたにも関わらず、内偵捜査中の海賊団と結託し、数多くの罪をその手で犯した。それは当然許し難い蛮行であり、王国への反逆罪と受け取れる。よって――」


 インヒター王国の王都にある大聖堂。普段は礼拝堂として多くの信者が祈りを捧げる場所であり、その大きさと美しい外観は、他国からの旅人も「せっかく来たのだから、ひと目見よう」と言って訪れるほどのものであった。それなりに権力もあり、巷では国王よりも教皇の方が発言権があるのでは――と囁かれているほど。


 そんな人々から愛され、敬われている大聖堂であるが、裏の姿もある。国内で大きな事件や事故が発生した場合、また国家権力や階級差による“横暴”が告発された場合に捜査、逮捕、裁判を一括で担う。 

 彼らの活動の全貌は決して表に出ることは無く、唯一公開されるのは裁判の内容のみ。魔道中継で国内中に放映され、その全てを国民は知ることができる。


「リラ・ライトニング元中尉を極刑に致すべきである!」


 そして今日、リラさんの裁判が行われた。

 国家に仕える者への風当たりは強い。国の為だなんだと言って取り締まる国家権力と、番犬のように素直に従う騎士団は目の敵にされているのだ。大聖堂内の法廷に集まった人々は大いに盛り上が理を見せる中、傍聴席に座っていた僕は呆然とその光景を見守ることしかできなかった。


 傍聴席のみならず、王国中に万雷の拍手が鳴り響く最中、最高尋問官である教皇〈フルベルト・フォン・ジョグマン〉が口を開いた。


「静粛に、静粛に……今の尋問官の求刑に対し、代弁官は何かあるか?」


 この世界の尋問官は前世で言うところの検察官で、代弁官は弁護士だ。しかし、この世界では尋問官の求刑に意を唱える代弁官は多くなく、ほとんどが「異議なし」として求刑通りの判決になり、それが反逆罪とされている場合は十中八九で処刑となる。


 そのことをキャプテンに聞いていた僕は、当然求刑通りになるものだと諦めていた。尋問官に逆らう代弁官などいるはずがない……と。


「先の求刑に対し、被告代弁官は――」


 ああ、もうダメだ……このまま終わってしまう。

 僕は「もう聞きたくない」というように目を伏せた時、代弁官は思いもよらない発言をした。


「代弁官は被告人の“無罪を主張致します”」

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